第58話 伝説の偵察
「貴方が廉隅芥さんね」
多くのギャラリーに紛れて教室の中から様子を伺ってみれば、ちょうど南向先輩が芥へと話しかけるところであった。
どうやら机を寄せて友人と食事をしていたらしい芥(食べていたのは芥だけのようだが)は、びっくりした様子で南向先輩へと目を向けていた。
近くに居るのは――古波星々と新畑深堀だったか。
ともかく、ことの主役は芥と南向先輩の二人である。もう一人二年の先輩もいるけれど、話すつもりもないのか口を閉じているので注目する必要はないだろう。
「え、えと。はい、私が廉隅芥です、けど……なにかありました?」
俺の知る限りお互いに帰宅部である以上、芥と南向先輩の間に接点はない。それが芥の態度にも表れており、緊張した様子を見せながら芥は訪れた先輩を歓迎した。
「貴方のことはよく知ってるの。二か月半前から始まって、怒涛の勢いでチャンネル登録者を伸ばしている新人配信者……確か、先日七万人に到達したんだっけ? すごいじゃん」
チャンネル登録者という数字がそのまま戦闘力として表されるのならば、南向先輩と芥との間には天と地ほどの力の差がある。まさしく強者からの賛辞、ともとれるその言葉に、芥は「配信見てくれてた人なんですね。ありがとうございます~!」と友好的に接している。
あいつ、南向先輩のことさては知らないな? ……多分、芥のことだから有名な先輩としか知らなさそうだ。
「ふぅーん……」
自己紹介をするでもなく、南向先輩は芥のことを見る。それから、きょろきょろと教室の中を見渡した。
そんな彼女の様子を見て、不思議そうに首を傾げた芥は素直にその行動について問いかける。
「どうしました?」
「えっと……もう一人いたよね? あの金髪の外国人見たいな子」
「ああ、なずなちゃんは別のクラスで、集まるのは放課後なんですよ」
「あ、そうなんだ」
どうやら獅子雲の姿を南向先輩は探していたようだ。まあ、俺がいくつか予想した先輩がここに来た理由のどれであろうと、獅子雲も居た方が都合がいいのは確かか。
おそらくでしかないけれど、南向先輩がここに来た目的は視察と勧誘だろう。おそらく、とは言ってみたけれどそれしか考えられないが。
ま、獅子雲は現在、先の俺との対戦に敗北して自分のクラスで意気消沈しているところだ。騒ぎに気づいてこっちにくることはないだろう。
「ふぅーん……じゃあどうしよっか」
先ほども見せた思案顔を浮かべる南向先輩。独特な空気を醸し出しながら吐き出される唸り声一つとっても様になっているのだから、人気配信者というモノはすごいな。
長く伸ばされた亜麻色の髪に、ワンポイントの髪留めが映えるその姿は、凛々しくも可愛らしい女子らしさを伺えるもの。それでいて、抜群のスタイルが見せる佇まいはそれなりの猛者が放つ威圧感を持っている。
ジョブのクラスのほどはわからないけれど、年齢に見合わない技量を持っていることは確かだろう。少なくとも、レベルに驕らない戦い方ができる手合いであることは間違いないか。
「当初の予定通りにした方がいいんじゃないか、南向」
「それもそうだね」
ここに来て、初めて口を開いたのは南向先輩と共に二年の教室に訪れた三年生男子である
彼も南向先輩と同じミルチャンネルで活動するメンバーの一人であり、俺が知る限りではメンバーの参謀役といった立ち回りをしている人物だ。
その姿は、絵にかいたような冷静沈着そのもの。どのようなハプニングに見舞われたとしても、眼鏡の奥に揺らぐ視線が動揺することはないだろう。
ミルチャンネルには、北野原先輩以外にもあと三人のメンバーがいるのだが……ここで説明する必要はないだろう。なぜなら――
「同業者として、そして今度の仕事相手として、ちょっとお話しない、廉隅さんっ♪」
なぜなら、夏の配信者特番の参加者の名簿には、彼女たちミルチャンネルの名前もあるのだから。
「し、ごと……? あ!」
仕事、と言われてピンときていない芥であったが、困ったように視線を泳がせたところで俺を見つけて、ようやく南向先輩が語る仕事が何かに気づいたようだ。
ついでに言えば、芥の視線によって南向先輩に俺の存在がバレたともいう。別に不都合は何もないが、日陰に生きて来た陰キャとしては学園を代表する人気者と目が合ってしまえばドキリとしてしまうものだ。
「あの子って、もしかして例のカメラマン君?」
「あ、はい。ちょっと呼んできますね」
「いいよいいよ。とりあえず今日のところは退散するから、放課後にお茶でもどうかな」
「放課後なら……」
「んじゃ決まり。はいっ、私の連絡先。私も帰宅部だから、放課後に授業が終わったら校門で待ってるね。あ、あと昼休みの邪魔しちゃってごめんね」
俺を交えた話し合いが始まるかと思えば、俺の存在と一緒にギャラリーにも気づいたであろう南向先輩が、さっさと芥に連絡先を渡して退散してしまう。
古波と新畑の二人にてへぺろと小さく舌を出しながら謝罪をしたところで、後ろを向いて、眼でギャラリーをかき分けながら廊下の先へと消えていった。
最後の最後。俺の姿を捉えた二人の眼が少し気になるところだけれど、まあ気にするほどのことでもないだろう。
あくまでも俺はカメラマン。
芥のためにも、獅子雲のためにも、チャンネルのためにも、毒にしかならない俺の素性は秘匿しておくべき。だから俺は、ただのカメラマンなのだ。
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