第79話 伝説の足手まとい


 私――南向麦の人生は、順風満帆と言って差し支えないのものだった。


 もちろん、未だ学生生活の後半戦の真っただ中で、それを振り返って人生のすべてとするには若すぎる気がするけれど、それでも私は、私の人生を順風満帆になる様に努力し続けていた。


 だって楽しいから。


 私が生まれた家は、裕福と言って差し支えない家だった。


 上流階級、とまではいかないけど、中流階級の中でも上の方だったと思う。少なくとも、欲しいものは好きなように買ってもらえたし、誕生日パーティーだって好きなだけ豪勢にふるまうことができた。


 いわば、私は選ばれた人間だったんだ。


 好きなモノを買えるのは、私が選ばれた人間だから。


 誕生日パーティーに何十人と人を呼べるのは、私が選ばれた人間だから。


 勉強もスポーツも、交友関係も近所付き合いもSNSも芸術もなにもかも、私は選ばれた人間だから上に立てた。


 望まれるべくして、望まれる。


 そんな私が、私は大好きだった。


 そんな私が、大きな注目が集まるダンジョン配信界隈に参入するのは自然な流れだったと思う。


 テレビに出ることも考えたけれど、拘束時間にメリットが釣り合っていないと感じたからやめた。


 少なくとも私が求めるのは、私の周りに愛される私だから。その周りというのが、活動を続けるうちに広がっていくとも知らずに。


 親友の月菜と始めた配信活動。もちろん可愛い私がバズって有名になるのは当然のことで、数字は簡単についてきた。


 次第に気づいていったんだ。私はすごいって。愛されてるって。


 って。


「……ミミ」

「なに、ルナ」


 愛されるためには何でもしてきた。


 私が認識する私の周りの人間が増えていくたびに、手放すまいと――もっと愛されるんだと、手を尽くした。


 なんでも、どんなことも。


 たとえそれで他人の人生が崩れたとしても、関係ない。だって、貴方と私とじゃ、愛してくれる人間の数が違うのだから。


 だから、応えなきゃいけないんだ。


 活躍を。愛された分だけ、活躍しなくちゃいけないんだ。


 そのためならなんだってやる。可哀そうな人間を仕立て上げて、それを救い上げるという美談だって捏造する。


 それが私。私が、愛されるためにやった、愛すべき行為だ。


「ミミ!」

「だから何だって言うのよルナ!!」


 ああ、そのためには――美談を作るためには、多少の負けは仕方がない。最後の最後で、華々しい勝利を飾ることができれば、愛されたものが勝つというエンディングを迎えることができれば、その道筋はすべて美談として語ることができるから。


 でも、でも――


「まずいよ、これ」


 親友のルナは言う。その後ろで、キタの奴も心配そうな表情をして私の方を見ている。


 だから私は見た。改めて、ルナが出したスマートフォンの画面を見て、声を荒げた。


「どうして!!」


〈途中経過〉

・紅組522点

・白組549点

(注.残り時間一時間で非表示になります!)


 夜の時間、白組が何やらこそこそと得点を稼いでいたことには気づいていた。だけど、あのスピードじゃあ開いたとしても20点差は超えない。とすれば、二日目のミッションで取り返すことができるはず――


 ――はずだった。


 現在時刻11時57分。


 早朝から動き出した私たちは、レースもシンボルも関係なく、手当たり次第に得点を稼いだ。


 上位入賞は当たり前。一位を取って、差をつける。


 なのに、どうして差が埋まらない! どうして差が開いてく! なにが、なにが起きてる――


「はめられたね、ミミ」

「……何が言いたいの、ルナ」


 ミルチャンネルは私の駒だ。だけど、親友のルナだけは違う。最初に一緒に活動を始めた友達。彼女だけは、私に言葉を向けてくれる。


 そんな彼女が言ったのだ。はめられた、と。


「ミミはいつものように、美談を作るために一人を徹底的に貶める作戦に出た。確かに、落ちこぼれの後輩を助けるのは、ストーリー的に王道だけど受けはいい。王道だからこそ受けがいい。貶められた人間は、自分の汚名に心を砕かれて何もできなくなるし、その子の代わりにミミが、私たちが頑張れば頑張るほどに、勝利の価値が増す――それが裏目に出たんだ」

「裏目に出たって……どういうことだって聞いてるでしょ!」


 私はルナの胸倉につかみかかる。いくらカメラの前ではないとはいえ――わざわざカメラのない所を選んでいるとはいえ、ここまで取り乱した私を見るのは初めてなのか、後ろにいるキタがぎょっとした様子で慌てている。


