第68話 伝説の太陽


「いつも通り、でよろしくて?」

「は、はいぃ……」

「あ、第一村人発見!」

「あれは“人”じゃないですわよ、ケシ子」


 モンスター討伐のポイントを稼ぐために手分けした先で、あーしたち彩雲プランテーションは最初のモンスターに遭遇した。


―gyaaaaa!!!


 確かに、ケシ子には悪いがあれを人というには、手の数が多すぎるし、何よりも――


「よく見たら普通に気持ち悪い……」


 頭が二つある時点で、人型というにはかけ離れすぎているな。


 確か名前は……ああ、そうだ。ダブルヘッドマーマンだったか。東京湾ダンジョンに現れる、討伐しても1ポイントの雑魚モンスター『マーマン』の別バージョン。


 二つの脳みそによって自在に操る六本の腕が驚異的な魚人のモンスターだ。阿修羅、とは少し違うんだろうけど、それぞれの手に別々の武器を持っている。


 とはいえ、やはり人というには、そのビジュアルは少々生々しい気持ち悪いさがあるがな。


 ともかく、こいつは――


「2ポイント……」

「一匹しかいないのが惜しいところですわね」

「ともかく、さくっとやっちゃおっか」


 高額とは言えないが、スタートダッシュを決めるにはちょうどいい相手に、あーしたちは武器を構えた。


 構えたが――


「あっつい!!」

「え、大丈夫レオちゃん!?」


 武器を召喚したばかりのレオクラウドが、そんな声を上げてご自慢のレイピアを手放した。


「え、えと……なにを……」

「まって、あいつ向かってくるからとりあえず私とショーコちゃんだけで対応するよ!」

「わ、わかりましたぁ~……!!」


 予想外の事態が起きていても、モンスターは待ってはくれない。あーしたちに襲い掛かろうと距離を詰めてくるモンスターに対して、ケシ子は緊急事態に対処するよりも、さっさとモンスターを倒す選択をした。


 向かい来るマーマンに対して、正面を切って突撃するケシ子。合わせるのはあーしの役目。


「〈制作:藁人形〉――〈生贄術〉……!」


 後方に立つあーしが発動するのは、メインジョブからクラスを一つ落としたクラス3ジョブ〈贄士〉固有のジョブスキル〈制作:藁人形〉からの〈生贄術〉だ。


 まず〈制作:藁人形〉の効果で、視覚でロックオンしたマーマンを模した六腕二頭の奇妙な藁人形が、あーしの手の中に現れる。


 続けざまにあーしが発動したのは〈生贄術〉。火魔法使いの特殊派生らしく、燃え盛る炎が手のひらに現れ、ぼしゅうぅと奇妙な音を立てた後に、藁人形を黒焦げにした。


――gyaaaaaaa!!!!


 藁人形に連動するようにして、マーマンが苦しみ始めた。


 これが、〈贄士〉の力。不条理極まりない遠隔からの確定ヒット攻撃。流石は四種類のステータスを犠牲にした特殊なジョブスキルだ。


 おそらく今、あのマーマンはあーしが藁人形を燃やして見せたように、全身を燃やされるような痛みを感じているのだろう。


 ……直接的な攻撃力が無いのが、あーしのジョブの欠点だな。ただ――


「せいやぁあああ!!」


 その欠点を補って余りある主砲が、彩雲プランテーションに入るんだよなぁ。


 あーしのスキルで動きを止めたマーマンに容赦なく襲い掛かるケシ子のハンマー。レベル上げの末にクラスアップして、クラス3ジョブへと至ったやつの一撃は、ダンジョンボスすら揺るがす脅威の威力を手に入れた。


「うわー……やっぱり〈ブラストインパクト〉の二倍は強すぎたか……」


 槌士系統術槌士通常派生クラス3ジョブ〈破術槌士〉の強力無比な一撃必殺スキル〈ブラストインパクト〉は、マーマンの上半身を消し飛ばすほどの威力をもってして、その脅威を証明して見せた。


 ってかあいつ、言動からして〈傘連番乗〉も使ってやがったな。道理で威力が高いわけだ。


 ともかく――


「とりあえず2ポイント! それで、レオちゃん大丈夫!?」


 一時の脅威を消し去ったケシ子は、勝利を喜ぶよりも前に、武器を手放したレオクラウドの安否を確かめに行った。


 あーしも一応、あーしたちを追跡するドローンカメラの位置を確かめてから、その後に続く。


「申し訳ございません。おそらく、持ち手の金属部が高熱を持ってしまったようですわ」

「高熱……?」

「おそらく触ってみるのが一番早いかと」

「う、うんわかった。とりあえず触って……って熱っ!?」


 一応、あーしも確かめてみたが……レオクラウドの武器が触ることができないほどに熱を集めていた。原因は確かめるまでもない――


「日差し……」

「これがこのダンジョンのギミック、ということですわね」


 自然環境に限りなく近いことが、この東京湾ダンジョンの特徴だ。その中でも、気温40度にも上る高温の環境で、金属が熱を持ち触れなくなるのは当たり前、か。


 ステータスの多寡で鉄すら溶かす炎をも受け止めることができると言うのに、ギミックで楽はさせてくれないか。まったくもって、ここまでゲームを踏襲しなくてもいいと思うんだけど?


 ともかく、レオクラウドには早急にジョブクリスタルの広場に戻り、武器カスタマイズで持ち手の金属部品を取り換えてもらわないと。


「とりあえず、私は一度広場に戻りますわ。あなたたちは――」

「私たちもついてくよ! 時間のロスになっちゃうかもしれないけど、別行動をした後で、簡単に合流できるとは思えないし」

「……わかりましたわ」


 おいこいつ今あーしのことみてケシ子の同行を認めただろ。あーしとケシ子だけじゃ不安だってのかよ! ああそうさこんな根暗のあがり症とじゃ不安だろうな!!


「うっ……」

「わっ、ショーコちゃんも大丈夫!?」

「わ、わる……すいません……でも、大丈夫です」


 広場の方に向かおうとする二人に、無言で付いていこうとしたあーしがふらりとよろけたのを、ケシ子はしっかりと気づいた。


 こいつはこいつで、周囲のことをよく見ているというかなんというか……。ともかく、心配を掛けない様にあーしはケシ子に大丈夫だと念を押してから、改めてレオクラウドを見た。


「なんでしょう?」

「い、いえ……。なんでもありません」

「そう……それならいいのですけど……」


 なんでもないわけじゃない。でも、あがり症のあーしには、それを告げる勇気がなかった。


 そんな自分自身にあーしは辟易としながら、レオクラウドの一件について考える。


 金属が高熱をもってまともに持てなくなる。そんな重要な情報が共有されていなかった。いや、あーしもここに来るまで知らなかったことだし、そもそもこのダンジョンは不人気ダンジョンの筆頭候補。ギミックの注意点自体を知っている人間の方が少ないかもしれない。


 ただ――


「くせぇな……」


 忘れることのできない、脳みその奥底にまでこびりついた、思い出したくもない嫌なにおいを、あーしは思い出した。


 これは……自分勝手な独善者のすえた匂いだ。

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