第88話 伝説のコラボ
放課後。
彩雲町から電車に乗って二十分ほど。俺は横浜に来ていた。やはり横浜、彩雲町よりも圧倒的に人口密度が高い。
そんな横浜に来て俺は、目的地であるカラオケに到着した。
「虚居非佐木! カラオケに来たのならば、是非とも得点勝負をしますわよ!」
「チッ、なんでこいつまで付いてきてるんだよ死神……芥はともかく、この程度の馬鹿が話についてこれるわけねぇだろ」
「あ? 何か言いましたか、白保間未若沙」
「日本語が理解できないなら、手取り足取り教えてあげてもいいんだぜ、なずなぁ」
「やりますの?」
「やるか?」
「「ふんっ!」」
カラオケに到着して早々に喧嘩を始めた二人を見守りながら、俺は俺で手短に受付を済ませる。
見事なまでの手四つで組み合う未若沙と獅子雲だが、例の撮影の日からずっとこんな調子だ。
思えば、獅子雲は勝負ごとに対して紳士的な人間で、そして未若沙はその正反対――どんな結果になろうとも、どんな過程を辿ろうとも、自分が笑えるような終わりを戦いに求める快楽主義者である。
正々堂々と卑怯千万。まさしく水と油だ。さらに言えば、未若沙は自分が負けようとも笑えればいいという性質であるため尚更である。
ただ……なにも、未若沙もやりたくて四方八方に牙を剥いているわけじゃない。
だからこそ、未若沙からしても、数知れない敗北を真正面から受け止め、その上でまだ堂々として居られる獅子雲に嫉妬しているのかもしれない。
まあ、これもあくまで俺の予想でしかないけれど。俺にわかるのは、勝負ごとに対するスタンスは正反対なれど、二人とも極度の負けず嫌いということだけだ。
しかし、見事なまでに拮抗してるなあの二人。獅子雲はSTRにマイナス補正があるクラス3ジョブの〈
芸術作品と言ってもいい仕上がりだ。よし、写真をパシャリと。額縁に飾るつもりはないけど、いい感じの写真が撮れた。
「とぉー!」
「ぬぁ!?」
「キャッ!?」
「お店の中で喧嘩しなーい!」
さて、手四つでがっぷりと組み合っていた年頃の女子二人に襲い掛かったのは、我らが彩雲プランテーションのリーダーである芥のチョップであった。
脳天に突き刺さったそれはまさに悶絶。あまりに痛みに床にのたうち回る二人であるが、他のお客様に迷惑だからとSTR特化ジョブの筋力によってカラオケボックスへと連行されていった。
「あいつもリーダーが板についてきたな」
さて、彩雲プランテーションというグループに未若沙が定着するにあたって、俺は三人の中からリーダーを決めた。
もちろん、実質的な方針や予定を決めているのは俺なのだが、現場で指示を出したり、チームをまとめたり……特に喧嘩をする二人の仲裁役として、芥がリーダーに抜擢されることになったのだ。
無論、半ば無茶ぶりのような白羽の矢ではあったのだけれど、初配信や成田ダンジョンなどで見せた観察力を発揮してか、しっかりリーダーらしく振舞ってくれている。
おかげで俺の負担も減って、計画を進めやすいというモノだ――
「先に来ていたか虚居」
話をすれば。
「こんにちは先輩方。俺たちも今来たところですよ」
「こんにちは。それで、非佐木君。あの子はもちろんいるんだよね?」
「未若沙ならさっき芥に脳天からチョップを食らって悶絶してるところなんで、何かやるならもう少し後でお願いしますよ、南向先輩」
「えぇ……何をやってるのかな、君たちは」
一足先に、予約していた大部屋の方へと芥たちが向かったところで、入れ違いになる様に入口の方から学校の先輩方が――またの名をミルチャンネルの皆様方が現れた。
もちろん、フルメンバーの五人勢ぞろいである。
そして――
「来たぞ来たぞミルチャンネルに彩雲プランテーションよ! 我らが鬼弁組の参上だ!」
「そう、美しく登場だ」
「拍手してくれてもいんすよ」
そして、遅れてうざったらしい雰囲気をまき散らしながら顔のいいイケメン三人衆……もとい、鬼弁組のお三方も現れた。
ミルチャンネルと鬼弁組。どちらも数十万人のチャンネル登録者を誇る人気metubreチームである。
俺の招集に、どうして彼らが集まって来てくれたのか――
というのも、夏休み中のあの撮影では、テレビ番組を通して彩雲プランテーションを喧伝するほかにも、こう言った同年代の人気チームとのコネクションを作る目的もあったのだ。
