第95話 伝説ののぞき見


 修学旅行二日目。


「おー! すごい、侍さんだよ未若沙ちゃん!」

「ほぉ、噂には聞いちゃいたが、武器はダンジョンで出せるもんを使ってるってのは本当だったんだな」


 こちら、彩雲高校二年C組に所属する芥たちの班である。


 芥と未若沙は、獅子雲や虚居たちとは別の組に所属しており、そのため彩雲プランテーションのメンバーで集まることはできなかった。


 そのため、どこに行くのも自由な完全自由時間が存在する三日目に、目的である京都の難易度SSクラスダンジョンに行くことを認めてくれそうな人間と班を組んでいる。


「あんまりはしゃぐなよあくたん。怪我するぞ、周りが」

「あはは~、あくたんって結構高レベルな冒険者だもんね~」


 芥と未若沙の二人と共に班行動をしているのは、芥の友人である古波ふるなみ星々ほしぼし新畑あらはた深堀みほりの二人である。


 芥とは渾名で呼び合う仲であり、それぞれがほしちーとみほりんという名前で、芥ことあくたんと呼び合っている。


 そんな様子を見て、未若沙はケッと痰を吐いた。


「仲良しなこって」


 誰かに対する関心、というか、かなり利己的な性格をしている未若沙からしてみれば、そう言った渾名すらもうざったらしいのも仕方がないのかもしれない。


 まあ、彼女も彼女で、虚居のことを彼が付いているジョブの名前で呼んでいるのだから、文句を言うことはできないと思うのだが――


「そう言うなってみもりーよ」

「……みもりー?」

「そうそう。仲良くなるためには何したらいいかな~って考えてさ~。よし、じゃあまずは渾名を付けようってことでみもりー!」

「未若沙ちゃん。二人とも最初からこんな感じだから、そんな異星人と初めて会ったチワワみたいな表情しなくていいよ」

「だれがチワワだ!」


 未若沙は、長いこと登校していなかった特異性と、夏休み前は引っ込み思案であり、夏休み明けは周囲を威嚇してやまない狂犬のような変貌をしているため、クラスでも孤立している。


 とはいえ、古波新畑らには、そう言った孤立理由は芥の友人であるという一点で綺麗さっぱり消えてしまったようで、そんな二人が気を使って距離を詰めようとするおかげで、今日も未若沙は芥班の中心に押し込まれた。


 まあ、嫌ならはっきりと嫌と言えばいいのだけれど、言わないあたり彼女もまんざらではないのかもしれない。


 とはいえ、人付き合いの苦手な未若沙のことだ。どこまでその友情が続くものか……。


 ともかく、そんな彼らは二日目の午前日程となる映画村に訪れていた。


 ちょうど、本日の午前日程では虚居たちの所属する二年D組と一緒に、映画村観光となっているので、虚居たちと合流することもできるのだろうけど……合流はできなかった。


 というのも――


「そわそわしちゃってあくたん、愛しの彼が外国美少女にとられそうで心配なのかな~」

「わわっ! なんてこと言うのさほしちー! そ、そんなわけないでしょ!」

「図星だな」

「みほりんまでー!」


 もちろん、様々な思惑在りつつ合流を計った芥たちであるが、肝心の虚居は、どういうわけか一か月前に転校してきたティリスという女子生徒共に、班を離れて行動していたのだ。


 ついでに言えば、


『次なる戦いに備えて、新選組の方々の動きを参考にするために私は行くのですわー!』

『ってなわけで、獅子雲さんを一人にするわけにもいかないし、ごめんね』


 と、映画村の各所でダンジョン仕込みの大立ち回りを演じる新選組から、その戦い方を学ぼうと邁進する獅子雲と、彼女を一人にしておくのはまずいよなと、その後を追いかける愛代の二人とも合流することは叶わなかった。


