第60話 伝説の引きこもり
『おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか電源が――』
「あいつ、遂に電源落としやがったな」
南向先輩たちとのお話から翌日。そろそろ本格的に姿を見せなければいけないと、俺は前々から連絡を送っていたとある知り合いに催促の電話を掛ける。
しかし出ない。いやまあわかっていたことだ。あいつはSNSからメール、電話を使った俺の鬼アタックに耐えきった女だ。この程度に反応を示すような奴じゃない。
というわけで俺は、あいつが住んでる高級マンションの前にまで来ていた。
「おーい、出てこい
マンション管理人からも、このマンションのオーナーである軍曹からの許可を取った脅迫をもってして、俺は鍵をかけて閉じこもった友人――
それこそ、難易度Bクラスのモンスターを素手で叩きのめせるSTRが放つ殴打である。下手をすれば、高級マンションの潤沢な警備システムのすべてを貫いて、扉を破壊しかねない。
まあ、流石にそこはわきまえている俺は、壊れない程度に優しく叩いているつもりであるが、流石にうるさかったようで件の住人こと未若沙は姿を現した。
「だぁぁあああうるっさいよ死神!」
「電話17件、メール102通。SNSその他もろもろ。あらゆる通信手段を無視し続けたお前が悪い」
「なんであーしが悪いことになってるんだよ! お前がやってたの、ストーカーとなんも変らねぇからな!?」
「何を言う。お前の保護者公認だぞ」
「質の悪さを底上げしてんじゃねぇええええ!!」
鋭い目つきを隠すようにパーカーのフードを深くかぶったまま登場しては、キンキンと耳に響く口の悪いこの女こそが、今回の俺の目的であり――そして、彩雲プランテーションの三人目となるであろう少女、白保間未若沙である。
「とりあえず中はいるぞ」
「うわっ、ちょっと急に入ってくるんじゃねぇよ!」
「相変わらず汚ないな、ここは。段ボールの処分ぐらいはしっかりしろよ」
「うるっさい!」
白保間未若沙。俺の友人であり、そして仕事仲間であり、同好の士である彼女は、見ての通りの荒々しい少女である。しかし、これは内向きの姿。
というのも彼女は、所謂引きこもりなのである。
「さて、じゃあ要件を話そうか」
「出てけ!」
「締め出されないために押し入ったことを理解してほしいんだけど」
「くぅ……まあいい。学校に行く以外ならのまんでやらんでもない」
「そうか。じゃあ学校に行ってくれ」
「今言ったよな! あーし、学校に行く以外なら、っていったよな!?」
「知らん」
「本当に何だよこいつぅううううう!!」
まったく、内向的な性格のくせにどうしてこうもアグレッシブなのか。流石の俺の態度に腹を立てたのか、ポコポコと殴りかかってくる未若沙であるが、生憎なことに後衛ジョブの彼女のSTRでは俺にダメージを与えることはできない。
そんなわけで、ごみがこれでもかと散らかった汚部屋であることを除けば、冷房が効いてて居心地のいい空間であるこの部屋に俺は居座りを決め込むことにした。
「……チッ。お前が頑固なことは知ってっから、梃子でも動かないことはわかったよ。んだが、それはあーしも同じ。学校なんて死んでも行きたくないね」
「まあまあ、話を聞けよ」
こんな態度の彼女であるが、外に出れば人が変わったようにしおらしくなるから不思議なもんだ。今度皆に見てもらいたいが……まあそれはまたこんど。
とにかく、こいつは俺以上の眼と頭がある。だからこそ、夏を乗り切り、そして彩雲プランテーションを上へと持ち上げるためにも、こいつの力が必要なのだが、口下手な俺に果たして説得ができるだろうか。
「とりあえず、今回俺が持ってきた話には三つの目的がある」
「むぅ…………」
面と向かって話を進める。こんなこいつでも、仕事の時ばかりは外に出るのだから、あくまでも仕事という雰囲気で話を進めれば、少しは聞いてくれるのではないかという打算だ。
