第77話 伝説の生贄
「
夜の暗闇の中で、あーしは炎を点す。この炎には二つの意味がある。
一つは、何も見えない暗闇を照らすため。もう一つは、あーしの居場所を教えるためのもの。
テントが陣取るキャンプ地から離れた場所で、あーしはあーしの居場所を伝えるための炎を上げた。
この東京湾ダンジョンのメインモンスター『マーマン』は、人型のモンスター。周辺認識は視覚に依存しており、人型らしく人間の範疇の索敵能力しか持ち合わせていない。
つまり、暗闇の中では大人しくなり、しかして明かりを見つければダンジョンのモンスターらしくこちらに襲い掛かてくるというわけだ。
「来やがったな……!!」
近くに撮影用のドローンが動いているのに気づいてはいるのだが、やはり一人は楽だ。
これがメインジョブならば、と思ってしまうが、それでも何も気にせずに、気遣わずに、気取られずに、自由気ままに本性を曝すことができるのだから――
私の本性を、あーしは嫌いだから。大っ嫌いだから。
それでも、その姿を撮影するというのならば撮影すればいい。彩雲プランテーションの益となるのならばそれでいい。これも一種の荒療治だと、そう考えれば、それでいい。
「〈制作:藁人形〉!!」
あーしの炎につられて現れたマーマンは7体。そのうち、上位種――2ポイントの獲物は1体しかいない。全員を倒しても8ポイント。ただ、すぐさま倒して次を狩りに行けば、更なる追加ポイントを狙える。
だからこそ、狙うは先手。それも、それだけで勝負を決めるような、速攻だ。
「“恐れ多くも奉り給う”」
クラス3ジョブ〈贄士〉の特筆すべき点は、弱体化付与の簡略化にある。相手を模した藁人形を介した攻撃は、直接的なダメージを与えられずとも『痛み』というデバフとしてモンスターたちに苦しみを与えるのだ。
ただし、それは〈贄魔法〉を介さなかった場合の話。焔に彩られた藁人形たちに与える魔法。それこそが、〈贄士〉の本領。
あーしが、死神から話を聞いて選んだ、多対一を得意とするまだあーしが育てていなかった最悪のジョブ。
それが〈贄士〉なんだ。
さて、問題だ。〈贄士〉の贄とは何なのか。決まっている、決まりすぎている。
「〈贄魔法〉おいでなさいな〈
贄とは捧げものである。
贄とは貢物である。
あーしが今まで使っていた〈贄士〉は、実力の半分も出せていない。だって、そうしなければケシ子たちを活躍させられないから――ともすれば、巻き込んでしまうかもしれないから。
だが、ここならば安心だ。周囲に居るのは敵だけ。何も構うことはない。
発揮するんだ。〈贄士〉の本領を。
モンスターを召喚するという、特殊過ぎるジョブの真価を。
――UGAAAAAAAAAAAAAA!!!
魔法使い系統火魔法使い特殊派生クラス3ジョブ〈贄士〉
あーしのメインジョブほどではないが、それでも尖った能力を持ったこのジョブの本領が今、発揮され――
「……あ?」
おい、まて。どういうこだ。
なんで、ケシ子たちがここにいるんだよ!!
「いや、まて、もしかして、そんな、馬鹿なことが……」
巡る思考が異常事態に警鐘を鳴らす。予想外の何かが起きていることだけは間違いなく、しかしてそれをあーしは予想することができない。
いや、予想もしたくない。
そんなことがあってたまるかと。そこまでするか、という思考で溢れてくるから。
まさか、この作戦を――夜の間に討伐ポイントを稼ぐという話を、なかったことにしやがったのか……?
普通ならあり得ない。間違いなく、見張り中のあーしたちの話し合いはカメラに収められていた。しかし、その話し合いそのものをなかったことにした? それはつまり、この夜のポイント稼ぎそのものが、あーしの独断専行ってことになっちまうじゃねぇか。
「ショーコちゃん!」
あーしを呼ぶケシ子の声が聞こえてくるが、それどころじゃない。その後ろには、迷惑そうな顔を浮かべた紅組の面々も居るし、それに――
「迷惑を掛けちゃだめだと思うんだよねー」
私だけが見える位置で、場違いな笑みを浮かべて笑うミミが、僅かな炎に照らされた暗闇の中でそう言っていた。
これはつまり、それはつまり、奴にはあーしがこの行動に出ることがわかっていて、話を了承したということか?
ルナさんには、厳密にあーしが提案することがなんであるかを伝えていなかった。だというのに、あーしがこそこそと動いていたのを見て、予想して、そして利用してた?
すべては、あーしを貶めるために?
なぜ、そんなことをするのか……いや、決まってる。
そんなもの決まってる。
『足を引っ張る味方がいても、私たちは負けない』
そういう筋書きが欲しかった。そういう、展開が欲しかった。
一人が悪目立ちすれば、相対的に応援される人間が出てくる。そしてそれは、その悪目立ちの尻拭いをする人間だ。
したがって、あーしのミスの尻拭いをするミミたちに対して、同情的な好感が集められる。
だとしても、そうだとしても、ここまでやるかよ普通……。
ああ、でも。気づくのが遅すぎた。
ここであーしが何を言ったとしても、もう手遅れ。少なくとも、紅組にとっては、そして撮影人にとっては、あーしは独断専行で危険な夜の狩りに出ていった大馬鹿者でしかなく、そしてミミはそんなバカも救おうとした心優しき人間なのだ。
少なくとも、寝ていたところを叩き起こされた紅組の面々には、そうとしか映らない。無理矢理起こされたのは、あーしが無理をして夜の狩りに出たせいだと、そう考えるしかないから。
そうなる様に、今まで信頼を重ねてきたのだから。
だから、だから――
「無理して頑張らなくていいんだよ、ショーコちゃん」
既に周辺のマーマンは駆逐されていた。おそらく、ミルチャンネルの誰かがやったのだろう。そしてあーしの〈贄魔法〉も、あーしが気を取られた影響もあって不発に終わってしまっている。
「ここまで道化を演じてくれてありがとね。本当に、ありがとう」
最後の最後。暗闇の中、駆け寄って来たミミがそう言った。
「あなたのおかげで、私たちのファンはもっと増える」
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