 結果、まあ予定通りに楽しもうかという古波の言によって、班行動を取りながら映画村を観光することになったのだが――やはり、恋する乙女は気が気ではないらしい。


 愛しの男子が女子生徒と二人っきりで行動している。しかも、相手は転校してきた外国人の美少女である。気にしないわけがない。


 そして――


(あの昼行燈のことだから恋愛はないとしても、何が目的だあの外人野郎)


 それは、同じく、そして同じ男子に対して恋の矢印を向けている未若沙も同じであった。


 違いがあるとすれば、向けている疑いの違いか。


 ティリスと虚居の関係を疑っているのは両者同じであるが、芥は恋愛的な関係性を、未若沙は謎の外国人の企みについて気にかけている。


 少年Xとして、そしてその称号の重要性をよくよく知っている未若沙の方が、より真実の近い所に足を踏み入れている……と言いたいところであるが、実際のところはわからない。


 もしかすれば、本当にティリスが虚居のことを気にしており、アメリカ人特有の積極性をもってして、その距離を詰めようとしているだけの可能性だって考えられるのだ。


 しかしながら、ここに来て新たに二人の考えは同じ回答を辿る。


 結局のところ――


((まあ、ひーくん死神って鈍感だしなぁ……))


 虚居非佐木は、自分に向けられた好意に対して鈍感な節がある。芥も未若沙も、長い時間を関わってきて得た結論である。


 まあ、そんな結論を導き出したこともあってか、そわそわとしながらも映画村を純粋に楽しむことができた二人である。


 途中までは。


「すごいよね~。こっちとかめっちゃ暗いよ~!」

「時代劇の撮影とか、いろんな場面を使うからな」


 映画村の世界観を助ける役者たちを傍目に観光を続ける彼女らが見つけたのは、撮影でもよくつかわれているだろう路地。建物と建物の間に出来た空間だ。


 人気のない大通りとは違うまた別世界のような雰囲気が広がるそこを見物していた一行であるが、そこでとある声を聞くこととなる。


 芥や未若沙にとっては、よくよく知ったその声を。


「――った。俺も構わない」

「ありがとうございマース。それでは、夜にまた、ということで」

「夜にねぇ……こういう時は愛してるよハニーって言っといたほうがいいか?」

「あら、それは楽しいデースね。ダーリン」


 片方は余りにも聞き覚えのある虚居のもの。もう片方は余り聞き覚えはないものの、どことなく訛りのある日本語からすぐさま件の外国人であることがわかる。


 はてさて、そんな二人がこんな人気のない所で何をしているのか。


 少なくとも、恋焦がれる二人の少女からして、ハニー、ダーリンと呼び合うその声は、逢引きの最中にしか聞こえなかった。


「えぇ~!? あの二人そんな関係だったの~!?」

「まさか冗談が本当のことだったとは……大丈夫か、芥?」

「え、いや……えぇ……?」


 野次馬根性たくましく、友人の恋を応援していた二人はこの悲劇に友人を心配するモノの、その表情からはどちらかといえば昼行燈を落とした外国人美少女のことが気になっている様子。


 あんまりにも薄情なようにも見えるけれど、九年間の片思いですら打ち砕けなかった鈍感の城門をいったいどうやって開いたのかということが気になってしょうがないらしい。


 そんな二人の興味をよそに、未若沙は思う。


(はーへー……今日の夜ねぇ……)


 そして、またしても未若沙の思考回路が、芥のそれと同じ末路を辿った。


 まあ、つまりは――


(いい度胸じゃねぇか死神。あーしというものがいるくせに他の女を選ぶなんてなぁ……夜ね。はっ! 絶対にぶち壊してやるよおい!)

(ひーくん……いや、もしかしたら何かの勘違いかもしれないし、いったんここは夜の時間にこっそりと話を盗み聞けば……!!)


 そうして、同調することもせずに、二人の恋焦がれる乙女ストーカーによる、虚居非佐木包囲網が知らず知らずのうちに結成されることとなったのであった――

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