第89話 伝説の闘技場


 休日。


「なんだかんだ言って、ここに来たのは初めてだな」


 神奈川県から電車を乗り継いで訪れたのは、東京都文京区。目的は、ここにある難易度Xクラス『行楽地下闘技場』である。


 難易度X。それは、ダンジョンの中でも超特殊な例外的なダンジョンに与えられる区分である。


 基本的に、ダンジョンには戦闘を主とし強力なモンスターが現れるモンスター系と、冒険者を阻む様々なギミックが仕掛けられたギミック系の二種類のパターンがある。


 しかし、中には例外的な――『冒険者同士が競い合うことが目的のダンジョン』が存在するのだ。


 果たして、どうしてそんなものがあるのかはわからないけれど、ここでは本来人間に対しては振るうことのできない武器や魔法を使い、戦うことが可能なのだ。


 競技内容はダンジョンごとに違い、例えばバルセロナにあるダンジョンでは、魔法ありスキルありのサッカーが行えるとかなんとか。


 日本にも、ここ以外には兵庫に野球を目的としたダンジョンがあるし、墨田区では相撲ルールに則ったダンジョンもあると聞く。


 そして、ここ行楽地下闘技場では、そう言った難易度Xの中でも、最も多く存在するタイプである、『ルール無用の戦い』を行うことができるダンジョンである。


 さて、ではなぜそんな場所に訪れたのかというと、先日決まったコラボのためだ。


 予定や展望をすり合わせた結果、全員からの同意を得ることができたコラボ企画。


 まず、あの場に集まっていた10人を俺と未若沙の二チームに分けた結果が以下の通りとなった。


 未若沙(クラス4未解放チーム)

 ・廉隅芥 ・北野原泉 ・周防月菜 ・西境優雅ゆうが ・一ノ瀬拓馬


 虚居(クラス4解放済みチーム) 

 ・獅子雲なずな ・南向麦 ・東呑寺顕下 ・三月誠也 ・二霧樹


 全体的に冒険者としての歴の長い面々がクラス4ジョブを解放することに成功しているのは順当であるが、しかし南向先輩と同タイミングに冒険者を始めたはずの周防先輩が解放できていないのを見ると、一筋縄ではいかないのは確かか。


 さらに言えば、どういうわけかクラス3ジョブのレベルが76しかない獅子雲が既にクラス4ジョブを解放していたという事例もある。


 いったい何がトリガーとなったことか。個人に付与される固有スキルも関係してくると言われている以上、確かなことは言えないだろう。


 ともかく、予定であれば未解放組は未若沙の指導の元、配信を使ってレベルアップ強行軍をやってもらうとして――問題はクラス4解放組だ。


 できることならば、彼らにはクラス4ジョブを使いこなすための経験を積んでほしいのだが、下手にダンジョンに行ってしまうと、レベルが上がって彼らの足並みが崩れてしまいかねない。


 そこで、プレイヤーと戦うことで経験値を得ずに、ダンジョンに慣れることができる文京区ダンジョンに目を付けたわけだ。


 しかし、文京区ダンジョンを知り合い同士で自由に戦うために利用するには、このダンジョンで一定の結果を残さなければいけないルールがある。


 このダンジョンにはフリーマッチ……すなわち、ダンジョン側が自由に決めた対戦相手と戦うモードがあり、そのモードで十勝することで、個人団体で利用できる部屋を借りることができるようになるのである。