ミルチャンネルは、リーダーであるミミこと南向先輩のダウンで危うくコネが消えるところであったが、鬼弁組は逆に未若沙の快勝を通して友好的に連絡先を交換することに成功した。
もちろん、あの場に居た他のパーティーたちとも連絡を交換しているのだが――そちらはまた別口で利用するつもりだ。
ともかく、今は彼らを引き連れて、予約していたカラオケの大部屋に行くことにするか。
◆◇
「と、言うわけで改めて自己紹介からしようか」
大部屋にたどり着いて早々に、そう切り出したのは合計して11人の配信者を集めた俺ではなく、鬼弁組のリーダー三月さんであった。
「まずは俺! 夏の太陽の如く煌めく笑顔はじける三月誠也!」
「続いて僕。冬の雪のような煌めきに火傷するなよ、
「最後に私が、秋のように穏やかな風が包み込む、一ノ
なんだこいつらとか、春はどこに行ったとか、季節の順番おかしくない?とか、そう言うのは一先ず措いてとりあえず――
「次はミルチャンネルだな」
「スルーなのひーくん!? こんなに濃い人たちスルーなの!?」
「まあここで尺を使うわけにもいかないしな」
「ふっ、よくあることさベイビー」
「それはそれでどうかと思うけどな私!」
流石は芥だ。俺が見逃してしまう(故意)ようなことにもしっかりと気づいて反応してくれる。
ただ、何も今日ここに集まったのはカラオケをするためでもなければ、親睦を深めるわけでもない。
仕事の話をするために集まったのだから、名前を言い合うだけで時間を取るのはだれも望んでいない以上、巻きで行くぞ巻きで。
「えっと……ミルチャンネルのミミでーす。リアルだと南向麦って名前だよ」
「キタ。配信外なら北野原と呼んでくれ」
「ルナ……です。周防月菜、です」
「
「
流石は売れっ子配信者。売れるためにはどんな仮面も被れるミミが空気を読んで名乗ったところで、ミルチャンネルの面々の自己紹介が終わった。
それから、席順にぐるりと回って彩雲プランテーションの番だ。
「廉隅芥です。ケシ子でやってます」
「獅子雲なずなですわ。レオクラウド、という名で活動しておりますの」
「めんどくせぇー……。別に言わなくても知ってるだろ」
さて、未若沙が気だるげにソファーに座り込んだところで、一通りの自己紹介が終了した。
「おおっと、自分をお忘れかな虚居君! 正直、一番自己紹介が必要なのは君だと思うんだけど!」
「あ、そうでしたね。遅ればせながら、虚居非佐木です。彩雲プランテーションのカメラマン兼プロデューサーやってます」
「ほぉ、彼は彼女たちのプロデューサーだったのか」
「逆に何だと思って虚居と接してたんだよお前らは……」
南向先輩に言われて思い出したけれど、確かにこの集まりの発起人ということもあってか、完璧に自分のことを忘れていた。
それに、三月さんには彩雲プランテーションの関係者ではあるが、具体的な役割とかはよく知られていなかったらしい。
「なんと、彼は彩雲プランテーションの誰かの男装ではなかったのか」
「ほら言っただろう。あのチームに男は居ないから男装だって話は流石に誠也の考え過ぎだったんだ」
「つまり、彼は彩雲プランテーションのマスコットってことッスね!」
いや、馬鹿だから気づかなかったのかもしれないな……。
まあ、あれが彼らの持ち味なのだから文句は言わないけど、流石に不信感は持った方がいいとは思うぞ……。
「ま、俺のことはどうでもいいから省くとして」
「流石にどうでもいいとは言い切れない……です」
「なんだかんだ言って、死神が一番秘密が多いんだよなぁ……」
周防先輩と未若沙の呆れた声を無視してから、俺は彼らを招集した理由を話した。
「さて、ここにあなた方を召集したのは他でもない、コラボについての話です」
「ふぅん……コラボって言ってもさ、こんな大人数でダンジョンに潜るのも難しくないかな?」
南向先輩の言う通り、基本的な冒険者チームは多くても六人で動くのが定石だ。
理由としては、前衛だろうが後衛だろうが、たくさんの冒険者がいたところで、モンスターを相手に戦える人数は限られるからだ。
だからこそ、平均四人、多くても六人という暗黙のルールがある。
そこで、俺はこの集まりを半分に分けることを提案する。
「南向先輩のおっしゃる通りです。なので、とある基準を設けて、ここにいる10人をそれぞれ別のチームに分けてコラボをします」
「10人……?」
