第94話 伝説の重責


 修学旅行。


 それは、学園生活を彩る一大イベントの一つであり、一度の高校生活で一度しか味わうことのできない青春そのもの。


 はてさて、そんな青春すらも無視して配信活動に専念する俺は、圧倒的に利己的な理由で班の自由活動時間を消費させようとしているため、メンバーは選ぶべきだろう。


「来たよ京都! なんかこう、滅茶苦茶テンション上がるねぇ!」

「大人しくしとけ愛代めじろ。バカ騒ぎをしてると俺たちが馬鹿だと思われる」

「リズムゲーしてる時の虚居も人このと言えないと思うんだけどなぁ……」


 現在、俺たち彩雲高校二年生は、そんな修学旅行目指して京都へと新幹線で移動中であった。


 一応、人数の関係で新幹線の車両はほぼ貸し切りになっているとはいえ、公共の場でわいわいがやがやと騒がしくしてしまうのもはばかられる。


 そんなわけで、両手を上げて京都に思いを馳せる愛代を注意したはずなのだが。


「へーい! 芸者! 侍! アイアムも楽しみデース!」

「京都……やっぱり食べ歩きが対決方法としては主流でしょうか……はっ! 虚居非佐木! 二日目は確か映画村でしたわね? ならばそこで剣戟バトルをしますわよ!」

「oh! イッツ腹切りバトルデースか!? ショーとしてはグレートデース!」


 どうしよう。俺の班、騒がしい奴しかいねぇ……。


 俺たちの学校は、四人~五人で班を組むことになっている。男女の規定数はなく、基本的には仲間同士でつるんでいる人間が大半だ。


 無論、俺も班を組むうえで、俺たちの事情を理解してくれている(というか変に勘ぐっている)愛代を取り込むところまでは成功したのだが、その後、ティリスがアクロバティックなタックルと共に俺に同じ班にしてくれと訴えかけて来たのである。


 もちろん、断る理由もないため受け入れたはいいけれど、結果として出来上がったのが、このなんとも騒がしい班である。


 余談だが、最初から同じ班という話であったはずなのだが、獅子雲が「もちろんライバルとして己を高めあうために、同じ班に入れてくれるのですよね」と訊いてきたときは流石に飲みかけのドリンクを吹き出してしまった。


 たまに思うけど、実は馬鹿なんじゃないかこいつ……。


「何事もなければいいが……」


 計画は順調に進んでいる。

 たとえ、計画に参加したミルチャンネルらに得られる金が分散してしまったとしても、長い目で見れば10億を回収できるはずだ。


 しかし、なんというか――


「引っかかるんだよな……何かが」


 形容することのできな違和感。気づいていてもいいはずなのに、気づけていないようなもどかしさ。

 解くことができないほどに絡まったあやとりの糸の中にいるような、脱出口の見えない不確かさ。


 無論、これは俺の予感でしかないけれど……その予感が、杞憂であることを願うばかりだ。


「なんかあった、虚居?」

「いや、空を眺めてただけだよ」


 俺の様子を不思議に思った愛代の言葉に適当に返事をしつつ、窓際の席の特権をフルに活用して、俺は空を見上げていた。


 この空がどこまでも続くように。何事もなく、日常が続けばいいな、と思いながら。



 ◆◇



「寺ですわ! お地蔵ですわ! 観音様ですわ!」

「おい獅子雲。お地蔵様は道端にある道祖神だし、ここは神社だし、伏見稲荷で祀ってるのは狐だ」

「そ、そんなこと知ってますわよ虚居非佐木! 八回も化ける妖怪ですわね!」

「それは狸だ」


 修学旅行一日目。

 11時に着いた俺たちは、早めの昼食を取ってから一度ホテルに移動し、そこからは夕方になるまで、学校側が用意した観光名所巡りである。


 A~Dまでのコースがあって、班それぞれでどのコースに行くかを決めると言った風になっており、生憎と芥たちとは別のコースになってしまった。


 そんな俺たちが真っ先に訪れたのは、稲荷で有名な伏見大社である。


「oh……これがジャパニーズワビサビ……」

「わびさびっつーには、少し派手すぎる気がしなくもないけどな」


 伏見大社となれば、やはり千本鳥居は欠かせない。

 どこまでも続いていく赤一色の鳥居は、まるでこの世とは全く別の世界へと通じるトンネルのようにも見える。


 ダンジョンともまた違ったミステリアスで神秘的な風を感じながら、長い長い通路を歩いてみれば、時を忘れてしまったかのように時間の流れが緩やかになっていく。


「ねぇみんな! 楽しんでるところ悪いけど、写真撮ろうよ写真!」

「そうだな。記念ってのは大切なもんだ」

「ピクチャーデース!」


 ぱしゃり。


 そんな音を立ててスマホカメラのシャッターが切られれば、そこには千本鳥居を歩く高校生四人の姿が映し出される。


 しかし、上手いこと撮るもんだな、愛代は。自撮り棒も使わずに、自分を含めた班員全員を画角に収めつつ、見栄えのする写真を撮ってやがる……これは、カメラマンとして彩雲プランテーションで雇うのもありか?


