第61話 伝説の二番手


「え、えと……ひーくん? その子って、ひーくんが誘拐してきたってわけじゃないよね?」

「そうだな。本人の許可を取って来た上で連れてきたわけだから誘拐というわけではないな」

「その証言に説得力は皆無ですわよ虚居非佐木。少なくとも、私たちの前にそのような姿で現れては、こちらとしては110番も辞さないのですが……」

「ひ、ひぃ…………」


 未若沙から言質を取った翌日。昼休みにもなって姿を見せない未若沙を保健室から拉致してきた俺は、芥と獅子雲の二人と屋上で待ち合わせ合流したところだ。


 まったく、二年になって初めて登校したくせに、何もせずに帰ろうなんて笑止千万。俺が黙って見過ごすと思ったのかこいつは。


「とりあえず自己紹介からだな」


 肩に乗せて運んできた未若沙を降ろして一息ついた後に、自己紹介をと芥たちの方を向かせる。


 そういやこいつ、思ったよりも軽かったな。全体的に不健康そうに痩せてるからお兄ちゃん心配になっちゃうぞ。


「は、ひゃ……、は」

「ひ?」

「ひゃじっ……~~っっ!!!」


 舌を噛む未若沙。そして光の速さで彼女は俺の背後へと隠れてしまう。AGIの高い獅子雲が未若沙の速度を見て驚いているが、こいつはクラス4ジョブについている上にほぼカンストの高レベルなおかげで速いだけだから、気にすることじゃないぞ獅子雲。


「……うん、さっき言ったことは撤回しようかな。でもでも、やけに頼りにされてるみたいだけど、彼女とはどういう関係なの~?」

「仕事仲間だ。芥だって、昔から俺がダンジョン関係で仕事しているのは知ってるだろ?」

「ふーん……」


 半目で俺のことを見てくる芥は、どこか疑わし気な目をしている。いったい何が気に入らなかったというのか。いやまあ、いきなり呼び出しておいて、こんな社会不適合者に会わされたら困惑するだろうが。


「ひゃ、ひゃじめまして……白保間……です…………」

「あ、初めまして、かな? 廉隅芥だよ!」

「初めまして。獅子雲なずなですわ」

「ひゃい……」

「ということで、彩雲プランテーション新メンバーの白保間未若沙だ。よろしくしてやってくれ。ちなみにこいつは芥とは同じクラスだ。そこらへんもよろしく頼んだ」

「どういうわけなのひーくん!?」


 うむ、やはり説明を省きすぎたか。

 俺の背中に顔を隠した未若沙からも、驚きの感情が伝わってくる。具体的に言えば、「おいどういう話だコラァ!?」といった感じに力を込めて俺の脇腹をつねり上げているところからも、俺のコミュニケーション能力に不足を感じるばかりだ。


 冗談で使っているネットでの『陰キン無礼』という名も伊達ではないということか。


 とりあえず、俺は未若沙がメンバーに至る経緯を説明するのだった――


「――まとめると、未若沙ちゃんの保護者さんが、社会復帰のためにひーくんに頼み込んだってこと?」

「ついでに言えば、未若沙が彩雲プランテーションに必要な人材だから、俺が提案したってところだな」


 ちなみに、未若沙の保護者というのは軍曹のことだ。こいつもこれで苦労してる身なのだが、あの変態が親代わりなのは色々と同情する余地はあるだろう。


「ああ、別に夏の撮影のために助っ人ってわけじゃないぞ? そもそも、獅子雲が来てなければ芥とこいつの二人で彩雲プランテーションになってたはずだったからな」

「何それ初耳!? ……ってことは、ひーくんはそれだけこの子の実力を認めてるんだ」

「認めてるも何も、俺と同年代でこいつ以上に強い奴は見たことないからな」

「それほどですのね」


 彩雲ダンジョンでの一件での俺の活躍に気づいているであろう芥が驚き、気づいておらずとも屋上での一件で俺が相当な実力者だと感じている獅子雲も目を見開いて唖然としている。


 俺がここまで評価するのも珍しい、とでも思っているのだろうか。

 とはいえ、実際未若沙が俺と並んで仕事をしているのも、軍曹が保護者に居るからというよりも、抜きんでた実力とダンジョンに対する執着があるからだ。


「で、でも……ひぃ!?」

「あ、ごめん」


 俺たちの会話に混ざろうとしたのか、未若沙が声を上げた。しかし、声を発したことで集まった注目に恐れをなして、彼女は再び俺の背中の後ろに戻ってしまう。


 それを申し訳なさそうに謝る芥であったが、まったく芥たちは悪くないのでフォローしておく。


「いや、芥たちは悪くない。んで、何が言いたかったんだよ未若沙?」

「あ、あーしは確かに強いかもしれない、けど……メインジョブは使わない、よ」


 恐る恐る発される未若沙の言葉を聞いて俺は思う。やっぱりこいつに任せて正解だった、と。


「え、なんで!?」

「なんでも何もありませんわ、廉隅芥」


 どうやら、獅子雲も気付ているみたいだな。


「もしここで虚居非佐木が言うように、彼女――白保間未若沙が彩雲プランテーションに参加したとして、彼の言う強者のまま参加して、視聴者がその姿を見てどう思うでしょう?」

「どうって……」

「ええ、少なくとも、今までのように私たちが悪戦苦闘する様子は見ることができず、私たちのレベルで戦う彼女が敵を一方的に鏖殺するか、彼女のレベルで戦う私たちが一方的に鏖殺されるかの二択しかありませんわ。そんな配信を、果たして視聴者の方々は見たいと思うでしょうか?」

「そ、それは……」


 長年視聴者側として立っていただけに、獅子雲もよくわかっている。要するに、今までの彩雲プランテーションの強みは悪戦苦闘しつつも挑戦していく芥たちにこそ価値があり、それを未若沙のレベルで圧倒していってしまうと、その強みを完全に消してしまうわけだ。


「だ、だから……やるとしても、あーしはや、やったことのないクラス2かクラス3ジョブがせいぜい……」

「そういうわけだ。ともかく、こんな奴だがよろしくしてやってくれ」


 流石に足手まといになることはないだろうが……この調子じゃあ不安が残るな。ともかく、一介の社会人となるためには、初対面の相手とも堂々と会話ができなければならないとは、軍曹の言葉だ。


 学校に通い、そして彩雲プランテーションという活動を通して、未若沙にもそれを学んでほしいものだ――


 こうして、俺たち彩雲プランテーションに新たなメンバーが加わったのであった。


「よ……よろしく……」

「うん! 一緒に頑張ろうね!」

「ひぃ、陽キャの波動……溶ける……溶けちゃうぅ……!!!」

「えぇ!? 溶けるって何!?」


 先行きはかなり不安であるが。


 

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