第59話 伝説のファミレス
ミルチャンネル。
二年前に始動した、高校生ダン活(ダンジョン配信活動者)パーティー。
当初は高校一年生である南向麦と同級生である
チャンネル登録者は『465159人』。学生配信者にしては驚異的な数字である。おそらく、現学生配信者の中でミルチャンネルに並ぶ配信者は片手で数えるほどしかいないだろう。
既にプロの冒険者に混じって活動している実力派配信者でもあり、奇抜なテーマのもと行われる配信や動画の数々は、様々な視聴者を魅了している。
「ってのがこれから話す先輩方の情報だな」
「とにかくすごいってことはわかりましたわ」
色々と驚異的な先輩であるのだが、テレビで活動する冒険者しか興味のない獅子雲と、食べ物ばかりに気を取られる芥はまったくもって南向先輩のことを知らなかった。
まったく、ダンジョン配信者を目指すものとして恥ずかしくないのか――といっても、46万人のチャンネル登録者を持っていようと、ダンジョン配信を本業とする登録者100万人前後の連中と比べると見劣りしてしまうのは確かで、知らなくても仕方のないことだ。
とりあえず、俺はある程度の情報を今回の主役となる二人に共有しつつ、おそらくこれから行われるであろう話し合いについての作戦を説明する。
「――とまあ、とりあえず俺から言えるのはこんなところだな。とりあえず俺も同席するが、基本的にはお前らが話を進めろ」
「う、うんわかった。頑張る」
自分たちの先を行く先輩との対面に緊張気味な芥を落ち着かせながら、俺たちは待ち合わせ場所となるファミレスへと訪れた。
ファミレスに入ったところで、こちらに手を振る南向先輩が見えた。誘われるがままに席に向かってみれば、席に居たのは二人――南向先輩と北野原先輩の二人が俺たちのことを待っていた。
「こんにちは」
「昼休みぶりだね廉隅さん。それと、獅子雲さんと虚居くん、だよね?」
「はい。初めまして、虚居非佐木です」
「獅子雲なずなですわ」
「おぉ、すごいナチュラルにお嬢様言葉なんだ獅子雲さん。キャラ付けかと思ってた……」
さて、獅子雲の奇妙な口調に南向先輩が驚いたところで、向かい合うように俺たち彩雲プランテーションは席に着いた。
「とりあえずドリンクバーでいいよね。あ、ここは奢ったげるから好きなの注文していいよ」
「あ、はい。ありがとうございます!」
ささっと慣れた手つきで俺たちの分の注文を終わらせた南向先輩。何とも太っ腹にそう言った。とはいえ、獅子雲は貧乏なこともあってか意外と節制する方だし、俺も特に何か注文したいものがあるわけでもない。
ちらりと芥の方を見てみるが、食い意地よりも先輩との話の方に意識が言っている様子で、追加の注文はなかった。
「とりあえず、さっそくではありますが本題ってことでいいですかね?」
「んー……まあいいか。といっても、私たちがここで開いたのは親睦会ってところだけどね。あ、他三人は部活やってて予定被っちゃってるんだ。ごめんね」
可愛らしく舌を出してそう言う南向先輩の目的は、どうやら親睦を深めるための会だそうだ。
「いやはや、まさか同じ学校の生徒と同じ番組に出るとは思ってなくてさー。今日はその宣戦布告? いや、どっちかって言うと仲良くしよって言いに来たんだよね」
「番組って……あ! そういえばその話をまだ詳しく聞いてませんでしたよ虚居非佐木!」
「……そういやそうだな」
実際、二人にテレビに出ることを伝えたのは今朝だし、昼休みは獅子雲の定期決闘と学園の人気者の来訪イベントがあって話すタイミングを逃していた。
「情報共有もまともにできないのか」
「彩雲プランテーションは大事な話は顔合わせて行うのがやり方なんですよ北野原先輩。外出制限のかかった休日に出かけるのは不良のすることでしょう?」
「こら、北野原君。食いつかないの」
「……すまない」
さて、こちらに小言を言ってきたのは眼鏡を光らせる北野原先輩。見た目通りキャラクターであるが、芥たちが畏縮するからやめてほしい。
もちろん、親睦を深める場としてこの場をセッティングした南向先輩が窘めるが、反省していなさそうな表情で北野原先輩は引っ込んだ。
「とりあえず、同じ番組に出ることになったし、ほら組み分けもおんなじでしょ? だから、ここで仲良くしておけば本番もスムーズに助け合えるかなって思ってさ」
「なるほど……」
組み分け、というのは番組のことで、二週間後に撮影が行われる夏特番では、赤と白――つまるところ運動会のような組み分けを行い、チームで戦うといった形式の企画なのだ。
そして、ミルチャンネルと彩雲プランテーションは同じ紅組に配置されている。確かに、仲良くしておけば本番での見どころになるだろう。
「だけど、とりあえず今日は普通に雑談でいいかな? 好きなお店とか、好きな遊びとか。同じ配信者として友達になりたいなーって思ってるんだけど、だめ?」
「え、い、いえいえ、そんなことないですよ!」
「ほんと? よかった。じゃあいい子な廉隅ちゃんからお話を聞いちゃおうかな~!」
――それから行われたのは、番組とか配信とかは全く関係のない雑談会であった。
女子三人がきゃいきゃいと話していたのは覚えているが、北野原先輩や俺が口を開いたのは数度ほど。やはり俺には女子のあの距離感の詰め方はまねできない……。
「……虚居」
「なんですか、北野原先輩」
そして会の終わり際。トイレに行った俺の後を付けて来た北野原先輩が、俺に話しかけて来た。
「先に行っておくが、俺は余り会話というモノが得意ではない」
「奇遇ですね。俺も似たようなものです」
よくそれで配信者やってられるな、と思うが、彼はクール突っ込みキャラ。落ち着いた態度で、要所要所で的確な発言をすることで、配信の雰囲気を引き締めてくれる縁の下の力持ち役なのだ。
発言のタイミングと、的確な指摘。そして少しばかり毒舌な言葉さえあれば、口数が少なくとも存在感を発揮することができる稀有な例。
ともかく、そんな北野原先輩が何の用だろうか。
「あのままじゃあ、あの二人は食われるぞ」
「知ってますよ」
なんだ、宣戦布告か。しかも、さっきの南向先輩とは違う、正真正銘の。
気を張っていたが、予想通りの言葉が出て来た以上、こっちも予想していた対応をする。
「安心してくださいよ。新メンバーが控えてますんで、撮影までには更に彩雲プランテーションは変わりますよ」
「そうか。だが――」
「警告はいらない、と言ってるんです。それに、食われたらそれまで。俺はそう思ってますんで」
「……余裕があるんだな、お前にも」
「見かけだけですよ。こっちにもやらないといけないことがあるんで、いっぱいっぱいです」
「そうか」
警告はいらない。というよりも、口うるさい友人から十分に警告は頂いているってところだな。なんでそいつには悪いが巻き込ませてもらうことにしている。
それに、彩雲プランテーションに牙を突き立てるのが誰であろうと、負けたところで問題はない。いや、大きく芥の将来を制限してしまうからこそやりたくはないのだが、策はある。
それに、獅子雲の夢を終わらせてしまう以上、ここは絶対に失敗できない。
だから、望む以上は手を尽くすつもりだ。それでもだめだったら――まあ、それまでだ。
「楽しみにしてますよ、本番」
「そうだな。俺も、彼女たちには期待している」
そう言って、北野原先輩は先に席に戻っていった。
しかし、警告や宣戦布告ならば雑談の席でやっておけばよかったのではないだろうか?
ま、いいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます