第78話 伝説の(笑)
「わ、私も一緒にダンジョンに行きたいから、入れてくれないかな!」
懐かしい記憶というもんは、いつだって無遠慮に蘇ってくるもので、その一連の記憶はあーしの脳にこびりついて落とすことのできないものとなっていた。
「いいよいいよ。私たちもダンジョンに行ったことないからさ、人が多い方が安心できるからね」
「いいの? ありがとう!」
特にそれは、中学生の時のその記憶だけは、今後二度と忘れることはできないだろう。
彩雲東中学校の中学生をしていた時の話だ。
あーしは小学校の時に出会った憧れに近づくために、ダンジョンに潜ろうとした。とはいえ、普通は中学生に上がるまでダンジョンに入ることはできず、また中学生は複数人でチームを組まなければ入場することができない決まりになっているため、あーしは中学に上がった春に、ダンジョンの話をしていた女子グループに入れてもらって、ダンジョンデビューを果たしたのだ。
私は普通でしかないのに、本来だったらダンジョンに入場できないはずの小学生の時期からダンジョンに行っていた死神に追い付こうとしたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。
いや、今となっては詮無い話か。
ともかく、あーしはダンジョンに潜り――そして、不登校になった。
ダンジョンにこもりすぎたとか、夢中になったとかそういうわけじゃなくて、単純に……そう、単純に言えば、いじめられたからだ。
いじめ。まあ、ダンジョンの仕組みを知っていて、ちょっと賢い人間ならばだれにでも思いつくことだが……あそこは、いじめるには都合がいい。
ダンジョンは入り口となる場所が一つしかなく、そのためどんなダンジョンだろうと非常時のための見張り代わりの受付が一人、入り口で入場者を確認しているだけだ。
だから、集団で入ってしまえばダンジョンの中まで監視の目は届かない。大人の眼も存在しない。学校以上に、いじめるには最適かもしれない。
まあ、それでも流行っていないのは、学校の方が手軽にいじめることができるからなのかもしれないし、ダンジョンではモンスターがいるから、いちいち邪魔が入るのが気に入らない人もいるのだろう。
それでも、ないわけじゃないし、あーしのいじめはダンジョンで行われた。
もちろん、剣で切ったり魔法で焙られたりなんてことは、ダンジョン、そして冒険者の仕組み上できなかったわけだが……だから、あーしは置いて行かれた。
ダンジョンで、目隠しをされて、何も見えない中、いつモンスターに襲われるかもわからない恐怖の中で、ダンジョンのどことも知れない場所にあーしは置いて行かれた。
それが、あーしに行われたいじめだった。
なんでそんなことが始まったのかなんてわからないし、どうして学校ではなくダンジョンで行われたのかも理解できない。
なんて、学生時代のころは思っていたのかもしれないけど、今となってはなんとなく理由がわかる。
必死過ぎたんだろう。死神に追い付こうと。不幸なことに、いや不幸でも何でもなく、あーしが入ったチームはどこにでもいる趣味でダンジョンに入るチームだった。
ただ、あーしが求めていたのは……どんなダンジョンでも、どんな困難にも立ち向かう強い冒険者たち。それが、私が憧れた死神そのものだった。
だから、その憧れに追い付こうとして――私は、あの子たちに強くあることを強要した。
「な、なんであそこで諦めたの! カナちゃんが前に出てたら、あのモンスターも倒せてたじゃん!」
「……ごめん」
「ごめんって、ごめんじゃなくて次はそうするって言ってよ! そうじゃなきゃ、こんなダンジョン攻略できないよ!」
「……」
こんなダンジョン。確か、彩雲ダンジョンではなく、横浜ダンジョンだったはず。そして彼女たちは、横浜ダンジョンを攻略するためではなく、みんなで一緒に何かをして楽しむために、横浜ダンジョンという舞台を選んだだけに過ぎなかった。
まあ、つまり、何を言いたいかと言えば――
「そんなに前に進みたいなら、一人で進めばいいんじゃないの!」
と、猿にでもわかる反発を受けたわけで。
そうして、私は一人になった。いや、一人になっただけでは済まなかった。ダンジョンを進むことを強要された恨みからか、かつてのチームメイトは、ダンジョンという舞台であーしを苦しめることを、次の遊びとして始めたんだ。
そんでもって、それは次第に過激になってった。ハハッ、まじでよ。ダンジョンの中だからって、下着に剝かれてモンスターに襲われる映像を放送で流されたのは傑作だったな。
あれを見て、あれを見させられて、あれを見ている人間たちを見させられて、あーしは学校に行かなくなったんだったか。
ああ、でも。
そのおかげで、改めて死神と再会したんだったな。
「……ダンジョンを、胸糞悪いことに使う人間がいるんだな」
学校に行かなくなったあーしの家に、あいつが来た時に一番最初に発した言葉だ。大方、軍曹にでも頼まれたのだろう。
「最初に仕掛けたのはあーしだ」
「あーし? ……ああ、私がなまったのか。舌ったらずってキャラでもなかったと思うんだけど?」
「面倒くさいんだよ。やる気もない奴のために、言葉を綴るのは」
「じゃあなんで俺には喋ってくれるんだよ。俺だって、お前の言うやる気のない人間だ。少なくとも、知っていて動こうとしない人間だ」
「でも、あんたは……」
「違わない」
死神はあーしにとって憧れの存在だった。それに追い付こうとして必死になって、あーしが足元を掬われた――いや、失敗したのが、あーしが不登校になった原因だ。
だから、死神には何の責任もない。むしろ、死神に迷惑をかけてしまったのではないかと心配してしまうほど。
だから、失敗したあーしは、死神に迷惑をかけない様に――また、同じ失敗を繰り返さない様に、部屋に閉じこもった。
でも、そいつは扉をこじ開けてきてこう言ったんだ。
「別に一人でもいいだろ。お前にはそれができるコネがあるんだからよ。俺だって、一人でやって来たんだから」
その言葉はぶっきらぼうが過ぎる気がしたけど、彼なりの賛辞なのだと思った。
きっと、あーしが死神に憧れていたことは、軍曹のせいで筒抜けになっている。
でも、だからっていじめのせいで傷心気味の女の子に、そんな言葉はないんじゃねぇのか?
