第70話 伝説のクイズ
「お、ケシ子ちゃんたちはこっち来たか」
「ミミ先輩!」
東京湾ダンジョン第一群島南岸。第二群島へと続く北東から離れたこの場所にミッションを受けに来たあーしたちを待っていたのは、お立ち台の上に設置されたクイズ番組なんかでよく見るクイズ席と、そこに集まる七人ほどの参加者たちであった。
その中には、ミルチャンネルのミミともう二人。いつもミミの後ろに立っている男こと、北野原――もとい“キタ”と、創設時のメンバーであるルナの三人もいた。
残る二人は、モンスター討伐のポイントを稼いでいるか、或いはレースの方に参加しているのか――おそらく、そういう戦略なのだろう。
「どうやら、白組はあっちたちだけみたいだね」
「鬼弁組は……ボスの方に行ってそうだなー」
ここに集まった紅組はあーしたちを含め六人。対する白組は四人。チーム『アストロメア』というチャンネルの四人だ。
そして、ここで行われるのはクイズ大会。事前説明で聞いたミッションの内容が正しければ、10問程度の問題の正答率で順位が決まったはず。
参加人数は六人。両チームが十分に集まっているから、紅白三人づつ出し合って戦う形になるだろう。
「……しかし、よくこんなものを設置で来たな」
「同感、です。一応、破壊されてもいいような安めなものみたいだけど、モンスターの被害なく設置して、そのままにしておくのは難しいはず、です」
「だよなぁ……って、だ、だれぇ!?」
モンスターに破壊されず維持されているクイズ席に感心していれば、隣から知らない女があーしの独り言に混ざって来た。
驚いたあーしはその場から飛びのいてしまうが、相手はそんなリアクションを気にした様子もなく、自己紹介をしてきた。
「ども、です。ルナ、です。おなじ紅組として、ちょっと話しかけに来た、です」
「そ、それは丁寧に……ショーコって言います」
もちろん、コミュ障なあーしが話を続けられるわけなく、そのまま視線は明後日の方向――海の方へと向けられ、場には静寂が訪れる。
その間にも後ろの方ではミミとケシ子の間で、クイズには誰が出るかという話し合いがされているというのにあーしときたら……いや、ここはクイズで出番を貰えるだけでも十分だから口を挟まないだけだ。そういうことにしておこう。
そもそも、わざわざシンボルに来た一番の理由は、一番最初のイベントとして絶対にテレビで取り上げられるカットだからにすぎない。
クイズ席に座るだけで、名前が呼ばれるなんておいしい場面を逃すことはできないからな。
「あ、あれ。あの人絶対スタッフじゃない、です。誰でしょう?」
「え、っと……あいつ、死神じゃねぇか……」
沈黙ばかりが場を支配するなか、マイペースが過ぎるルナが海岸線を指さしてみれば、遠くで十匹近いマーマンの群れを相手に無双する冒険者の影が見えた。
ただ、その冒険者はスタート地点に居た配信者の誰でもない。というか、あの見覚えのある面は(お面をしているので顔は見えないが)どう見ても死神――もとい、あーしの知り合いである虚居非佐木であった。
いや、あいつマジで何やってんの……?
「知り合い、です?」
「あ、ああ。えっと……はい」
「なるほど、です。きっとあの人がいるから、モンスターを気にせずにクイズ席を設置できる、です」
「なるほど、確かにそうか……」
そういえば、彩雲プランテーションのカメラマンであるあいつがなぜここに呼び出されたのか知らなかったが……なるほど、こういったイベントに邪魔が入らない様に周辺のモンスターを退治する役目を負っていたのか。
『俺には何にもできない』って念を押してあーしたちに言ってたのは、自分も仕事があるかだったと。
まあアイツなら適任か。
遠近も殲滅もお手の物な、万能最強な冒険者。その先はないと思われていた壁をただ一人乗り越えた唯一の人。世界に名をはせる伝説。
奴を例える言葉なんていくらでも出てくるほどの実力者の護衛が付いているのだから、確かにモンスターを気にせずにクイズなんてできるわけだ。
「……だいじょうぶ?」
「きゅ、急に何ですか」
死神の姿を見ていれば、上下の脈絡なくルナが話しかけて来た。いったい何を思ってそんな言葉を言ったのか。
「なんか、助けてほしそうな目、してた……です」
「た、助けてほしそうな目、ですか……」
……そう、か。そうだな。
そんな顔、しちまってたか。
「何か悩みがあるなら聞くよ、です」
「……いえ、大丈夫です。それよりも――」
悩みを聞く。そんな言葉を掛けられたところで、あーしの心は動かなかった。ただ、死神の奴の姿を見て、助けを求めてるなんて言われたときは、そこだけは、ちょっとだけ動揺した。
もう治ったと思ったんだが……やっぱり、あーしはまだ一歩を踏み出せていないらしい。
とはいえ、タイムアップだ。
「おーい! ルナちゃんとショーコちゃん。クイズ始まるよ」
こんなところで油を売っている間にも、シンボルミッションは始まってしまったようだ。
となれば、いつまでも話しているわけにはいくまい。
だけど、これだけは。
「ルナ……さん」
「なに?」
「あーしたち、は……負けませんよ」
「同じ紅組なのに?」
一歩を。踏み出せていなかった覚悟を確かめるために、あーしはそれに気づかせてくれた月菜“先輩”に言う。
いや、最初から知っていたけれど――ここまでしたたかだと気づけたからこそ、宣戦布告のようにあーしは告げるんだ。
「この戦いで競うべきは、それだけじゃない。って、気づいているんですよね、ルナさん?」
「うん。そうだね。君の言う通りだよ。凄いね、君。多分私たち以外で、これが紅と白のチーム戦じゃなくて、生き残りをかけた
あーしの言葉の意味に気づいたルナさんは、そう言って何を考えているかわからない表情で、しかしてニヤリと笑った。
「クイズ参加の話し合いから孤立していたあーしにカメラが一台向いていたのには気づいてまし、た。そこにルナさんが話しかけに行くことで、同じ紅組の悩みを聞く、なんていう構図が出来上がる。同じ学校の面倒見のいい先輩アピールのために話しかけた……んですよね?」
「そこまで気づいてたんだ」
「気づいてました」
気づいてた。おかげで、あーしの気は引き締められた。譲られてクイズ席につくレオクラウドとケシ子を見つつ、『いい子』のポイントを稼いでいるミルチャンネルを見たから気づけたのだ。
出番ではなく、好印象を稼いでいる。
信用を稼いでいる。
カメラマンに、スタッフに、視聴者に、同業者に――
ただ、あーしは知っている。
そういったものを稼いでいる奴ほど臭いことを。
何かをしでかしそうな嘘つきの匂いがすることを。
「先に言っとくよ」
です、なんて取って付けた敬語が消えたルナさんが言う。
「気を付けてね。私は応援してるから」
「つまりそれは――」
「うん。私は、友達のために手伝ってるだけだから」
そう言って、ルナさんはミミの元へと戻っていった。残されたあーしは、クイズに参加するケシ子たちを見て――
「………………」
自分の中に在る、勇気に問いかけた。
お前は、いつになったらその一歩を踏み出せるのか、と。
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