第53話 伝説の包囲網


「……ギリギリセーフ!」

「アウトですわ! ……いえ、五体満足で生きているだけセーフといったところですわね」


 芥がシールドを使い七色孔雀の攻撃を耐えているうちに、秋月と獅子雲が咄嗟の連携で七色孔雀の命を刈り取った。


「い、生きてる……?」

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……ありがとう」


 芥がかばった男も、芥自身も大事はない。槌士のジョブスキルとして獲得したシールドの強度に感謝しつつ、体勢を直した芥は男へと手を伸ばした。


 ただ――


「申し訳ありませんが、廉隅芥。戦闘態勢をお願いしますわ」

「な~んで、足手まといしかいない状況でこうなるかな~……ったく、自分の運命が憎い」

「ひ、ひぃ!! も、モンスターが!!」


 状況は、限りなく最悪に近かった。


 おそらくは戦闘音を聞きつけて来たであろうモンスターが十数匹。七色孔雀と遭遇した十字路の真ん中に立つ芥たちのもとへと近づいてきたのである。


 前方に3。後方に4。左に2。右に4。


 極彩色に彩られたモンスターたちの集会だ。


「左側の数が薄い。そっちの方から逃げたいところだけど――」

「す、すまねぇ……腰が抜けちまって……」

「まったくもって手がかかるな〜!!」


 どうやら、救助対象の男は腰が抜けて動けなくなってしまったらしい。とはいえ、そんな彼を責めないであげてほしい。なんたって、彼らの前に現れたのは、冒険者でもない人間など造作もなく殺すことができるモンスターたちなのだから。


「廉隅! その男を背負って左の通路に走って!」

「う、うん! わかった!」


 冒険者としての経験が長い秋月が指揮を執り、もっともモンスターの少ない十字路向かって左側へと逃げることを選択する。


 先に居るのは、七色熊と七色甲虫。幸運なことに、七色熊は比較的AGIが低いパワータイプのモンスターであり、虫も投擲物にさえ気を付ければ問題のない敵である。先制攻撃を仕掛けてひるませれば、その横を抜けていくことはたやすいだろう。


 だからこそ、この場で一番AGIが高い獅子雲が走る芥を追い抜いて、七色熊へと先制攻撃を仕掛けた。


「〈雷光〉!」


 迸る雷撃は七色熊の全身を貫き、その体に大きなダメージを与える。そして、当初の目論見通り電撃によってしびれた七色熊の行動は更に遅速なものとなった。


「〈疫病のやじり〉」


 そこに加えられる秋月の追撃によって、七色熊は状態異常を発症。先ほどの猿とは違い、胃の中身をひっくり返したかのような嘔吐を繰り返す熊の横を、救助者を背負った芥は迅速に駆け抜けた。


「よし! 二人も早く!」

「わかってますわ!」

「言われるまでもない~」


 素早くも攻撃能力が低い甲虫を、秋月が軽くあしらったところで続く二人も芥に合流した。


「それにしても、なんでモンスターってこんなに人間を襲ってくるんだろう……」

「それこそオカルトの領域に踏み込むお話ですわよ。30年前から、奴らの行動理由は解明されていませんもの」


 ふとした疑問を紡ぐ芥に、言葉を返したのは獅子雲。その顔には、悔しげな表情が浮かべられる。


「二人とも! 雑談してる暇があったら、周囲を警戒して~!」

「あ、ごめん!」


 ただ、救助者を抱えている手前、雑談に興じている暇はないと秋月の叱責を受けてしまう。


 確かにその通りだと芥が秋月へと謝ってから、今度こそ急いで安全地帯に向かおうと前を向いた芥だったが――


(……子供?)


 その時、視界の端に映った人影に気を取られてしまう。


「あれ、居ない」


 ここが住宅街である以上、子供が居ることに不自然さはない。しかし、芥にはどうしても拭いきれない違和感を抱いて、子供のいた方を振り返ってしまった。


「どうしました?」

「いや、さっきそこに子供が……」

「また救助者~? それも子供とか、僕子供嫌いなんだよね~……」

「お、俺のことはいいから、子供が居るなら助けてあげてくれ。あと、もう自分で歩けるから、降ろしてほしい」


 子供の影を見たという芥の言葉に、一同は足を止める。それから、流石に子供の命が優先だろうと、救助されている男もそちらを優先してくれと言った。


「一旦その人は僕が預るよ〜。子供の方は、二人で探してきて〜。一応、ここにいるから、何かあったら声とかで合図をお願いね〜」

「う、うんわかった」

「それと、廉隅はさっきの頭の上に飛ばしてたスキルで常にAGIを上げてて。モンスターとは戦わない様に、逃げることを優先で~」

「わかりましたわ」


 救助対象が居るとなれば、助けた方がいいだろう。そう考えた秋月は、ひとまず自分はここにとどまり、AGIの高い獅子雲と高い状態にできる芥に子供の捜索を任せた。


 もちろん、自分が出た方がいいのだろうが――かといって、救助者となる男を放っておくこともできない手前、二人に任せる形となったのだ。


 そうして子供の捜索を始めた二人だが、すぐ近くの道を歩いていたはずの子供の影は見当たらなかった。


「……本当にいましたの?」

「う、うん。なんかこう、真っ白な髪の女の子が歩いてたんだよ」

「幽霊だったりしません?」

「そこは、家の中に避難したとかいうところじゃないかな!?」


 不吉なことを言う獅子雲を責める芥。とにもかくにも、あの子供は家の中に避難できたのだと願うしかなくなってしまった二人は、この場を後にする。


「居なかったの?」

「うん、影も形も見当たらなかった」

「なら急ぐよ~!」


 そう言って救助者の男に立ち上がることを促した秋月は、急いでこの場を離れようと号令を出す。


 その判断は間違ってはいない。内心二人のお守から離脱したいがための号令ではあったのだが、実際、救助者を抱えている以上、行動に制限が生まれてしまうため、今のように他の救助者を発見した場合の行動が遅れてしまう。


 だから、まずはこの救助者の男を避難場所へと届けることが先決だ。


 その行動に間違いはない。間違っていたとすれば――


「……なに、あのモンスター?」

「見たこと無い姿……まさか!!」


 彼らの中に、なんとも〈豪運〉な人間が混じっていたことが、問題だったのだろう。


「ユニークモンスター!?」


 極彩色に燃え盛る炎を添えて、そのモンスターは芥たちの前に姿を現した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る