第75話 伝説のローテーション


 あーしは……私は――白保間未若沙は、努力の方向性を間違える天才だ。


 やれと言われた以上のことをやり、良かれと思って余計なことをする。これは私の天性の性分であると言いたいところだが……一つだけ。私がこうなってしまった理由がある。言い訳がある。


 九年前。まだ小学生だった私が見てしまった、出会ってしまった男の子。圧倒的な力を持ち、しかし不安定で無気力な精神を持つ彼を見て、私は『幸福な王子』を思い出した。


 自らを削り、誰かの幸福のために死んでいく王子様。


 同じ学校にいる、親の仕事相手として、私はそんな彼のことを見ていた。


「ねぇねぇ非佐木君。私が君みたいに強くなるためにはどうしたらいいの?」


 身近、というほど私と彼は仲良くなかったけれど、それでも大人と比べれば狭い過ぎる小学生のコミュニティを考えれば、一方的に知っているだけであっても、身近ということはできる。


 それに、彼は手の届かない存在ではない。その実力と功績はまったくもって手の届くものではないけれど、こうして学校の休み時間に話しかけに行くことはできる。


 窓際の席で、ノートを開いて本を読んでいる。誰かと関わろうともせずに、一人静かに過ごしている。小学生らしくない小学生。ともすれば誰ともかかわることのできないコミュニケーション弱者とも、陰キャとも言われかねない姿だけれど、私はそんな姿に憧れた。


 憧れて、近づこうとした。


「強く? 勘違いしてほしくないんだけど、確かに僕は強いかもしれないけれど、最強ってわけでもなければ無敵ってもわけでもない。そんな僕の言葉でいいのなら、僕の言葉がいいのなら、ただひたすらに努力するべきなんじゃないかなと、僕は思っているよ」


 別に初めて話しかけたわけじゃないけれど、話しかけるたびに普通に答えてくれることに驚いてしまう。別に彼は異星人ではないのだけれど、それでも住む世界が違う彼がこうして普通に会話してくれるのが、なんだかおかしくて。


「努力……」

「文字にしてみれば簡単だけれど、要する必要もないことだけれど、それでも僕の強さに理由を付けるとしたら、とある一つのスキルと、恵まれ過ぎた幸運を除けばそれだけだと思ってる」



 頑張る。ただひたすらに。

 続ける。ただひたすらに。

 きっとそれが、彼が伝説と呼ばれるようになった理由だから。


 だから私も、私だって――



 ◇◆



「ショーコちゃん! 交代の時間だよ~」

「……あ、はい。おはようございます」

「おはようって言っても、まだまだ真っ暗だけどね」


 ケシ子の声を聞いて、あーしの意識が飛び起きる。を見ていた気がするけど、詳しくは覚えていない。


 それよりも、仕事だ仕事。


 起きてから、スマートフォンを確認してみれば現在時刻午前2時ぴったり。午後10時に就寝したあーしは、見張りのローテーションの三番目として起こされた。


 24時間をダンジョンの中で過ごすサバイバルであーしたち紅組は、安全地帯を確保するために夜の間に見張りを立てることにした。男女別テント(女子の割合が多いので、女子テントは二つ)の近くで、三人四グループに分けて二時間ごとに見張りを立てている。


 そして、あーしが担当するのはローテーションの三番目。三人のメンバーを四つのグループに分けた三番目。


 そして――


「やっほー、ショーコちゃん。よろしくね」

「よろしく、です」


 同じグループには、ミミとルナという作為的な何かを感じるメンバーが振り分けられている。


 一応、ミミからの提案で配信者チームを解体しバラバラに編成したのだが、元々が五人のミルチャンネルがいるため、どうしてもミルチャンネルが二人いるグループができてしまう。


 そして、そのグループにちょうど、あーしが振り分けられたわけだ。


 ただ、この展開は都合がいい。ミルチャンネル二人とあーしという構図は、最初から決まっていたわけではなく、急遽決まったものだ。


 調子の悪いあーしのフォローをするためという名目だったはず。何の狙いがあるかはわからないが、ミルチャンネルと彩雲プランテーションが同じ学校の先輩後輩であるというのは周知の事実であるため、面倒見のいい先輩というアピールだろうか。それとも……。


 ともかく、起きぬけに身だしなみを軽く整えてから、あーしはミミたちと合流した。


「とりあえず、連携のためにジョブのことを教えてくれるかな?」


 ミミ。

 またの名を南向麦。


 ともかく、こいつが見張りに付いたとなれば、カメラはこいつに向くはず。自然と、あーしの活躍も映る……名誉挽回を狙うには、十分すぎる舞台だ。


 何の狙いかはわからねぇが、このチャンスを利用させてもらうぜ。

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