第80話 伝説の巣立ち


 突如として出現したユニークモンスター。


 出現の報告が上がるだけで話題となり、倒したともなれば掲示板の話題を掻っ攫う、激レアなモンスターを前にして番組スタッフたちは好機と捉えた。


 元々番組の予定では、ミルチャンネルの活躍を中心として組まれた番組だからこそ、ここで彼女たちが敗北するなんてあってはいけないのだ。


 無論、敗北することで上がる好感度だってある。とあるお笑いのグランプリでは、優勝者よりも準優勝者が売れる、そんな法則だってあるぐらいだ。


 だが、この番組はで組まれたもの。少なくとも、そうなる様に上の方からのお達しが届いているのだ。


 だからこそ、このまま白組が勝ち続ける展開なんてあってはいけない。


 だからこそ、ことの元凶である裏切り者――紅組の足を永遠と最悪の形で引っ張り続ける少女に、警告をしに行ったこともあった。


 しかし、彼女にその警告は通じない。どれだけの汚名醜聞を背負おうとも、絶対に止まらない。止まることを知らないと、気づいていしまったから。


 だからこそ、スタッフたちは別の視点で考えた。


 達成すれば逆転不可能な特典が獲得できるミッションを用意する。しかしそれは、並の難易度ではいけない。


 その二つの条件に合致するように、余りにも運命的な登場をしたのが、空を覆うように海上から飛び跳ねた、東京湾ダンジョンに浮かぶ島一つは在ろうかという巨体を誇るクジラである。


 ユニークモンスターはそのダンジョンに出現するダンジョンボスを含めたモンスターを上回る強さを持つ。


 ピンキリあれど、最低値だろうと確実に強力なモンスターだ。


 しかも、めったに現れることのないという話題性だってある。番組の告知を飾るには十分すぎるだろう。


 そして最後に、ミルチャンネル率いる紅組がユニークモンスターを倒すことで、裏切り者の思惑潰れ、最高の逆転劇を迎える――


「無理だな」


 スタッフたちのそんな思惑を見抜いた上で、仮面を被った死神はそう言った。


「いやいやいや、死神よぉ、そんな簡単に無理って言ってやんなって」

「まあ、そうだな……まだ30分も時間はある。可能性はゼロじゃない。ただ、30分も殴り続けてびくともしない相手を、あと30分で倒しきることができるとは思えないけどな」

「あっはっはっは! そりゃそうだ! どう見繕っても、時間が足りねぇ! いやはや、救いの手かとも思ったが、最悪なもんが現れちまったなおい!」


 死神の横に立つのは、他でもない彩雲プランテーションが一人、ショーコこと白保間未若沙である。


 随分と愉快そうな笑い声をあげる彼女は、絶賛紅組の勝利への思惑を潰して回っている張本人である。


 討伐ポイントを紅組が稼ごうとすれば、高いAGIを誇る〈猛火脚士〉を使いモンスターたちを誘導し、適度に弱らせたところで偶然を装って白組に嗾ける。


 落ちこぼれの自分をカメラが追わないと知っているからこそできる、バレバレの利敵行為。


 そしてシンボルミッションが発生すれば、その高いAGIを活かして参加権をもぎ取り、足を引っ張って白組の上位入賞を――否、紅組を下位へと引きずり込む。次第に紅組からはショーコを参加させてはいけないという雰囲気を感じ始めるが、弱気な瞳で彼女が「リベンジしたいんです」と奮起すれば、一発だ。


 そうしてこうして出来上がったのが、紅組の負けムード。点差は開き、決して縮むことはない――


「そこで助けの女神の登場だ」


 そして、予想外が起きつつも、事態はすべて彼女の都合のいいように回っている。


 いや、違うな。


 この表現は全く違う。彼女の都合のいいように回っているわけじゃない。


 彼女が都合のいいように回したのだ。紅組が負けようと、思わぬ幸運によって紅組が勝利しようと、彼女が望んだ展開になる。そのように動いた。そうなる様に策を巡らせた。


 こんなままごとみたいな番組を、上から笑って塗りつぶしたのだ。


 自分好みの色に――


「女神の登場って言って、何をするつもりなんだ?」

「簡単さ。提供してやるのさ、あれを倒す方法を」

「へぇ……生憎と、あのユニークモンスターは馬鹿でもわかるVIT、DEF特化型だ。ショーコの、いやならできるとは思うが――お前がこの番組で使った二つのジョブじゃ不可能だと思うが?」

「おいおい死神! お前本気で言ってるのかよ! ジョブやスキルに関しちゃあーしよりも物知りなお前が、不可能だって! 笑い話にもならねぇや!」


 そう言いながらゲラゲラと笑う彼女は、笑い疲れたところで、改めて海岸線にて、必死こいて戦う紅白両陣営を見た。


「食いつくよ、あいつらは。例えあーしの実力を信用していなかろうと、紅組の多数派はミルチャンネルだからな――信じるしかないだろうよ。少なくとも、あの女はそういうタイプのクズだ」

「じゃあお前は、そんな人間を利用するクズってことになるな」

「何を言う死神。人間なんて、どいつもこいつもクズばっかりだ。お前だってそうだろう? きっと何か、重大なことを隠してるくせに、その事実を話さないクズだ」

「……」


 図星だ。

 死神は隠している。


 を、ともすれば世界の根幹にかかわるような真実であるのだが――それを、彼はトラウマの影で塗りつぶしているのだ。


「賭けようぜ、死神」

「何をだ?」

「さっき言っただろ? この戦い、あいつらがあーしの話に乗らなきゃ、紅組は勝てない。だからこうしよう。紅組が勝ったら、お前が隠している秘密を洗いざらい吐いてもらう」

「……わかったよ。勝てたらな」

「言質は取ったぜ」


 勝利を、紅組じゃない、自分ただ一人の勝利をもっと喜ばしいものとするために、ショーコは死神に囁いた。


 その提案に、仮面の下にどのような表情を浮かべているかわからない死神が対応する。いいだろう、と。


 その言葉を聞いて気分を良くしたショーコは、その場から立ち上がった。


「見てろよ死神。最高に笑えるフィナーレってやつを見せてやるよ」

「期待せずに見とく」


 そうして少女は死神に背を向けて、戦場へと歩いて行った。


 ともすればそれは、ひなの巣立ちでもあるようで、薄暗いからに閉じこもっていた子供が、晴れやかな舞台に上がる姿のようにも見えた。


 だからこそ、死神は言う。


「やっぱり、やればできるじゃねぇか」


 殻を破った友人を見送って、彼は闇の中に姿を消した。


 順調に、計画が進んでいることを予感しながら。

 

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