第73話 伝説の水泳


「では、第一レースを始めますので、呼ばれた皆さんは目印の部分に並んでくださーい」


 特別シンボルミッション、水泳。

 紅白混合した24人を六人四チームに分け、競い合うミッションとなっている。


 真夏の浜辺に置かれた縄がスタートラインとなり、少し先の海の中に見える岩場をUターンしてきて、誰が一番最初にスタート地点に戻れるかを競う。


 1位は5ポイント、2位は2ポイント、3位は1ポイントとサバイバルの得点とは別のポイントが加算され、この総合ポイントが高い方のチームが勝利。

 

 勝利チームにはなんと豪華海鮮丼(食べ放題)による昼食が、負けチームには外れありのひじきおにぎり(こちらも食べ放題)が提供されることとなっている。


 無論、狙うは豪華海鮮丼――ではなく、1位2位になって、自分たちの活躍をテレビに映してもらうことだ。


 ってか豪華海鮮丼ってなんだよ。こういう時、テレビ番組ってのはいつもよくわからんグルメを引っ張ってくるのはなぜなのか。


 とはいえ、その味に期待している自分がいる手前、それをモチベーションに戦うこともやぶさかではないか――


「よーし! 絶対勝つぞ!」


 実際、それでいつも以上に奮起している大食いのグルメ脳が一人いるのだから、効果が全くないわけではないのだろう。実際、協賛企業の商品を持ってくることで宣伝にもなるのだろうしな。


 ともかく、だ。


「ではまず第一レーススタートです!」


 サバイバル開始時と同じスターターピストルの音が鳴らされたところで、特別ミッション一試合目が始まった。


 目印の岩場を迂回して戻ってくる。文字にしてみれば単純な競争であるが、肝心要なのはこれが水泳である点だ。


 水中は地上よりも身動きがとりずらいため、地上では有利に働くはずのAGIの補正が控えめになる。人間の体は海を高速で移動するように作られていないから当然だ。


 とはいえ、まったくかからないわけでも、控えめな影響しか及ぼさないわけではない。高いAGIは高いAGIのまま、しっかりとその差を示してくる。


 実際、第一陣としてスタートした六人から、遅れる冒険者たちを突き放すように抜け出したレオクラウドと『アストロメア』の『テポン』はどちらもAGIが高いジョブにつく冒険者だ。


 ただし、それだけで決着が付くような簡単な話ではない。それは、遅れた形で後続から二人を追撃するクラス3ジョブ〈流水魔術士〉に就くミルチャンネルの後衛魔法使い『アズマ』を見れば一目瞭然だ。


 水中の抵抗力によって弱体化したAGIの差を、アズマは流水魔術士の魔法でカバーしたのだ。具体的には、〈水を噴射する魔法〉と〈水を操る魔法〉と〈水を纏う魔法〉を同時に発動した上で、氷で作った板でサーフィンでもするかのように水上を滑っている、といったところか。


 仕組みが分かったからと言って真似することは容易ではない高等テクニックだ。そして、海上という数少ない水の抵抗を受けない舞台を翔けるアズマは、勢いに乗ってさらに加速し、最終的には一位という輝かしい結果を残して浜辺へとたどり着いた。


「ひゅう! 見ててくれたかよミミちゃん!」

「見てた見てた! さっすがアズマ、決まってたよー!」


 そして、一位を取ってから流れるようにカメラへとアピールを忘れない。天然だろうが、その姿はまさしくアイドルだ。


 そして――


「第一陣のレースが終わりましたので、第二陣の方は位置についてくださーい!」

「あ、呼ばれてるよショーコちゃん!」

「う、うん……」


 あーしの出番が来た。


「あ、ショーコちゃんも二番なんだ。一緒に頑張ろうねっ」


 それも、寄りにもよっていまあーしが一番警戒しているミミと同じレースである。


「お、お手柔らかにお願いします……」


 ビビるなあーし! ここで決めるんだろ! 


