第84話 伝説の計画


 冒険者がダンジョン配信者として稼ぐ方法は、大きく分けて三つの種類が存在する。


 一つ目が、配信者として誰しもが獲得することができる、いわゆる投げ銭機能を利用した収入だ。


 大手配信サイトの大抵は、何らかの形で配信を行っているユーザーに対して、視聴者が支援することができるサービスが付随している。


 チャンネル限定コンテンツを味わうことができる有料会員や、オンライン販売サイトと提携したグッズ展開、或いはシンプルな投げ銭などだ。


 特に、三つ目に当たる投げ銭機能は海外ではあまり見られない日本特有のコンテンツと言われており、いわゆる配信提供されている動画に対して、任意で視聴者が慈善的な金額を支払うコンテンツである。


 見返りはなく、配信者には金が、視聴者には支払ったという多幸感が与えられる、どこまでも一方的な収入源である。しかし、こと日本ではどういうわけかこの文化が異様なまでに発展しており、投げ銭だけで数千万、数億単位で稼ぐ配信者がいる程である。


「つまり、私たちまで巻き込んで得た影響力を使って、難易度SSランクダンジョンに挑戦するというイベントを火種に、大量の投げ銭を獲得する、って算段なのかな?」


 最後の質問と言っておきながら、しかして非佐木の口から出て来た彩雲プランテーションの行きつく先を聞いて、絶えず湧き出てくる疑問と好奇心が勝ってしまった南向である。


 というよりも――自分たちよりも派手なことをしようとしている後輩に対して、同じ配信者として嫉妬を覚えたのかもしれない。


 少なくとも、SSランクダンジョンなんて、日本にはたった二つしかない伝説もまた伝説の超高難易度ダンジョンだ。そんなところを、今話題の配信者チームが攻略したとなれば……確かに、相応の、いうなれば億に匹敵する投げ銭を稼げてもおかしくはない。


「いや、それだけじゃ足りません。そこで二つ目――政府からの報酬を使います」


 ある意味で計画の協力者になる南向に対する義理……というよりも、改めて自分の計画を確認するために、非佐木はその全貌を語る。


 ダンジョン配信者の収入源。大きく分けた三つのうちの二つ目に当たるのが、ダンジョンを管理する政府から支払われる報酬である。


「それって、モンスターを倒した時に手に入るドロップ品の袋を使うの?」


 ダンジョンに収容しきれないモンスターがダンジョンから溢れる暴走現象を抑えるために、行う間引きを、政府は民間人に一任する代わりに、モンスターの討伐数に応じた歩合制の討伐報酬を出している。


 確かに、SSクラスダンジョンとなれば、たかだか雑魚モンスターであろうと、モンスターごとに支払われる討伐報酬のレートはCやBの比ではない。


 数さえこなせば、億に届くであろう投げ銭の不足分を支払うことは可能だろう。しかし、先に非佐木が口にした“10億”という大金に至るためには、どれほどのモンスターの死骸を積み上げれば足りるか……あまりにも、非現実的な計画だ。もちろん、難易度SSクラスダンジョンの攻略自体が、非情なまでに非常で、非現実的な戯言の類ではあるのだが。


 ただ、南向が口にした言葉に対する非佐木の回答は否であった。


「違いますよ、先輩」

「違う、というと?」

「俺が狙うのは、それよりももっと前段階的なもの……ダンジョンを攻略することで得ることができる、を使います」

「え、なにそれ……」


 これは一般的には知られていないことであるが、今もなお世界各地で増え続けるダンジョンの中には、長い間、何らかの理由で最深部に座するダンジョンボスを討伐できずにいるダンジョンが存在する。


 それらを指して未攻略ダンジョン呼び、日本政府は国内の未攻略ダンジョンの攻略情報について懸賞金を出しているのだ。


 白保間未若沙などのプロの冒険者の業務の中には、こう言った未攻略ダンジョンの攻略も含まれる。


「基本的に、攻略情報による懸賞金は、そのダンジョンに設定されている難易度が高いほどに高くなります」


 ダンジョンの難易度……誰が決めているのか、ダンジョンには定められた難易度が存在する。その規定に照らし合わせて、攻略情報の懸賞金は設定されている――


「もう一つ、未攻略の期間が長いほどに、懸賞金は高くなります。政府としても、早々に間引きの方法を確立し、ダンジョンを安全に管理したいですからね」


 こちらもあまり知られていない話だが、難易度の高いダンジョンほど、間引きを必要とするスパンが長い。一説によれば、難易度が高いほどにダンジョン内部の空間が広くなるため、ダンジョンを満たすほどのモンスターが蓄積する時間が長くなるからだと言われている。


 しかし、放っておけばいつかは暴走現象を引き起こし、周辺の町を蹂躙する大災害になりかねない。特に、『ダンジョンを満たすほどのモンスターが蓄積する時間が長くなる』ということは、暴走現象で出現するモンスターの数も当然多くなるということだから。


 AやS、或いはSSクラスのダンジョンが暴走現象を起こした時は、多くの冒険者のおかげで最小限の被害に抑えられたとはいえ、巷を騒がせた彩雲ダンジョンの暴走現象を超える被害が予想される。


