第74話 伝説の失敗


 結果だけを伝えれば、あーしは溺れて一度死んだ。


 ミッション序盤で温めていた奇策を使いリードしたが、慣れていないジョブを扱いきれず自滅。


 しかし、その熱意を受けてミルチャンネルが奮起することで、一回目の特別ミッションは紅組の勝利となった――


 


「やられた……」


 死亡したことで帰還したジョブクリスタルの広場にて、冷めた頭で考えて理解したことに、あーしは深いため息をついた。


 岩場をUターンする段階であーしの足を掴んだのは、間違いなく第一レースで先頭を突っ切ったミルチャンネルのアズマだ。


 奴のジョブはクラス3の〈流水魔術士〉。水の操るのは十八番だ。おそらく、奴は第一レースをトップで駆け抜けた最中に、あの岩場の裏手に魔法を仕掛けた。


 どう考えても、後続のミルチャンネルメンバーへの援護だ。そして、それをうまく利用して、あーしは一位の座から蹴り落とされたわけだ。


「……チクショウ」


 悔しい。岩場を迂回した後の後半戦で巻き返しはできたはず。それが調子に乗って見せ場を作ろうとしたせいで、眼を付けられて潰された。


 ……やってくれるじゃねぇか。


「あ、ショーコちゃん! 大丈夫!?」

「……大丈夫、です」


 大丈夫だ。本当に、心の底から。


「とりあえず、夕食にしましょう。せっかく先輩方が勝ってくれたんですから、遠慮なく」

「……ねぇ、ショーコちゃん」

「なに?」

「なんか、変わった?」

「……かもしれねぇ……です」



 ◇◆



 午後6時22分。

 サバイバル開始から5時間が経過したダンジョン内は、日差しが傾き気温が落ち着いてきた。


 しかし、鍔迫り合う紅白の得点差は大きく離れることなくつかず離れずの距離を保っていた。


「そっちに行きましたわケシ子!」

「任せて! はい、ショーコちゃん!」

「は、はいぃ!!」


 ダンジョンを徘徊する者。ダンジョンボスを周回する者。相手の同行を様子見する者。淡々とミッションをこなしていくもの。


 あーしたち彩雲プランテーションは、もちろんテレビの出番を増やすためにも、シンボルミッションを中心としてサバイバルをこなしていった。


 ただ――


「――ぎゃあ!!」


 あれから――あの水泳の時から、ミルチャンネルはあーしたちに目を付けた。厳密には、あーしか。


 いま行っているシンボルミッションはビーチバレー。三対三ということもあって、ミルチャンネルのアズマとサイウンの二人に出番を譲ってもらい、白組チームと争っている。


 スキルの発動は在りだが、相手チームへの妨害は無し。

 ただ――


「か、カバーを……!」

「使えませんわね!」


 ケシ子が上にあげたバレーボールは、位置的にあーしが動いて取らなければいけない軌道を描いて落ちる。


 しかし、あーしの足は動かない。その理由はわかり切っている。水気を含んだ砂が、水魔法によって操られてあーしの足を掴んでいるんだ。


 そのせいで、あーしはすっころび、そのカバーにレオクラウドが走る。


 たった一瞬の出来事なので、カメラマンすら気づかない些細な妨害。しかし、それを成したのは他でもない――


「また、か……」


 他でもない、観客としてコートの傍に立つ味方チームからの妨害だ。


 意図はわからない。だが、ルナやミミの行動から考えられるのは――足手まといを演出することだろうか。


 使えない人間。頑張ろうとして、しかして失敗する情けない冒険者。カメラのあるところで、ここぞとばかりに派手にずっこける笑われ者。


 それを、助けることで自分たちの株を上げようとしている……。


「な、なんとか勝てた~……」

「ですわね。ともかく、大きな見せ場は作れましたわ」


 とはいえ、戦闘センスにおいて優れた二人のカバーもあり、なんとか勝利をもぎ取り紅組に貢献することができた。


 ただ、それでも――


「つ、次は……」

「ちょっとまってショーコちゃん。一応、休んどこ? このダンジョンに入ったばかりの時も熱中症になってたし、ね?」

「疲れている、のならばその方がいいですわ」


 それでも、失敗を積み重ねるたびに、あーしの信頼は落ちていく。疲れているだけだとやさしさを見せるケシ子も、死神に期待されていながらも結果を出せないあーしを見て溜息を吐くレオクラウドも、等しくあーしに対して評価を改めていることがわかる。


 ――弊害か。


 この二週間、重要視したレベルアップのために、二人を死神に任せて連携の確認を怠っていた。


 鳴り物入りで入って来たあーしと共に戦う時間はそう多くなかった。だからこそ、今回の失敗で、これまでの失敗で、こんなものかという評価が下った。下ってしまったんだ。


 それを取り返すためには――


「……夜、か」


 東京湾ダンジョンは自然を再現したギミックの中に在る。それは、時間すらも同じであり、夜になれば太陽は沈み月が昇る。


 もちろん、人間である以上は冒険者とて睡眠を要求される。


 ミルチャンネルが提案したローテーションで見張りを立てて眠る方針に異論はないが、そうなれば発令されるシンボルミッションをクリアすることは不可能だろう。


 下がった評価を取り返すためには、シンボルミッションかレースミッションで汚名を返上する必要があるが――でも、それを待っているなんてできない。


 サバイバル開始からここまで緩やかに進んできた流れは、おそらく後半戦にて加速する。限りなくミルチャンネルに有利になる様に――その中で、彩雲プランテーションを活躍させるために、死神はあーしを送り込んだんだ。


 だとすれば、このまま下がり続ける評価を見過ごし続けるなんてことはできない。


 夜だ。


 日が沈み、月が昇る夜に、あーしが討伐ポイントを稼ぐ。


 あーしの影響力を保つために必要なのは、結果だけだから――


 それが例え、予定されていた脚本の文字の中だろうと、未熟なあーしが見出した答えは、それしかなかった。


 


 

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