 お、落ち着くんだ。流石にクラス3といえどステータスに大幅なマイナス補正がかかる〈贄士〉からジョブは変えて来たから、それなりに戦えるはず……。


 それに、1レース目はミルチャンネルのアズマが一位を取った。ここであーしが一位を取れれば、紅組は海鮮丼にありつける……と、ともかく! ここで頑張るんだ――


「それでは、第二レーススタートです!」


 そして、第二レースが始まった。浜辺のスタートラインに横並びになった六人の中で、警戒するべきは二人――


「泳ぐよー!」


 ミルチャンネルリーダーのミミと、


「計算では、私が勝つ公算が最も高い――そう、現状のデータならば、な」


 鬼弁組のご意見番の『テラネ』だ。


 ミミは〈瞬足剣士〉というAGI特化のクラス2ジョブ〈速剣士〉から派生するクラス3ジョブについている。


 バランス力のある剣士派生から一転して、AGIに偏重した〈瞬足剣士〉は、自らのAGIを一時的に上昇されるスキルを所有している。その力は瞬間的な速度だけでみれば、〈細剣士〉からクラスを一つ上げて更なる速度を追い求めたクラス3ジョブ〈軽細剣士〉すらも上回る速度を出すことが可能だ。


 そしてテラネは先ほど一位を取って見せたアズマと同じ〈流水魔術士〉についている。


 テラネは理論は冒険者として有名であり、ダンジョンの攻略に合わせて様々なジョブを使い分ける後衛冒険者だ。


 流石にテラネはアズマの活躍を見てジョブを変えたというわけではないだろうが、水中が舞台となることを見据えて〈流水魔術士〉を選択したとなれば、それなりの勝算をもって舞台に立ったと考えた方がいいだろう。


 もちろん、あーしだって負けるつもりはない。


「〈魔法発動マジック〉!」


 入水したと同時に発動するのは、炎を足元から噴出させる特殊な魔法。クラス3ジョブ〈猛火脚士〉が扱う、高速移動の魔法である。


 はてさて、火のない所に煙は立たないし、水あることろでは火すら起こらないのが世の常であるが、残念なことにここはダンジョンの中であって、ゲームさながらのルールによって武装された物理法則が蔓延る魔窟である。


 例えここが水中であろうとも、酸素が無かろうとも、MPがある限り発動した魔力は無くならない!


「ハハッ!!」


 いつもと違う、いつも通りの笑みを浮かべて、あーしは第二レースの戦闘へと躍り出た。


 足裏から噴出する火炎はともすればレース参加者の邪魔になってしまうかもしれないけれど、それが水中での出来事ともなればまったくの無問題。


 暗黙の了解で競技者同士の妨害行動は禁止されているものの、熱気も焔も発生しない加速に妨害もくそもないはずだ。


 そして、頭一つ抜けた速度であーしは岩場までたどり着き、そのまま勢いよくカーブを曲がる要領で――


「……あ?」


 岩場を回り込んでUターンし、浜辺へと戻ろうとしたその時、あーしの足を何かが掴んだ。掴んで、そのまま海の中へとあーしを引き吊りこんだ。


 掴んだ、というのは言うまでもなく人の手の形をしたなにか出会ったからこその表現であり、何かというからには明らかに人ではない何かだった。


 それは、水で出来た手だった。


「……やられた!!」


 この岩場は、ともすればカメラに映らない撮影の死角。本来であれば開けた海岸線唯一の障害物。


 そこで奴らは仕掛けて来た。自分たち以外の活躍を阻むやつらが――


「ショーコちゃん」


 下へとあーしの体を引きずり込もうとする手に抵抗して、辛うじて水面に顔を出していたあーしの背後から、その声は聞こえて来た。

 それは他でもない、ミミの声。


「ダメだよ、それは」


 岩場をぐるりと回ってUターンする短い時間で、彼女はそう告げて沈んでいくあたしの方を下へと強く叩いたのだ。より深く沈めと言うかのように。


 強く、強く、強く叩いた。


「ぐぁ――」


 気が付いた時には、あーしはジョブクリスタルの広場で目覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る