第65話 伝説の当日
八月上旬。
湿度の温度の急上昇に嫌気がさす真夏日に、コンクリートというフライパンの上で焙られる日々をお過ごしの都会の皆様、お元気だろうか。
俺は今――
「快適って言うには程遠いな……」
俺は今、無人島に居ます。
「なんか一夏のバカンスって感じですごいテンション上がるね!」
「虚居非佐木! 学園の体育は男女別でしたが、ここは違いますわ! さあ、あの岩礁まで競争しますわよ!」
「水着じゃねぇのに海に飛びこもうとするなよ獅子雲。それと……」
「ひ、日差しがまぶい……溶けるぅ……」
「前途多難だなおい」
さて、今回俺たち彩雲プランテーションが訪れたのは、難易度Cクラスダンジョンである『東京湾岸無人諸島』という通称“東京湾ダンジョン”である。
どうしてここに訪れたかというと――
「なんかメンバー増えてるねぇ~、おはよみんな!」
「あ、南向先輩おはようございます!」
「ちょいちょいケシ子ちゃん~。ここでは南向先輩じゃなくてミミってよんでよ~」
「あ、すいません。それじゃあ、ミミ先輩。今日はよろしくお願いしますね!」
「うん、ケシ子ちゃんもよろしくね」
ここが、今回の夏特番の舞台となる無人島であるからだ。
難易度Cクラス『東京湾岸無人諸島』
一周数キロの小島が舞台となるこのダンジョンは、数百メートル沖合までがダンジョンとして含まれる『開放系』ダンジョンと呼ばれるものだ。
空を見上げれば太陽が燦燦と照らしているが、はたしてあの太陽は本物なのだろうか?
「ダンジョンの中なのに暑すぎ~!」
うへーと舌ベロを出して項垂れるケシ子を見れば、その暑さは伝わるだろうか。それとも……あの俺がわざわざ設置したビーチパラソルの下で、恥も外聞も投げ捨てたような表情でぐったりとしているショーコの意見を聞けば伝わるかな?
「大丈夫そうか、ショーコ」
「む……むり……インドア派にこの太陽はきつすぎんよ……」
「確かに、この猛暑は想定外でしたわね……ダンジョンの中とはいえ嘗めていましたわ」
「ま、仕方ねぇよ普通」
ショーコの様子を俺と一緒に眺めていたレオクラウドが呟いた通り、この東京湾ダンジョンは蒸し暑い。それこそ、真夏の猛暑日をそのままコピーしたかのような太陽光をそのままに提供してくるのだ。
「でもさー、私たち確か地下に続く階段に降りたよねー? なんで空があるわけ?」
「あれ、ケシ子ちゃんって開放系のダンジョンに行ったこと無いの?」
「ミミ先輩。私これでも三か月ぐらい前にダンジョンに潜り始めた初心者も初心者のぺーぺーですよぉ……」
「そういえばそうだったね」
おそらくケシ子は地下にあるダンジョンに避暑地を求めてきたのだろうが、その願いは叶わない。
というのも、ここは『開放系』と呼ばれるものであり、ダンジョンとして扱われる大多数の地下にある空洞を潜っていくタイプのダンジョンとはまた違ったタイプのダンジョンであるからだ。
「要はさ、ここは環境そのものがダンジョンギミックっていうダンジョンなんだよね。東京にもいくつかあるんだけど……八王子ダンジョンとかって言ったことある?」
「ありますあります。いやでもあそこ行ったときは空とか全然気にしてなかったなー……」
開放系とは、いわばダンジョンを地下とする天井や壁がなくなった屋外環境を再現したダンジョンことを言う。そこでは雨天晴天などといった天候から、ジャングルや森林、或いは砂漠や雪原、果てには海原といった環境などをギミックとして搭載している。
ちなみに、雨のせいでわかりにくかったが成田ダンジョンもその一つだ。
それに、本来は存在する壁が無いせいか、広大なダンジョンが無いのである。
そして、それはここ東京湾ダンジョンでも同じこと。外周千七百メートルの本島を中心としていくつかの島が連なった『諸島』が基本ギミックとして存在するダンジョンである。
島に群生する植物からなる密林や、島と島の間に横たわる海。そして山という隔たりがないからこそさんさんと照り付ける太陽光と、夏を象徴するにはもってこいなダンジョンにて、一泊二日の戦いは幕を開けるのだ。
「あ、じゃあそろそろ時間だから行ってくるね」
「ああ、頑張ってこいケシ子。俺も裏方として手伝いはする予定だから、なんかあったら気軽に声をかけてくれ。それと……」
「……んだよ」
「任せたぞ、ショーコ」
「あ、ああ……期待するなよ」
「期待してる」
「するなって、言っただろ……! あー頭痛い……」
どうやら熱中症気味なショーコは、いつもの覇気もなくそう返事をしてケシ子の後を付けていった。
まあアイツ、基本冷房の効いた屋内にしかいないからな。猛暑日さながらのギミックに体がついていけてないんだろう。とりあえず、塩飴をかみ砕きながらスポドリをがぶ飲みで熱中症対策をしているし様子見だ。
「……本当に、今回は俺は何もできないからな」
八面六臂の活躍を祈りながら、俺は裏方として軍曹に合流しに行くのだった――
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