第69話 伝説の選択


「なんかみんな武器のカスタマイズに来てたね~」

「逆に安心しましたけどね。私以外にも、同じようなミスをしてくれた人がいたので」


 武器カスタマイズを使ってレオクラウド愛用のレイピアの持ち手を、金属部品のないものに替えたあーしたちは、スタート地点に戻るという遅れを取り戻すように歩いていた。


 とはいえ、レオクラウドと同じ理由でスタート地点に戻って来ていた冒険者も多く、そのおかげかレオクラウドたちの足取りにそこまでの焦りはない。


 ただ――


「さっき……ミルチャンネルがいなかった……」

「そう言えばそうだったね!」

「彼女たちにとっては、知っていては当たり前の情報だった、ということでしょうか」

「聞かなかった私たちが悪いんだろうけどさ、教えてほしかったよね~」


 紅白関わらずに何人かの冒険者がいたが、リーダーチームとなる『ミルチャンネル』や『鬼弁組』の姿はない。偶然というよりも、事前にギミックの対策をしていた、といったところだろうな。


 ともかく、改めてあーしたちのポイント稼ぎは始まった。

 ただし――


『PPPPPPPPP!!!!!』

「うわっ! びっくりした!」


 3体ほどモンスターを狩ったところで、さっそくミッションの通知が来たのだった。


「来ましたわね」

「う、うん……」


 周囲の警戒をしつつ、あーしたちはいっせいに自分のスマホを見る。スタッフから贈られてきたミッションの内容は――


『ミッション発生!』

『シンボルタイプミッションが発生しました!』

 場所―第一群島

 内容―冒険者クイズ

 参加人数―6人

『レースタイプミッションが発生しました』

 内容―いち早く目的地まで移動せよ!

 条件―第二群島に到達


 表示されたのは、シンボルレース両方のミッション開始だった。

 シンボルタイプの通知の方は、わかりやすく島の地図を使って場所が表示されている。


 シンボルタイプは第一群島――東京湾ダンジョンはいくつもの島が連なる諸島であり、これらは入り口から近い順番に数えられた島を指している。

 全部で七つの島が、このダンジョンの全容だ。


 いや、全容で言うとすれば、海の中までがダンジョンのすべてであるが、それはともかくとして。


「さて、どちらを目指しましょうか」

「これ、シンボルタイプの奴って第二群島の真反対の方にできてるよね。いきなり選択かぁ……」


 あーしたちに突き付けられたのは、シンボルタイプミッションを目指すか、レースタイプミッションに挑戦するかの二択だった。


 あーしたちがいるのは、東京湾ダンジョンの始まりとなる第一群島の中心近く。ここからレースミッションに参加するためには北東を目指して移動しなければならないが、シンボルミッションを目指すならば真反対の南を目指さなければならない。


 どちらかを捨ててどちらかを拾いに行かないこの場面で、果たしてあーしたちはどちらに行くべきか――


「私はレースタイプミッションに行くべきだと思いますわ」

「私はシンボルかなー。そもそも私、AGI低いし第二群島までの未知知らないし」


 そして、さっそくチーム内で意見が分かれちまった。

 もちろん、意見が分かれた以上は話し合いが行われ、そして引っ込み思案な性分なあーしだけがその話し合いに参加できない――


 何かを言おうとして、だけど声にできない。声が出ない。つまってしまう。自分の意見を言えない。言うことができない。発することができない。


「…………あ、あーし、は……」


 何とかひねり出した声が、向けられた視線によって止まってしまう。別にレオクラウドにもケシ子にも悪気なんてない。ただ、あーしが何かを言おうとしたから、目を向けただけ。


 だけど、ただそれだけで、あーしの喉は言葉を枯らしてしまう。


『大人しくしてることもできないの!?』

『言葉だけは達者じゃない!』

『お荷物って言ってるのがわからないの?』


 聞こえてきたその声が幻聴だとわかってても、あーしは、あーしは――


「シンボル……に、行った方が、いいと思います……」

「……根拠は?」

「レースは3位のポイントが低い、から……動き出しが重要。なら、1位から3位の総合ポイントが多い、シンボルに行って、紅組の入賞率を上げた方がいい……と思う」


 こんなあーしを変えたいから、あーしは死神の口車に乗ったんだ。ここで一歩を踏み出せなきゃ、死神の隣に立つなんて夢は叶えられない――


「だから、シンボルに行った方が、いい」

「……まあ、多数決に異論はありませんわ。そも、今回のレースが私向き、という理由だけでしたからね」

「ありがとうレオちゃん。よーし、じゃあ決まったなら早速行こ行こ!」


 空気を切り替えるようにあーしの背中をケシ子が押した。

 ほっと、あーしの心に安堵が生まれた。チームを組んで、初めて感じることのできた安堵が。


「どしたのショーコちゃん?」

「い、いえ……なんでもない、です……」


 脳裏にこびりついた記憶。今のあーしを作った曇天が、少しだけ晴れたような気がした。


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