第86話 伝説の来訪
「流石はSTR特化の蹴りだな。今のは少し効いたぞ……」
芥の殺人的な蹴りによって弾き飛ばされた俺は、見事な三回転半の捻りを加えて、謎の外国人少女が刺さっていた壁に激突した。
危なかった。ステータスがある手前、死ぬことはないが……狗頭餅で強化されてなかったらむち打ちみたいになってたんじゃなかろうか……。
いざとなったら弧末那に頼ることになるんだろうけど、あいつ苦手なんだよなぁ。
「こ、こんな真昼間から破廉恥だよ! セクハラだよ!」
「何が破廉恥でセクハラなのかは知らないが、外国人特有のスキンシップってやつだろ。それに、仮面越しだから何の問題もないはずだぞ」
「で、でもぉ……」
ぶんぶんと身振り手振りで何かを現す芥であるが、生憎と唇を奪われたと言っても、それは仮面についたかりそめの唇でしかなく、実物に触れられたわけではないのだから問題はないだろう。
「ともかく……何もんだよ、お前」
「ハァイ! はじめまして! アイアムはティリスっていいマース!」
「ティリスね。一応聞いておくが、どうして壁に刺さってたんだ?」
「今日から転校ということでテンションがハイになっていたら、そこの壁にアタックしてしまいマシタ!」
「なるほど。普通なら壁に弾かれて終わるが、冒険者のEND故に硬いから、壁が衝撃を弾き切れずに突き抜けたわけか……」
んなばかな、と言いたいところだけれど、俺も一度やったことあるから人のこと言えないな……。
「あれ、そういえば……私たちとおんなじ制服だ」
「ヘェイ! 今日から彩雲ハイスクールに転校しますからネ~」
「あ、転校生なんだ! ……ひーくん、転校生だからってまた手を出したらダメだからね!」
「俺がいつ転校生に手を出したんだよ……」
「なずなちゃんとか、未若沙ちゃんとか!」
「えぇ……」
確かに彩雲プランテーションに二人を勧誘したのは俺だが、なずなはあっちから突っかかって来たようなもんだし、未若沙に至っては不登校だっただけで転校生ってわけじゃないはずだが?
そういえばアイツ、一年ぶりに学校に行ってみたら自分のことを知らない奴らが困惑しててめっちゃウケるって言ってたな。未若沙のメンタルはオリハルコンで出来てるのだろうか。
「まあ、今はそんなことどうでもいい」
「よくないんだけどな~……!」
「それよりも、だ」
じっとりと俺を睨む芥の視線をするりと躱して、ちらり。
「ヘイ! ドッグマスクも一緒に登校しましょうヨ~!」
即急にこいつをどうにかしなくてはならない。
風の噂程度の情報でしかないけれど、ドッグマスクというのは俺の英語圏での渾名だ。俺の、というか少年Xの、であるが。
果たして、こいつが俺が少年Xであることを確信を持っているのかは知らないけれど、今俺の正体が世間にバレるのはまずい。
最悪の場合、彩雲プランテーションという火種を消しかねない話題としてネットを小さく賑わせ、俺の計画に支障が出てしまう可能性も――
いや、そもそも俺が少年Xであることを証明できる要素は彼女にはないか。俺の身体能力に関しても、身体能力だけならば限られはするけれどいないわけじゃない。
だから、俺がやることは――
「ドッグマスクだか何だか知らないが、俺は虚居非佐木っていう高校生だ。悪いが、俺はあんたの会いたかったそのドッグマスクとやらじゃない。ま、高校で同じクラスになった時はよろしくな」
平然と構え、早急にこの場から去ることだ。
少年Xの英語圏での渾名を聞いたところで、俺と結びつける人間は少ないだろう。少なくとも、薄々と俺の正体に感づいている北野原先輩とか、いつもの五人組とかならば気づくだろうけど、そこは知られても問題のない範囲だ。
とはいえ、俺の知りえない人間に『俺』が『ドッグマスク』と呼ばれている現場を目撃されると、どんな連想ゲームが行われるかわかったものではないので、早めに俺が虚居非佐木であるとくぎを刺しておく。
そして、これ以上のかかわりが無いように立ち去るのだ。
ハハハ、これにて対応は完璧。俺の正体がバレることは決して――
「[プロジェクトX-dayと言ったらわかる? それとも……アメリカ海軍特殊環境制圧部隊、とでも言った方がいい?]」
「……嘘だろおい」
無理矢理にでも去ろうとした俺の背中に、彼女は流暢な英語でしゃべりかけてくる。先ほどの、日本人から見たハイテンションな外国人というイメージそのままな姿は化けの皮だったのか、腹の底まで冷えてしまうような冷徹な瞳が俺を射抜く。
そして、プロジェクトX-dayとアメリカ海軍特殊環境制圧部隊という単語。
間違いない。
こいつは――
「仲良くしまショー、ドッグマスク!」
ティリスは、俺が原因で生まれた特殊部隊の出身だ。
どうしてここに、というのはまあなんとなく想像は付くが……まったくもって、一番来てほしくないタイミングで、どうして現れるのか。
改めて、俺は自分の運命を憎たらしく思った。
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