「お前、そのギラついた目をして女の“子”って冗談だろ? 俺は知ってるぞ。その目は……諦めてない目だ。どん底に落ちて初めて火が付いた、不撓不屈の眼だ」
◆◇
「おい、死神」
「……やっと来たか」
サバイバル開始二日目。朝9時27分。失望されたあーしが一人動いていたところで、紅組の誰も気にしない――いや、ケシ子の奴だけは気にしてたな。
ほんと、優しい奴だなあいつ。
まあ、そんなもんいいや。
「やっと来たって、お前。こうなること見越してたのかよ」
「いや、こうならないと良いな~……ってな。ま、お前があいつらに気を使ってる内は、こうなるだろうって思ってた」
「最悪だ。三つ子の魂百までってのもあながち間違いじゃねぇんだな」
「そうだな。人ってのはどうしても繰り返しちまうもんだ。だから……」
海辺の岩場の向こうを見ながら、死神の奴が言葉を濁した。その言葉の真相を、――深層を、あーしは知らない。というか、こいつのことだから誰にも教えてねぇーんじゃねぇーかな。
意外と過去のこと引っ張るんだよなー、こいつ。あーしとは大違いだ。
「ともかく、だ。死神」
「……なんだ?」
「やっぱりあーしは、思ったより団体行動が苦手なようだ。弱い奴に合わせるなんて虫唾が走る」
「それ、二番目ぐらいにやられる悪役のセリフだと思うんだけど?」
「ネット上じゃ疎まれてなんぼの笑い刑部でやってんだぜ、死神。そんな小悪党こそが、あーしの本業よ」
「だな」
苦笑いを浮かべながら、死神は私の言葉に同意した。ああ、そうだ。
あーしにとって、過去は過去。
憧れも、恐怖も、いじめも、暗闇も――汚名も、気にするべき今ではない。
むしろ逆だ。それこそがあーしの本懐だ。汚名を被りながら、ゲラゲラと猛り笑うアウトロー。決して、誰かに合わせてせせこましい金を稼ぐような奴じゃない。
「壊すぞ、死神」
「構わねぇよ。炎上も一つの商法だ。問題はタイミングだが……ま、お前のメンタルなら大丈夫だろ」
「タイミング? ハッ! お前の売り方で何となく察しがついてるが、今年度いっぱい続けばいい火種だろ! なら盛大に燃やしてやるよ、あんなせせっこましい奴らとは格の違いを見せつけてやらぁ!」
そうだよ、思い返せばいろんなことがおかしかったんだ。
ケシ子もレオクラウドも、どっちのスキル構成も明らかにソロ仕様。誰が欠けてもいいように、一人でも戦えるようにしているのかと思ったが――とんだ勘違いだった。
おそらくあいつは、蟲毒の壺を作ろうとしてる。個性がいがみ合い、しかしてエンターテインメントとする蟲毒の壺を。
あーしたち彩雲プランテーションはチームじゃねぇ。ライバルだ。ミルチャンネルみたいな、メンバーと共闘して他のライバルどもを引きずり落とすような、仲良しこよしの関係じゃねぇんだよ――
だから壊してやる。
この高校生の青春を切り取ったみてぇな甘っちょろい企画を、最高に笑えるエンターテインメントで塗りつぶしてやる。
チームを勝たせるために、彩雲プランテーションのために動くのはもうやめだ。
あーしはあーしのために動く。
きっとそれが、死神の描いた絵図だから――
「笑い殺してやるよ、ミミ」
テレビじゃ魅せられねぇような、本場の冒険者を見せてやる。
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