第76話 伝説のささやき


「ひ、ひとつ、提案したいんですが」


 暗闇の中、三回目となるローテーションの結果集まったミミとルナさんを前にして、あーしは一つの提案をした。


「夜の間に、モンスターを狩らせていただけませんか?」

「んー? それはどうして?」


 提案に対して、ミミは小首をかしげる。


「現実的ではない、です」

「だね。こーんな真っ暗な中で、どうやってモンスターを見つけるのさ」


 東京湾ダンジョンのギミックにあげられる時間推移では、夜の時間帯は月も出ない真っ暗闇が訪れる。


 さらに言えば、ここは電気製品も何もない島。夜の暗さは想像を絶するものだ。


「……ですね。忘れてください」


 だからあーしはすぐに提案を引っ込めた。


 やはり、夜の間にポイントを稼ぐのは難しい。それに、テレビとしてはカメラを回すのは明るい時間帯が望ましい。


 ……やはり、夜の間に名誉挽回を狙うのはやめた方がいい――なんてな。


「ミミ」

「なに、ルナ?」

「現実的ではない、です。だけど、案としては認めるべき、です」

「ふーん?」


 ここであーしの話は終わらない。


「現在、紅組312点、白組303点。思ったよりも点差が開いてない。それに――」

「白組の点数が動いている、ですよね、ルナさん」

「うん、そゆこと」


 テントの設営が完了したのは午後7時半。その後、一番目の見張り以外が寝入った時のの点数差は27点――紅組307点、白組280点だったはずだ。


 紅組の点数の推移は、テントに近づいたモンスターを討伐することで得たものだと推測しても、27点差から9点差までの差を詰めた白組の加速を説明することはできない。


 考えられるとすれば――


「つまり、白組が夜の間に得点を稼いでるってこと?」

「そゆこと。だから、私たちも抵抗しないと逆転される……かも」

「ふーん……」


 これは作戦、というか取引だ。


 テントの設営時、あーしはルナさんにコンタクトを取った。その際に、一つの確認と提案をした。


『ルナさん。一つ確認を取りたいんですけど』

『なに?』

『この勝負、負けるつもりはありませんよね』

『あたりまえ、です。負けるつもりなら、私たちはここに居ない、ですから』


 負けるつもりはない。バラエティーとして、勝ち負けは二の次。誰かを楽しませるのがアイドルというモノだ。ただ、ミルチャンネルの奴らの眼は、そんな生易しいものじゃない。


 飢えた獣のような、そんな目をしている。


 そんな奴らが、負けを選ぶわけがない。


『そ、それじゃあひとつ提案なんですけど』

『なに?』

『あーしたちって、三番目の見張りでしたよね? そこでもし、白組と紅組の点差が一桁に迫っていたら……あーしの提案を援護してください』

『そんな状況に……いや、するんだね。わかった、いいよ。少なくとも、そんな状況になったとなれば、何もしないわけにもいかないしね……です』

『ありがとうございます』


 実を言えば、これは取引ではない。提案というよりも、此方もまた確認と行った方が正しい。


 どんな状況であれ、逆転を許すつもりなどないですよね? というあーしからの確認だ。


 なぜならば、既に仕込みは完了しているから。


『ねぇ、ショーコ』

『な、なんでしょう?』

『会った時と違って、堂々としてる。何かあった?』

『……覚悟を決めただけです』

『覚悟……そう。わかった。でも警告はした。です』

『わかってますよ』


 白組は夜間のモンスター討伐を決行する。なぜならば、あーしが裏でこそこそとそうなる様に煽ったからだ。


 〈制作:藁人形〉の効果は、対象と藁人形の状態の同化。本来であれば、この藁人形を燃やすなり攻撃するなりで対象を攻撃するものだが、もちろんこれを経由して人間を攻撃することはできない。


 攻撃できないけれど、攻撃以外の方法で小細工をすることはできる。


 例えば、藁人形の耳に対して囁きかければ――


『やっぱり得点を引き離すなら夜だね。ミミさんの言ってた通りだ』


 こうして、声を伝えることができる。

 これはあまり知られていない、というか人間に対して魔法や攻撃ができないルールに縛られて気づくことができない仕様だ。


 そして、あーしはこれを使って白組のメンバーたちに囁いた。紅組が夜の時間を使って、モンスターを討伐しポイントを引き離すと。


 もちろん、直接的な言及はしない。しかし、ミミを手動として紅組が夜に向けて動いている、と白組に思わせることができれば成功だ。


 幸いにも、シンボルミッションという白組と接触することができる機会は多かったからな。


 そして、紅組の作戦を知っていれば、自然と白組たちはこう思うだろう。「引き離されないためにも、俺たちも夜の狩りをしよう」と。


 そうなれば、元より動くつもりのなかった紅組たちはテントに襲い掛かってくる微々たるポイントしか稼ぐことができず、大きく差を詰められる。


 それは、三番目の見張りとなるあーしたちのタイミングでわかりやすい結果となって伝えられることになるだろう。


 そして、もしミミがあーしの思い描く負けず嫌いであるのならば――夜に狩りをするというリスクある行動をとらざるをえなくなる。


「もちろん、テントからは余り離れません。見張りの役目もしなければなりませんからね。でも、あーしの火属性魔法なら目立つから、周囲のモンスターを集めることが簡単でしょう。ともすれば、テントから注意を逸らせるかもしれない……大きく白組とポイントを離すチャンスです」

「……わかった。でも、私はここで見張りをするよ。もし行くなら、ショーコちゃん一人で行ってね」


 よし!


「もちろん、提案したのはあーしですから」


 夜間のカメラマンの視線があーしの方に向いているのがわかる。ここでモンスターを大量に討伐することができれば……昼間の汚名を返上することだって簡単だ。



 

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