第64話 伝説の企画書


『もうちょっと何とかなっただろ色々ォ!!』


 開口一番、電話を取ってみれば怒鳴り声から始まったこの通話は、新メンバー配信を経て未若沙の文句――もとい彩雲プランテーションについての感想を聞くためのものだ。


 とはいえ、通話をかけて一番に怒声を浴びせかけるのはやめてほしい。耳がキンキンする。


「一応スケジュールは伝えてあっただろ」

『だからって学校復帰初日に配信までさせるかよ普通! そう言うのは順序があるだろうがぁああああ!!』

「ま、急いでたのは確かだな」

『……チッ、やっぱりか』


 察しのいい未若沙は、しっかりと俺の焦りを感じ取ってくれていたらしい。

 予定していた話し合いから趣旨がそれるが……まあ、こっちも元から喋る予定だったし、喋る順序が逆になるだけと考えて、このまま話題を続けよう。


『撮影まであと二週間を切った状態での新メンバー。しかもあーしみたいなコミュ力不足の陰キャともなると、連携は難しい……元々友人であったならまだしもな』

「ご明察通り。急遽お前を召集しなきゃいけない理由があったから、こうして急いでるわけだ」


 そう言いながら俺は、パソコンを操作してとある資料を未若沙の元へと送った。


『んだこれ』

「今度の夏特番の資料だ。あ、外に漏らすなよ」

『そんなもんを送るな。ってかなんでお前持ってるんだよ』

「軍曹からだ。それで、重要なのは企画立案者のところなんだが……」

『南向雄哉……こいつがどうしたんだ?』

「同じ学校なんだしミルチャンネルのリーダーの実名ぐらいならお前知っているよな。こいつ、ミルチャンネルのリーダー南向麦の親戚だ」

『へぇ……』


 軍曹からの伝手で入手した夏特番の資料を見て、俺は一つの危機感を覚えた。だからこそ、無理矢理に未若沙を召集したのだ。


『ミルチャンネル……企画系のダンジョンmetuberミーチューバー


 metuberミーチューバーとは、大手動画投稿、配信サイトであるmetubeにて活動をしている職業配信者の総称だ。

 そしてダンジョンmetuberとは、ダンジョンを使った配信、動画を中心に投稿しているmetuberのことを指す。


『ユーモアはねぇが体を張った企画を発想し実行する、他とは違う視点を持った奴らだとは覚えてる』

「意外だな。高評価だ」

『あーしがいつも辛評してると思うなよ。少なくとも、あそこの企画は面白い……いや、面白くなるようにしっかりと労力が尽くされている。それだけは間違いなく評価できる場所だ』


 そう語る未若沙の言葉を聞いて、少しだけ俺のほおが緩んでしまう。基本的に口が悪く、ネットでも敵を作りがちな『ゲラゲラ』だが、こうして人の努力を認めることができる人間なのだぞ、とそんな友人自慢を心の中で存分にしてから、改めて本題を切り出す。


「次の特番の名前を見ろ」

『「今話題の学生配信者たち大集合。夏の無人島ダンジョンサバイバル」……サバイバル? 一泊二日の内容だと聞いてたが、まさかダンジョン内でサバイバルでもするのか?』

「ああ、そうだ。知っての通り、食事も睡眠も基本的にはダンジョン内で。許可を取って仮設トイレまで設置される」

『それ、モンスターに壊されないのかよ……』

「場所を見ろ場所を。今回のダンジョンは開放系の環境型ダンジョン。階層壁が無いタイプだ」


 無論、ある程度の不都合はあるだろうが……そこは俺が考えるべきものじゃない。重要なのは、配信者に精通している未若沙が首をかしげている点にある。


 到達階層へのテレポート。第一層への帰還機能。モンスターのドロップアイテム化。どれをとっても、ダンジョンは内部での長期活動を行うように設計されていない。むしろ、中にいる人間を追い出すために作られているといった方が納得できるぐらいだ。


 中にいるためには、食料や睡眠環境などの課題が出てくるが――そんな問題を配信企画という形で挑戦に変えた配信者がいた。


 それがミルチャンネルであり、南向麦である。


 今となってはミルチャンネルの最大視聴数を達成した伝説の配信『ダンジョンで野宿してみた』は、界隈でもそれなりに知れ渡っている企画だ。


 そして、今回の企画はそんな南向先輩の親戚が発案したもの。そこにどのような関係があるのかは知らないが……繋がりが無いとは言い切れないだろう。


「それとこれ」

『ん? なんだこれ……』

「過去にミルチャンネルとコラボした配信者リストだ」

『……へぇ。こいつはすげぇな』


 次に俺が未若沙に渡したのは、ミルチャンネルとのコラボリスト。活動歴二年の人気metuberともなれば、それなりの数のコラボをこなしている。


 例にもれずミルチャンネルもその一つだが……そのコラボ相手のその後を見れば、その評価は変わるだろう。


『見事に炎上引退してるな』

「全部が全部、ミルチャンネルが関わってるとは言い切れないけどな」


 基本的に同じジャンル――ダンジョン配信者とのコラボを行うミルチャンネルであるが、コラボ相手の六割。それも、登録者の大小はともかくとして、同ジャンルの競合となりえる相手に限って大きな炎上や活動休止に至っているのだ。


「これをどうみるかはお前の自由だが、これで俺がお前を急に呼んだ理由はわかっただろ」

『理解はしたが、納得はできねぇなぁ……つまり、あーしは体のいい避雷針ってことじゃねぇか』

「いやいやいや。避雷針になってもらったら俺が困る。お前だって気づいてるだろ、企画書を貰ったうえでこうもわかり切った出来レースに彩雲プランテーションをぶつけた理由に」

『まぁーな』


 出来レース、と俺が言った理由はいくつかあるが――主な理由は二つ。ミルチャンネルぐらいしかやったことのないサバイバル企画なのと、ミルチャンネル以上の実力者がいないことだ。


 誰が指揮したのかはわからないが……完全に、ミルチャンネルの踏み台として用意された番組であることは一目瞭然。


 だからこそ、俺は彩雲プランテーションをぶつけに行ったわけだけどさ。


「どっちにしろ、お前の彩雲プランテーション入りは確定事項だ。九月になったら否が応でも学園に連れ出してた。それが少し早まった形だと諦めてくれ」

『ふーん。つ、つまり……私が可愛いってのは』

「何度も言うようだが、そうじゃないと俺がお前をアイドルに仕立て上げると思うか? ビジュアルもキャラクターもも百点満点のアイドルだよ、お前は」

『……そうかよ』


 そう言ってから、しばらくの沈黙が流れる。一分か、十秒か。すっからかんの空白を過ごしてから、改めて未若沙は言った。


『んじゃあ、方針は決まったな』

「何をすればいい?」

『決まってんだろ。今の彩雲プランテーションは花形にはちとレベル不足だ。まずは、ジョブのレベル上げから始めるべきだな』

「了解。それじゃあ、明日からはレベル上げ特訓の始まりだな」


 あと一週間もすれば夏休みが始まる。二人が目標は――クラス3ジョブか。


「二人には地獄を見てもらうことになりそうだな」


 そう言って、俺は笑った。


「お前の笑いって、表情とまったくあってなくて不気味なんだよなぁ……」

「心外だな」

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