第56話 伝説の休み明け


 夢を見ました。


 別になんてことはない、過去の回想。よくある話で、心に残った昔を思い返し反芻するだけの、何でもない儀式。


 それだけのはずでしたわ。


「お父様!」


 多分、私の身の上は、人並みに比べれば少しだけ不幸だったと思います。ただ、不幸のどん底かと言われれば、それは違うと言えましょう。


 とはいえ、幼心に起きた災害は私の心に深く刻まれてしまうのです。


 憧れの父の死という形で。


 ええ、ええ。親の死、というのは意外にもありふれたものでして、不幸ではあるとは思いますが、特別というには少々誇張が必要でしょう。


 たとえば、そう。モンスターの魔の手が私に伸ばされたその時、自分をかばって父が死んでしまった、とか。貫かれた心臓から流れ落ちる血が私の顔を汚した、とか。


 そういう、如何にもなエピソードがあってこそ、悲劇のヒロインらしくなるものなのでしょう。


 ただ、私はその出来事を不幸、という言葉では片づけられなかったのです。なぜならば――彼という追うべき背中を見つけることができたのですから。


「大丈夫か!」


 崩れ落ちるお父様の体。生温かく皮膚を這いずる鮮血の感触。その中で、次なる獲物だと私を睨んだモンスターがはじけ飛んだ時、その声は聞こえてきました。


「……っ。間に合わなかったか。いや、そっちの方は生きてるな。ちょっと待っててくれ……〈弧狗狸子〉――〈寝狸霧〉、救助者頼む」

『御意』


 犬のようなお面を付けた、私と同年代ぐらいの男の子がお父様を殺したモンスターを倒したのだと、私はすぐに気付くことができませんでした。


 それでも、死、という結末だけは逃れることができたことに安堵し、そしてお父様が死んでしまった現実を見てしまったが故に、私の心は疲弊し、そして暗がりの中へ落ちて行ってしまうのです。


 意識を失う直前で、改めて私は、私を助けてくれたその背中を見ました。


「誰、ですの?」

「……さあ、誰だろうな」


 その声を、私はよく覚えていました。声変わりが終わったぐらいの、幼くもしっかりとした男のこのその声を――



 ◆◇



「おはようですわ!」

「相変わらず元気だな、獅子雲」

「おはよーなずなちゃん!」


 朝の時間。最近の私の――獅子雲なずなの日課には、こうして朝早くに出かけて登校中に我がライバルである虚居非佐木と挨拶を交わす、というものがありますの。


 いつもならここで、ライバルである虚居非佐木に対して勝負の一つや二つ――いえ、三つや四つを仕掛けるところですが……今日は登校再開日。いかに鎬を削るライバルと言えど、久しぶりに訪れた朝の時間を堪能させてあげることにしました。


 というのも、先日起きた事件。彩雲町突発性暴走現象アクシデントスタンピードに原因がありますの。


 事の経緯は省くとして、彩雲町にて起こるはずのない暴走現象スタンピード――所謂、ダンジョンからモンスターが大量発生したのですわ。


 もちろん町は大パニック。冒険者たちの奮闘により被害こそ抑えられたものの、それでも犠牲者三人、重軽症者四五人、行方不明者七人という被害を出した以上、彩雲ダンジョンを管理していた政府への責任追及は行われました。


 もちろん、政府としてはモンスターの間引きに不備があったわけではありません。それは、ネット上にて政府が出している管理ダンジョンの公式ページから、月更新の討伐数のページを見れば一目瞭然。


 ここ一年の間に、世界が規定している難易度別の暴走現象抑制のための討伐数のラインを下回る記録はありませんでした。


 となると、間引きされなかったモンスターがダンジョンの外に出てくる暴走現象スタンピード以外にも、暴走現象スタンピードが発生する原因があるのでは、という考察が浮かんできてしまいます。