「予想される金額は……実に五億! 俺が目標とする10億円の半分です」


 なるほど、確かにそれができれば10億という大金を手にするのも夢じゃない。しかし――


「なぜ、そんなにもの賞金を貰えると?」


 南向は、真っ当な疑問を出した。自分が知らない賞金の存在……それは、政府が公にしていないということであり、本当にもらえるのかが疑わしいものだ。


 ただ、非佐木は知っている――いや、非佐木だからこそ知っている情報が、確証がある。


「三億四千七百万円……これ、何の数字だと思います?」

「……とんでもない大金だけど、まさか――」


 今までの会話の流れから出て来た、大金と言って差し支えない数字に、勘のいい南向は気付く。


「――箱根ダンジョンを攻略した時に支払われた賞金、とは言わないよね?」

「厳密には……俺が一晩で手に入れた金です」


 そう言いながら、非佐木は一つの仮面を取り出した。それは、冒険者を、或いはダンジョン配信者を志したものなら、一度は目にしたことがあるであろう伝説の仮面――今もなお燦然と輝く、少年Xという一等星の象徴だった。


「やっぱり、君は……」

「北野原先輩。俺の正体は今の話には関係ありません。重要なのは、賞金については既に前例があるという事実です」

「そ、そうだな。悪い」


 南向の復帰から続く、想像を絶するような非佐木の計画に思考停止していた北野原であったが、以前から抱いていた非佐木の正体に対する答えを示されたことで、ようやく突き付けられた現実にも納得をし、停止した思考が回転し始めた。


「しかし、仮にそれが五億だとして、投げ銭で稼げる金額は多く見積もっても二億は超えない。投げ銭の最大値を手に入れたとしても、残る不足分の三億はどうやって手に入れるつもりなんだ?」


 ゆっくりと回り始めた頭で、北野原は現実的な計算をする。投げ銭自体は、そもそも非常に不安定な収入源だ。


 何しろ、配信に対して視聴者が感じた価値がそのまま反映されるからである。誰の評価も関与しない、支払う人間の価値観に左右される数字を、大きく見ることは難しい。


 それでも最大値を勘案した時に二億という大金を算出することができたのは、偏に彩雲プランテーションの話題性と、難易度SSクラスのダンジョンを攻略するという一大イベントが齎す熱狂の掛け算の爆発力が、凄まじいものであるからだ。


 特に、この場合、彩雲ダンジョンで起きた暴走現象がプラスに働くはずだ。


 なぜならば、あの場には暴走現象に立ち向かう彼女たちと、そんな彼女たちを守る少年Xが撮影されており、ネット上にて少年Xの復活という一つの祭りを起こしてしまっているから。


 少年Xの復活と時を同じくして、少年Xに守られていた少女たちが、かつての伝説を再現する――無論、ソロ攻略は不可能かもしれないけれど、SSクラスダンジョンの攻略は世界的に見ても両手で数えられるほどの偉業である。


 それ単体で大きなイベントとなりえるところに、少年Xを想起させるドラマが付いたとなれば、話題性はうなぎのぼり。


 二億とまではいかずとも、語られるドラマに財布のひもを緩くする視聴者も多くなることだろう。


 ただ、それでも足りない。攻略に際する報酬と投げ銭。それらを最大値で獲得しても得られるのはたった七億円。10億という言葉には届かない。


 ならば、どうするか――


「そこで登場するのが、企業という後ろ盾ですよ」

「なるほど。私たち配信者の最もオーソドックスな収入源だね」


 それが、ダンジョン配信者の収入源の三つ目。協賛企業からの案件である。


「既に俺たちはかのダンジョンサポートアイテムの最大手であるアドベントフロンティア社からの協賛を得ています。それに、前の撮影の影響か、いくつかの企業からアプローチが届いている……こういった伝手を使い、最難関たる難易度SSクラスでそれら会社の商品をPRすることで、そこから大金を得ることもできるはずです」

「つまり、さらに先も見据えている、と」

「そういうことになります」


 難易度SSクラスダンジョンの配信で稼げる最大値は、予想されるだけでも10億には届かない。しかし、そこから生まれる知名度を利用すれば、さらに一年をかけて達成することはできるはずだ。


 たった三億程度なら、非佐木に支払えない金ではない。少なくとも、10億という多額の借金を返済することは可能である。


「……最後に一つ」

「二回目の最後ですね」

「だって君がすごい面白そうなこと言うんだもん、仕方ないじゃん。ともかく、最後に気になることなんだけど……」


 最後、という言葉を一度反故にした手前信じることはできそうにないが、非佐木の計画を聞き、前向きに協力関係を考えた南向の目を見た非佐木は、本当に最後の質問なのだろうと悟った。


 だからこそ、少しだけ冗談を交えつつ聞く。


「できるんだよね?」

「もちろん。なんたって俺は、伝説だからな」


 嫉妬を交えつつも、余りにも大きすぎる計画を立てる非佐木に一種の憧れを交えた期待を抱く南向に対して、きざったらしく非佐木はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る