 でも、そんなこと関係ない。


 だって、このままじゃあ――私は愛されなくなってしまうから。


 愛に応えられない私なんて、きっと誰も愛してくれなくなってしまうから――


「ミミは彼女から――ショーコから何を奪った?」

「何を言って――……え?」

「気づいた? 気づいたよね? ミミはショーコを貶めた。それこそ、完膚なきまでに、ボロボロに、メッタメタに、ズッタズタに、彼女が何にもできないどうしようもない落ちこぼれというレッテルを、貴方は演出した。少なくとも、普通だったらもう、表向きではそうでなくても、もう配信者としても、アイドルとしても活動できないような、精神的に来るような方法で貶めた。その結果がこれ」


 そう言いながら、ルナは紅組と白組の得点差が刻まれたスマホに目を落とした。


「彼女は汚名を被るつもり……いや、汚名を汚名のまま背負って、ミミがテレビ局とグルになって画策した計画を潰すつもりだと思う」

「ま、待ってくれルナ! ミミがテレビ局とグルになったって……どういう話だ!」

「キタは黙ってて! ……つまり、それは……」

「ショーコが失うモノなんて、もう何もない。ミミが被せた汚名をそのままに、彼女はその泥の中まで私たちを沈めようとしてる」


 それはつまり、あの女は紅組を負かすつもりってこと? ……いや、そうか。そうだ。


 このサバイバルは、勝つことよりも負けることの方がずっと簡単だ。だって、ミッションの半分を占めるシンボルミッションは、基本的にチーム戦。バレーボールや水泳のような、チーム内での協力するものが大半を占めている。


 だってそうした方が、誰かを貶める時に簡単だったから――だから、あのショーコってやつはそれを逆に利用した。


 同じシンボルミッションに参加する紅組の足を引っ張る。絶対に勝てない様に、落ちこぼれらしく、役立たずらしく、シンボルミッションで紅組が勝てない様に動くだけで、一気に天秤は白組に傾く。傾いてしまう。


 少なくとも、それができるほどの移動能力を、彼女は昨日のミッションで見せていた。


 自分が足を引っ張る役回りなら、最後の最後までその役に徹しようって魂胆? 自分たちの活躍の場すらなくして? 落ちこぼれの役立たずなんて汚名を被ってまで?


 なんでそんな、嫌われるようなことができるの――


「ミミは勘違いしてる」

「……どういうこと」

「彼女は受動的な人間じゃない。何回か話したからこそわかる。あれは……あれは、もっと利己的な人間。ミミとも僕とも違う、根源からして誰かのために生きるような人間じゃない」

「だから、それはどういうことなの!」


 意味が分からない。理解できない。


 そんな人間居るはずがない。誰かに愛されずに生きていける人間なんているはずがない。多くに嫌われて生きていける人間なんているはずがない。


「あの目は、最後に自分が笑っていられればいい。そんな人間だけが見せる目だった」

「そんな人間、いるはずが――――!!!」


 BOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!


「……は?」


 ともすれば島中に響き渡りそうなほどに荒げられた私の声を遮る様に、それは高らかに声を上げた。


 響き渡った声につられて見上げた私たちの前に現れたのは、空に浮かぶ太陽の光を、疎ましく照り付ける光を遮る巨大すぎる影。


 それは間違いなく、東京湾ダンジョンを囲む海から現れたもの。


 空を飛ぶその姿は、何時かのテレビで見たことがある。たしか、自然動物の姿を映すだけのテレビだったけど、そのあまりの雄大な姿に、私は目を奪われた。


 巨大なその体で、どういうわけか海面に浮かび上がり、あまつさえ跳躍するように空を目指して飛び上がるその姿は――


「……クジラ?」


 太陽を隠したその姿は、間違いなくクジラのものだった。


 クジラ。クジラ――マーマンが主流のこのダンジョンに置いて、あのような――それこそ、島ほどの大きさがあるクジラがいるわけがない。


 あれは間違いなく――ユニークモンスター。


 そう私が思った時、12時の通知が鳴り響いた時、サバイバル企画の残り時間が一時間を切ったその時、その通知はクジラの鳴き声のように、高らかな着信音と共に私たちのスマホに届いた。


『ミッション発生!』

『突如出現したユニークモンスターを討伐せよ!』

『報酬は150点!』

『逆転の機会を逃すな!』


 その通知は、足手まといを――ともすれば裏切り者を抱えた私たちに訪れた、最後の逆転のピースだった。


「……誰だ?」


 その時私は、余りにも変化する状況に追われていたせいで、キタが見た誰か、に気づくことができなかった。


 白い、誰かに。

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