 そのため政府は、今回彩雲ダンジョンで起きた暴走現象スタンピード突発性暴走現象アクシデントスタンピードと命名し、解決に乗り出す方針を出しました。


 そして、安全のために彩雲ダンジョンそれほど遠くない位置にある彩雲高校は一時休校。期末テスト終わりの生徒たちを祝うように、夏休みを先取りする一週間近い連休が与えられたのです。


 そして、彩雲ダンジョンの安全が確認されたという報告の下、学校が再開されて今日という日が訪れたのですわ。


「しっかし、大変だったね暴走現象スタンピード

「らしいな。偶然にも俺は東京に行ってて気づくのが遅れた」

「廉隅芥は〈豪運〉であるというのに、貴方は幸運なのですわね虚居非佐木」

「被害を免れてラッキーなんて言う気はないぞ、獅子雲。どちらかといえば、俺もある程度戦える手前、戦場に出れなかったことを悔やまれる」

「ふーん……ひーくん、東京にいたんだ」

「ああ、東京にいたんだよ」


 そして私たち――廉隅芥と私は、暴走現象に立ち会い、同級生と協力して救助活動を行っていました。幸い、どちらも後に残るようなケガを負うことなく戦いを終えられたことは幸運でしょう。


「……」

「どうした獅子雲。ぼーっとして」

「あ、いえ。なんでもありませんわ」


 ただ、気になることが一つありますの。


 あの時、私はユニークモンスターの攻撃で意識を失っていたためその姿を拝むことはできませんでしたが――ネットに飛び回る映像に映るあの暴走現象を収めた冒険者に、私は強い既視感を覚えましたの。


 狗のお面に狸の召喚獣。銃を使った攻撃手段と、遅れて現れたあの姿。


 あれは、まぎれもなくあの時の男の子――彼が少年Xという伝説の少年であったことは知りませんでしたが、私はこの出会いに運命を感じてしまいました。


 彩雲ダンジョンの暴走現象に駆け付けた、ということはもしかすればこの町の住人であるかもしれないのですから。


「もうすぐ夏休みだねー!」

「ですわね」

「今年もいっぱい楽しむぞー!」


 既に夏休みの一部が先取りされているわけですが――どうせならば、この大型連休を使って少年Xを探してみましょうか。


 おそらく、あの方は今は高校生。もしかすれば、彩雲高校の誰か、かもしれませんわ。あれほどの実力者ともなると、噂が立って必然。意外にも、早く見つかるやもしれません――


「あ、二人とも悪い」

「ん? どうしたのひーくん」

「夏にはやってもらうことがあるから忙しくなるかもしれない」


 廉隅芥と私がこれから始まる夏休みに思いを馳せていると、横から申し訳なさそうに――しかし、相も変わらずの何を考えてるかわからないぼんやり顔で全然申し訳なさが感じられない調子で、虚居非佐木が言うのだった。


「配信関係?」

「んにゃ、アイドル関係。――そうだな、こういった方がいいかもしれない。獅子雲」

「なんですの?」


 アイドル、というと廉隅芥と私のユニットである彩雲プランテーションに関係することでしょうけど、なぜ彼は廉隅芥ではなく私の方を向くのでしょう。


 もとはと言えば、彩雲プランテーションは廉隅芥の借金を返済するために作られたアイドルユニット。もちろん、私にもメリットがあって参加しているものですけれど――何かを伝えるのならば、廉隅芥に伝えるべきではないのでしょうか?


 そんな疑問を向けて、私は虚居非佐木の言葉を待った。


 予想もしていなかった、その言葉を。


「テレビ出るぞ」

「……え?」

「夏特番だ。ダンジョン配信者の特番に彩雲プランテーションを何とか入れ込んでもらった。活躍次第じゃ、お前の夢がかなうかもしれねぇな」


 そう言ってにやりと(かなり不器用に)笑いながら、彼は驚く私たちを置いて先を歩いてしまうのでした。


 

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