 まったくもってゲームというか、なんというか。


 前々から思ってはいたが、やはり自然にできたものではなく、人工物であることを疑いたくなるようなシステムである。


 ともかく、だ。


 そのルールに則れば、解放組の修行をするためには、誰かが文京区ダンジョンで部屋を借りれるようにならなければならない。


 だからこそ、今回の企画を提案した俺が自由に部屋を借りられるようにするために、今日は一人で訪れたわけだ。


 訪れたわけなのだけれど――


「へーい! ベースボールもいいですけど、プロレスラーもアイアムは興味ありますヨー!」

「なんでお前がここにいるんだよティリス……」

「えへへ……ちょっと恥ずかしいデースけど……後、付けさせてもらっちゃいマーシた!」


 一人できたはずなのに、駅に到着してみれば、さも当然のように俺の背後にはティリスが立っていたのである。


 流石はアメリカ特殊部隊出身か、気配が全然なかったぞおい。


「……先に聞いておくが、いや、確認しておくが、何か目的があるなら正直に話してくれた方が楽でいいんだが」

「ふふん、アイアムの興味はいつもユーの正体にありマース。それ以上もそれ以下もありまセーン……あなたを見る。それだけデース」

「そうか。じゃあ、もう一つ確認だが――」

「日本のSSクラスに興味はありませんヨ」

「ならいい」


 まあ、俺の予想が確かならば、ティリスの言葉通り、アメリカは日本のSSクラスダンジョンには興味がないんだろうな。


 日本にある難易度SSクラスはたった二つだけ。そして片方は10年前に攻略され、そしてもう片方はそもそもギミックが理不尽クソゲーすぎる。


 あれに手を焼いている暇があれば、他の国――特に自国のダンジョンの攻略を狙った方が楽だろう。


「改めて言っておくが――」

「勧誘も目的じゃないデスよ」

「……わかった」


 ま、俺の疑いなんて手に取るようにわかるか。


「さ、アイアムはドッグマスクの活躍を期待していマス! ここに来たということは、期待していいんデスよね!」

「見るだけにしてくれよ」

「Fooo!!」


 とりあえず、前に放置すると決めた以上は、しっかりと放置するべきと無理矢理思い込んで、俺は文京区ダンジョンのクリスタル広場でメニューを開いた。


 ステータスを確認するときと同じ半透明なウィンドウが目の前に現れる。そこには、見慣れぬ表記と共にこのダンジョンについての説明と、一項目だけ、『フリーマッチ』の表記があった。


 それを押して、『参加』と『観戦』の二択から『参加』を選択する。


 してみれば、参加待機列――この広場で、フリーマッチで戦う戦士たちの名前の中に、ポンと俺の名前が表示された。


 まあ、ステータスから名義を変えて、『X』ってしてるんだけどな。


 徹底しているとは言い切れないが、既に仮面を被った状態で広場に入り、最低でも俺が彩雲高校に通う高校二年生の虚居非佐木とわからないようには心掛けている。


「おー! この観戦を押せばいいんデスねー!」


 この騒がしいのさえいなければ。


 あまりにも目立つこいつと話していると、変なルートから正体がバレる可能性がある。いや、正体がバレること自体は問題ないのだが、それがネットで触れ回られる結果となれば、今後の計画に支障が出るため望ましくない。


 だからこそ、俺はティリスと距離を取り、そして目聡い彼女は俺の意思を汲み取ったのか、適当な人間に話しかけてあれこれと教えてもらっていた。


 ありがたいけれど、そうするならば最初からついてきてほしくなかったものだ。


 ともかく、俺は――闘技場参加者こと、『死神』Xは、そうして待機列に並んで順番が巡ってくるのを待った。


 ……あ、そういえば。


 俺が自分のジョブ名を世に晒すのはこれが初めてだな。


 確か、このジョブのことについて知ってるは、死んじまった父さん母さんと軍曹と未若沙くらいか。


 隠すつもりはなかったけど、やはり少年Xというブランドをミステリアスに彩っていたのは、間違いなく正体不明の銃士系統ジョブであるということなので、もったいぶっていたところがあったのは正直に言っておこう。


 ともかく、だ。


 このジョブが、正しくジョブとして認識されるのは、観戦中継配信があるこのダンジョンが初めてだろう。


 さあさ、本邦初公開と行こうか。


 銃士系統魂銃士特殊派生5『死神』


 騒ぎになりきる前に、さっさと終わらせよう。



 ◆◇



「お、マッチ始まったな」


 やあ、僕の名前は級堂きゅうどう仁一じんいち! ネットでは対人戦プレイヤーの『アーチャー』という名前で通っている双剣使いだ!


 対人プレイヤーの肩書通り、僕は日夜この文京区ダンジョンで活動をしている冒険者の一人であり、ネットを通して白熱した試合をお送りするファイターだ。


 さて、休日に入った今日も対人配信をするべく赴いた文京区ダンジョンで、本日一戦目の戦いが始まる。


 ジンクスでしかないけれど、この一戦目を気持ちよく勝てた日は、連勝できるんだ。


 最近は中堅対人プレイヤーとして名が知られてきて、配信チャンネルの登録者も一万人という大台を超えたところ……ここは一つ、十連勝なんて偉業を達成して、更なる注目を浴びたいところだぜ!


 さあさ、相手はどんな奴かな――


「……死神?」


 クラスXダンジョンでは、冒険者の名前を他者が見ることができる。そして、基本的に名前の前にはその冒険者が付くジョブが表示されるのだけれど、見たこともないジョブが表示されているな。


 まあ、そんなの関係ないさ。死神だか何だか知らないけど、大層な名前のジョブが強いとは限らない――さあ、僕のクラス3ジョブ『双魔剣士』の刀の錆びとな――


 ――ダンッ!!


「……え?」


 試合開始とともに鳴り響いた銃声。まさかの銃士ジョブだと思うよりも早く、僕の視界は暗転した。


 その直前に、僕の耳は確かに聞こえたんだ。


「さて、一人目だ」


 まるで作業かのように、それなりに強いはずの僕を一瞬にして倒した、犬の仮面の男の声が。

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