「まず一つ。軍曹からの要請だ。高校生にもなって引きこもってたら、就職先が決まってるとはいえ問題が出てくる。少なくともそのコミュニケーション能力を何とかしてくれ、だってよ」
「お前も知ってんだろ、あーしがこうなってる理由ぐらい」
「知ってるよ。だからこそ俺も軍曹と同意見。立ち直ってくれた方が、俺としても安心できる」
芥ほどではないが、未若沙とも俺は長い付き合いだ。もう一人の幼馴染と言っても過言ではないかもしれない。
だからこそ、そんな友人が自分の殻に閉じこもっているのは見過ごせない。できることならば、学校にでも来て友人の輪でも広げてほしいもんだ。
「二つ目も軍曹だけど……『ぺろぺろ、未若沙ちゃんの制服姿が見たいぺろ』だってよ」
「授業参観のお父さんかよ!? っぱあいつ変態だなおい!」
まあそれは同感だが、低年とか騎士に比べたらまだまだ……ともかく、だ。
「それで最後が、俺が今プロデュースしている彩雲プランテーションの監督。それを内側からやってほしいんだ」
「なんであーしが必要なんだよ」
ぶっきらぼうにそう言う未若沙。一応、こいつも彩雲プランテーションのことは知っているはず。なにせこいつも新人配信者学生板のコテハンメンバーだしな。
「なんでって……」
なんで、か。まあ、こいつが俺に近い考えで戦略的に動けることを知っていた、とかどんな時でも冷静に状況を判断できる、とかは考えていたが……ただ、それ以前に芥を配信者にするときから、俺はこいつがアイドルになることを考えていた。
今でこそちょうどいいと、獅子雲が芥の隣に立ってはいるが……最初に俺が思い描いた絵図には、芥の隣に立っていたのは未若沙だった。
その理由を一言で表すとすれば――
「……未若沙を可愛いと思ったからだな」
「は、はぁ!?」
未若沙がアイドルとしてふさわしい美少女であり、そしてキャラクター性を持っていると思ったからに他ならないだろう。
「お、おいそれ正気で言ってんのか!? あ、あーしが可愛いとか……」
「そうだな。確かに髪はぼさぼさだし隈もあって不健康そうにしか見えないが――」
「ほら、やっぱりな! あーしをからかって遊ぶとか性質が悪いぞ死神ぃ!!」
前言を撤回する間もなく、怒り交じりに俺に手を上げる未若沙。ただ、話を全部聞いてもらうために、俺は向かい来る手を掴んで、未若沙の顔を引き寄せた。
「話を聞けよ未若沙。その程度で未若沙の魅力が損なわれるわけじゃないって俺は言いたかったんだ。これでも一応、長いことお前の友人やってるんだから、信用してくれてもいいと思うんだけど?」
至近距離で見つめ合う。俺の言葉に対する反応はないが、目と鼻の先にある未若沙の眼がしっかりと見開かれていることから、聞こえているわけではなさそうだが――
「少なくとも、可愛くともなんとも思ってないやつを俺が誘うかよ」
「……~!! わ、わかったよ! 行けばいいんだろ行けば!」
なんとびっくり、俺の熱意は伝わったらしい。
一応、断られたときのためにいくつか策を用意していたんだけど……必要なかったみたいだ。
「助かるよ」
「ふん、あーしがアイドルになったらそらもうファンも儲けもがっぽがっぽ。もうお前とは友人じゃいられねぇかもしれねぇな、死神」
「そうなったら少し困るな。俺としても、こうして気楽に話せる友人は多いことに越したことはないし」
「そうかよそうかよ……いつかその鼻、明かしてやるからな。覚悟してろ」
「……?」
「とーにーかーく! 話が終わったんだから早く出てけ! あーしにもプライバシーってもんがあるんだよ!」
「わかったわかった。明日もまた来るからな!」
「好きにしろ!」
確かに話も終わってしまい、ここに居座る理由もなくなってしまった俺は、未若沙の勢いに押されるがままに追い出されてしまった。
とはいえ、言質は取った。携帯で録音済みである以上、明日になったら、否が応でも連れていくこととしようか。
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