 ああ、まずい。仕事のくせが出てきてる。三日目までは完全な自由時間なんだから、この時ぐらいは仕事を忘れて楽しまなきゃ……。


「虚居非佐木! おもかる石で勝負ですわ!」

「それで何を勝負すればいいんだよ……」


 噂をすれば、というわけではないけれど、ちょうどよく仕事を忘れさせてくれそうなテンションで獅子雲が声をかけて来たので、それに乗っかることとする。


「おもかる石?」

「願い事をしてから石を持ち上げたときに、思ったよりも石が軽かったら願いが叶うって曰くの石だよ」

「おーう、ジャパニーズゴリヤクですネ」


 愛代がティリスにおもかる石について説明しているのを横目に、俺は獅子雲に向き直る。


 いつものように勝負を仕掛けて来た獅子雲であるが、果たして彼女はおもかる石を使って何を競おうというのか――


「ふふん、どっちが重かったかを競いますわよ」


 しかし、あまりの内容に全員がずっこけた。


「自己申告じゃねぇか!!」

「何を言っているんですか虚居非佐木! この石は持つ人の願いによって重さを変えるという遺物なのでしょう! ならばこそ、どちらがより困難な目標を持っているのかを競うに最適ですわ!」

「いやいやいや! そんなダンジョンみたいなことあるわけねぇだろ!」


 やばい、そういえばこいつ、頭のてっぺんからつま先までダンジョンに染まったダンジョンガールだ。


 ダンジョンができたのは30年前で、もちろんおもかる石はダンジョンよりも昔から存在するものだ。


 いくらダンジョンがゲームさながらのシステムによって整備されているとはいえ、ダンジョンの外までそんな不可思議現象が起きるわけないだろ!


「ちなみに、おもかる石が思ったよりも重かったら、その重さの分だけ努力しないといけないっていう意味らしいよ」

「なるほどデースね!」


 さて、そんなことを言いながら灯篭の前で何やらもにょもにょと英語か何かで呟いてたティリスが一番手となって、おもかる石に手を出した。


「思ったよりも軽いデースね」

「つまり、ティリスさんの望みは叶うってことだね」

「wow! それは嬉しーデースね!」


 いや、思ったよりも軽くて当たり前だろ――というツッコミは飲み込んでおくとして。


 しかし、石が軽いのは、こと冒険者としてダンジョンに潜り、ステータスの恩恵によって人間離れした身体能力を得ている俺たちにとって、当然の話だ。


 材質はわからないけれど、この大きさならクラス2ジョブでも片手で持ちあげられるだろう。


「まったく、こんなことで何を競うんだか」


 ともかく、早々に決着をつけるためにも俺は手短に五円玉を備えてから、片手を石の上に置いた。


「願い、か――」


 願う。


「また、会いたいやつがいるんだ」


 俺が呟いたのは願い、というよりも望み。


 願望と言うには余りにもささやかで、望みと言うにはひどく明確なモノ。しかして、出来ることならば叶えたい、叶ってほしいもの。


 ……ん? あれ。


 


「……軽いな」

「ふっ、勝負は貰いましたわ虚居非佐木!」

「いや、これ勝負以前の問題だろ」


 予想通り、俺が持ち上げた石は、片手でジャグリングできる程度には軽いものだった。はたして、それが俺の望みが叶ってくれるという予兆なのか、はたまたステータスというズルをしているが故なのか。


 ともかく、軽いと口にしてしまった以上、俺の負けは確定的だ。今までの戦歴で、獅子雲に負けなかったわけではないけれど、片手で数えられる程度にしか敗北していないはず。


 珍しく、獅子雲に勝利を譲ることになったな。


「さあ見ていてくださいまし! 私の勝利ですわ!」


 きっちりとお賽銭をしてから(しかも五百円玉を)、両手を合わせて何やら強く念じ、がっしりと石を掴んで彼女は高らかに宣言した。


「私の願いは、生涯のライバル虚居非佐木を打ち倒すことですわ! コテンパンに!」


 願いって、ああも高らかに宣言するものだっけ? しかも、願いってよりも宣言に近いような気が――ってか、その願いで重かったらどうするんだよこいつ。


 ともかく、宣言に合わせて、彼女は石を持ち上げた。


「どっせぇえええいいい!!!」


 淑女としてその掛け声はどうなのか。


 まあ、同じAGI型のジョブとは言え、外付けでSTRが強化されている俺と獅子雲じゃあ大きな違いがある。


 流石に、獅子雲の方が重――


――ズドォオオオオオン!!!


「……は?」


 轟音炸裂。


 何が起きたのかと思って目を見開けば、震源地は獅子雲の足元から。


「わ……わ……」


 彼女を中心として、周囲の石畳に亀裂が走っている。何がどうなればそうなるのかは全くの不明であるが、犯人と思われるそれは、獅子雲の足元に鎮座していた。


 それはおもかる石であった。


 ……あれ? 俺が持った時って、落としたら地面が凹むような重さじゃなかった気がするんだが……?


「見ましたか虚居非佐木! この勝負私の勝ちですわ!」

「いやそれ以前に気にするところあるだろ!!」


 果たして、突如として重くなった原因は、獅子雲の願いによるものなのか。


 しかし、間違いなく俺が持った時はあんな重さじゃなかったし、件の伝説は本物だったのか……? いや、これで本物かどうかを判断した場合、獅子雲の願いが果てしなく困難なものになるわけだが――


 いや、深く考えると迷宮入りしそうだからやめておこう。


「流石は虚居。君の周りは退屈しなくて楽しいよ」

「イッツミステリー!」


 そんなこんなで、その後も京都の観光名所を巡りながら、修学旅行の一日目は終了した。

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