第87話 伝説の放置
『非佐木君。アメリカ海軍から君に話があるらしいんだけど……』
『突っぱねてくださいよ。米軍にどうこうされるような人じゃないでしょ、軍曹』
『いやいや、これでも一応信用の上で活動している身だからね。君に話を通したというアリバイだけは作っておかないといけないんだ』
『社会人って面倒くさいんですね』
『君も直に理解することができるさ』
そんなやり取りをしたのは中学生の時のことだったか。いや、もう少し前の小学生の時だったかもしれない。
軍曹こと
一度だけ、というのは少年Xとしての功績にあやかろうとした企業連中その他からのアプローチを含めると、少なすぎる数だけれど、まあそこは軍曹が頑張ってくれたとして。
そのアプローチを突っぱねた後に、俺はとある話を風の噂で聞いた。アメリカ海軍が、ダンジョン攻略に向けて新たな特殊部隊を設立したという話だ。
ロシアや中国、インドなど、身体能力の向上を目的としてダンジョンを活用する国は在れど、ダンジョンの攻略そのものを目的とした部隊は、世界広しと言えど存在しなかった。
もちろん、国が大々的な支援をしている日本も含めて、だ。
そんな中、難易度SSクラスダンジョンの攻略を目的とし、そして設立からたった五年で三つの難易度SSクラスダンジョンを攻略して見せた。
アメリカが軍人を送り込んでまでダンジョンを攻略する。とある理由から個人的な話を軍曹に聞いた時に、俺はその言葉を耳にしたのだ。
プロジェクトX-day
自意識過剰かもしれないけれど、Xというのは俺のことだろうか。それとも――ともかく、アメリカが何か明確な目的があってSSクラスダンジョンを攻略して回っているのは間違いない。
問題は――京都のSSクラスダンジョンを攻略されるのは非常にまずいと言うことだ。
「ハジメマシテー! アメリカから転校してきましタ、ティリス・エトワール、デース! 皆さんよろしくお願いしマース!」
はてさて、何らかの思惑を感じざるを得ない形で俺と同じクラスに転校してきたティリスの目的は何なのか。探る必要があるのは確かだろう。
「おおお! 虚居! 今度はアメリカン美少女が俺たちのクラスにやって来たぞ!」
「だな」
「ヘェイ! ドッグマスク! アイアム、貴方の隣を所望しマース!」
「……おい、またお前の関係者かよ」
「関係ない関係ない。考えてみろ
「ヘェイ!」
アメリカの特殊部隊出身で、俺がアメリカに行かなかったからこそできた特殊部隊の女。見るまでもない地雷で、関わるべきではない嵐である。
そして残念ながら、窓際の席に座る俺の隣は原腹という男のものだ。先ほどから俺のことを冷めた目で見てくる原腹は、俗だが芯の通った男である。
いやマジで前の
「あ、じゃあ俺空いてる席行くんで」
「ありがとうございマース!」
「てぃ、ティリスちゃん。それじゃあ例の話は」
「もちろん、お手伝いさせていただきマースよ」
おい待てなんだその怪しい会話は……おい原腹ぁ!?
「ふふふ……これで隣の席デースね、ドッグマスク。[逃がさないよ。どこまでも]」
「うっそだろ……」
流石はアメリカの特殊部隊出身。人心掌握はお手の物ってか。果たして、何を対価にあの原腹が懐柔されたのか……ってか、勝手に席替えしてる蛮行を咎めろよ先公!
「……」
あ、目逸らしやがったなあいつ! ってことは完璧に軍曹がらみの案件だなこれ。一応、軍曹にはSSクラスに挑戦することは前もって協力要請をしているし、その障害となるような人物が自由に行動できるようにするはずもない――いや?
まさかだが、「虚居くんならその程度障害にもならないよねー」とか思ってるんじゃないだろうなあの変態。
「……さて、どこから手を付けたモノか……」
ニマニマにやにやと俺の方を見るティリスから視線を逸らして、窓の外の景色を見ながら、突如として現れた懸念事項に頭を悩ませるのだった。
◆◇
ティリスの登場によって全然身が入らない授業であったが、なんとか四時限目を乗り越えて昼休みだ。あれからティリスが何らかのアプローチを仕掛けてくる様子はなく、授業態度は至って真面目。
おかげでティリスの隣に陣取る俺が、自分の席から追い出される形でティリスの周りには人だかりができていた。
思えば、獅子雲の時は真っ先に俺へと因縁を吹っ掛けてきたこともあってか、どこか近寄りがたい雰囲気ができていたからな。
ああ、話をすれば何とやら、だ。
「虚居非佐木! 勝負ですわ!」
「今は逆にありがたいぐらいだな。さて、じゃあ何をやる?」
「いつになくやる気……! ふふふ、ですが今日こそは勝利をいただきますわよ。おそらくは朝の占いで最下位でも引いたからこその奮起でしょうが、その努力を見事に粉砕して差し上げましてよ!」
何を勘違いしているのかはわからないけれど、俺の朝の占いは5位であった。そして俺がやる気を出しているのは、今しがた抱えている憂鬱を一時でも一瞬でも忘れたいがためである。
ともかく、そうとなれば全力でやらしてもらうぞ――
「勝負はヨーヨーですわ! 交互に技を出し合って、真似できなかった方が負け――さあ、行きますわよ!」
と、まあ。
初手に俺が繰り出した東京タワーの前に獅子雲はあえなく敗北したわけだけれど、一度何も考えずに遊んだおかげか、意外にも頭がすっきりとした。
おかげで、なんとなくだけれど取るべき対応についてもわかってきた。
「獅子雲。今日の放課後は集まれるか?」
「敗者には敗者なりの身の振り方がありましてよ……ふっ、好きにするといいですわ」
「空いてる、と。あとは先輩たちにも都合を聞いておくか」
遠巻きにティリスの人気ぶりを眺めながら、俺はスマートフォンをタプタプと操って、とあるグループにチャットを送る。
内容は「今日の放課後」とだけ。
ただ、何をするかはすでに事前に通知をしてあるため、ただそれだけで理解した人間は早々に返信をしてくる。
「わかったぜぇ~」
「ラジャッ」
「わかりました」
「了解した」
「やるんだなっ!」
「待ってました!」
とまあ、返事の色は十人十色。スタンプも含めて文字通り10人の返信が来たところで、スマホの画面を閉じた。
幸運なことに全員のスケジュールが開いていたわけで、少しばかり巻きではあるが、予定通りに計画を進めよう。
そして、ティリスの対応については――
「静観だな」
計画の最終段階である京都の難易度SSクラスダンジョンの攻略を先取りされるかとも思ったけれど、ティリスがここにいる時点でその線は薄いとみてよさそうだ。
というか、彼女らの攻略してきた三つのダンジョンの傾向から、おそらく京都のダンジョンとは相性が悪いはずだから、攻略を狙うとしても他のところに行くはずだ。
となると、彼女たちの目的は別にある――やはり、彩雲ダンジョンの暴走現象の時に派手に暴れすぎたか。
もしアメリカがまだ俺の助力を願っているのだとしたら――いや、違うな。
SSクラスを幾つか攻略しているとなると、あの事についても知っているかもしれない。
まさか、目当ては俺の持っている情報か? ともかく、今はまだ転校生として交友の輪を広げているティリスに何か特別な行動をする必要はないな。
できることならば穏便にことを収めたい。ここは一つ、彼女が少年Xのファンガールで、溢れ出る情熱を収めることができずに渡航してしまったという線にかけるとしよう。
ともかく、ティリスは放置。順当に計画を進めるとしよう。
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