俺が口にした人数についての違和感に気づいた三月さんが、その疑問を口にした。
「ええ、10人です」
カラオケボックスに集まった人間は、俺を含めて12人。しかし、俺が口にしたのは10人だ。つまり――
「俺と、あとそこに居るショーコは今回裏方に回ってもらうことになってます。つまり、彩雲プランテーションから2人、ミルチャンネルから3人、鬼弁組から三人の合計10人が参加する形になります」
「へぇ、なるほど。ちなみに、その基準ってのは何かな?」
「クラス4ジョブが出てるか否か。ですよ」
「ふんふん……つまり、君は私たちを次のステージに進めようとしているわけか」
「その通りです」
流石は南向先輩だ。話が早くて助かる。
「どういうこだ、二霧」
「つまり、彼は僕たちの課題であるクラス4ジョブへの昇格を果たす手伝いを、コラボという形で果たそうとしているということだろう、誠也」
「そういうことです」
なるほど。鬼弁組をまとめているのは、あの二霧さんか。会話はよく聞いている三月さんが口にした疑問を、二霧さんが解説する。無意識だろうが、実際にそうすることで、視聴者にも状況を把握しやすい配信が出来上がっている。
「数年の配信歴を持つあなたたちが、クラス3ジョブで止まっている理由は、全員にクラス4ジョブが解放されていないから、と予想しました。そこで、全員で次のステージに上がるという修行をコンテンツとして配信するコラボを俺は提案します。その上で、既にクラス4ジョブに到達し、尚且つレベルを上げきってしまっているショーコは除外されるわけです」
「強いとは思っていたが、そこまでだったとはな……」
彩雲プランテーションのようなチームを組んでいる配信者でたびたび問題になるのが、クラス3の壁である。
以前にも説明したと思うが、クラス4ジョブからは、全てのジョブが特殊派生ジョブとなり、通常派生のように一つのジョブのレベルを上げるだけではクラスを上げることはできない仕様となっている。
特殊派生ジョブを解放するには、特定の――ジョブごとに違う条件を達成する必要がある。
そして、クラス2からクラス3に上がるにあたって、ジョブの持つパワーが飛躍的に上昇するように、クラス3とは比較にならないパワーをクラス4ジョブは持っているわけだが……ここで問題になるのが、チーム内でのパワーバランスの変化だ。
実を言えば、クラス4ジョブの解放条件は一定ではない。というか、条件自体が不明確であるために、気づいたら達成していたことがほとんどだ。そして、達成後に何の条件を満たしたから解放されたかすら表示されない。
そのため、クラス4ジョブを解放するために数年という時間がかかる人もいる。
そんな中、クラス4にあがれない人間とクラス4に上がれてしまった人間がいてしまうと、配信的にも活躍に差が生まれてしまい、不和につながる可能性があるのだ。
そこで、大手に上り詰める人間ほど、全員の足並みをそろえるためにも、クラス4ジョブを全員が解放できるまでクラス3で停滞していることが多い。
そして、そのまま活動を終えてしまうことも――
ちなみに、彩雲高校のダンジョン攻略部の四人も、現在絶賛クラス4ジョブを解放するために奔走中とのことだ。
「先に行っておくと、俺の目的はこの先に在ります。なので、このコラボはそのための下準備……親睦会程度に思っていただければと思ってます」
「いいね。私は乗るけど、みんなもいいよね」
「何を言っている麦。俺たちはいつもお前に引っ張られてきたんだ。今回の判断にも、何の文句もないさ」
「了解。というわけで、私たちミルチャンネルは参加するよ」
おそらく、南向先輩は俺が言ったこの先の目的が、京都のSSクラスに関係していることに気づいたな。
それに、半数がミルチャンネルの人間である以上、二つに分けたチームのどちらが活躍しようとも、ミルチャンネルがその活躍にあやかれる可能性が高いとなれば、彼女はまず打算的に協力してくれるはず。
そして――
「強くなれるのなら、俺たちももちろん参加するぜ!」
強くなることに、戦うことに強い関心のある鬼弁組ならば、この話に乗ってくれると信じていた。
「話は決まりですね。それじゃあ、今後のスケジュールの調整をしましょうか」
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