第57話 伝説の夏休み前
あれから色々あった。
あれとは
ともあれ、予想された被害を大きく下回ったのは、ひとえに芥や獅子雲、或いは愛代のような冒険者たちの活躍のおかげだ。
難易度Bクラスの暴走現象ともなれば、数百人規模の死傷者が出ていてもおかしくはないのだから。
ともかく、それだけ現場に駆け付けられる冒険者が居たということであるのだが――そうなると、冒険者不足による間引きが不足していたとは考えられないわけで――
「まさか、な」
俺の記憶に蘇る10年前の記憶。休日中、幾度となく考えた可能性。しかし、これは今考えるべきことではないため、いったん思考に蓋をする。
実際、今回の件について軍曹の方から会議の連絡が来ているし、考えるのはそれからでいい。
今は、どちらかといえばテレビについてだ。
というのも、軍曹の伝手を使って八月の特番に彩雲プランテーションをねじ込んでもらったのだ。それも、深夜番組ではなくゴールデンタイムの放送枠。
もちろん、コネだけではなく現在急上昇中の配信活動者としての面を推してもらい、入った形だ。
怪我の功名とでもいおうか、実は先日の
大体は俺――もとい少年Xが原因だ。ネットに出回った事件の映像で、俺が大々的に取り上げられた。その際、俺と話した芥に対して注目が集まった形だ。本来であれば微々たる影響でしかないモノの――少年Xの知名度が知名度だったわけで、今もなおコメントには少年Xとの関係を尋ねるようなものが散見されている。
ただ、表向きには少年Xの情報は伏しているのが現状だ。もちろん、俺の素性を知る芥や獅子雲には気づかれているだろうが……いや、獅子雲は勘が鈍いから気づいてないかもしれないけど。
ともかく、俺が少年Xであるという情報は、特大のバズネタであると同時に爆弾のようなものでもある。簡単にその関係を明かしてしまえば、チャンネルの主役である二人を押しのけてカメラマンである俺に注目が集められてしまい、この二か月苦労して作り上げたチャンネルの雰囲気がぶち壊されてしまう公算が高いのだ。
だから、俺の情報は伏せつつも、あの事件で唯一少年Xと接触した人物としてチャンネル登録者を稼がせてもらっているのが現状だ。
ともかく、これまでの活動もあり彩雲プランテーションに注目が集まっているのは変えようのない事実であり、それを上手いこと利用してテレビ出演の権利を勝ち取ったわけだ。
ちなみに、番組名は『サマー特番【今話題の学生配信者たち大集合。夏の無人島ダンジョンサバイバル】』である。
昨今のテレビの影響力は薄れていると言わざる負えないが、それでも数十年の歴史を持つ知名度は、栄光に翳りが見えた今もなお不変のアドバンテージ。
ここ十年で栄えて来たネット配信とは比べ物にならない金と人が動いているのは疑いようもない事実であり、ここから彩雲プランテーションの今後が決まっても過言ではないだろう。
特に、学生を中心とした番組は視聴率が回る。この番組を見る彼らは、自分たちがかつて持っていた若さに惹かれるのだから。
そんなわけで注目が集まる――つまるところ、安定した視聴率を持つことが担保されていると言っても過言ではない話題の渦中で、彼女たちはどれだけの爪痕を残せるのか……。もちろん、悪い爪痕は残さないでほしいものだが。
問題は、若さとビジュアルという武器では、同業者たちに歯が立たないことか。番組の出演者たちは、同じく芥たちと同年代の学生であり、しかも有名な配信者たちだ。
彼彼女たちは人を惹き着ける才能をもって、番組に臨んでくる。今の芥たちでは到底太刀打ちできない相手であるのは間違いない。もちろん、“今の”でしかないのだが。
問題は番組出演中に俺が関与でき無さそうなところなんだよなー。もちろん、同じグループ活動者や軍曹の関係者としての権限で同行することはできるだろうけど、出演者と同じ土俵で立ち回ることは難しい。
ここに来て初めて、俺の手を離れた彼女たちの戦いが始まるわけだ。……まあ、遅すぎるくらいなのかもしれないけどさ。
「……手は打っておくか」
番組の撮影までにはまだ二週間も時間がある。時間は足りないが、手を打っておくことに越したことはない。
願わくばうまくいってくれと思いながら、俺は一人の知り合いへとメールを送ったその時だった。
「ん?」
なんか騒がしいな……。
現在時刻12時36分。学生待望の昼休みに入って少し経った時間帯。そんな時間に、ふと教室の外を見てみれば、何やらざわめきが聞こえて来た。
「なあ獅子雲。なんか教室の外の方が騒がしいみたいだぞ」
「そんな言葉で気を逸らそうなんて百年早くてよ虚居非佐木! ふふ……私の神の一手に恐れおののくがいいですわ!」
「はい、王手詰み」
「え?」
考え事ついでに獅子雲が持ってきた将棋の相手を終わらせたところで、俺は教室の外の様子を見に行った。
してみれば、二年生のクラスしかないこの階層に、珍しく上級生の姿があった。
しかも、だ。よりによって、彼女たちの顔を俺は知っていた。いや、あの二人の顔を、この学園で知らないものなどいないだろう。
「敵情視察、ってところか? いや、違うな。どっちにしろ、芥のことを確かめに来たのは確かだろう」
二年生たちの視線を集めながら廊下を歩くのは二人の上級生の男女。前を歩く女子は、この学園で知らぬ者はいない有名人。
しかしその知名度は学園だけに収まらない。
俺たちも活用している配信動画投稿サイト『METUBE』にてチャンネル登録者『46万人』の頂に立つダンジョン配信界隈超大型新人のひとり、『ミルチャンネル』こと
彼女が芥の所属する教室に入っていくところを見送った俺は、野次馬たちに紛れて後を追いかけるのであった。
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