第52話 伝説の救助活動
もし彼女がその場にいる理由を説明するとするならば――等しく〈豪運〉だったのだと、答える必要があるだろう。
それほどまでに偶然に、それほどまでにさりげなく、それほどまでに危機的に、それほどまでに緊急性のある悲鳴が、芥の耳に届いたのだから。
「悲鳴!」
「どちらから聞こえました?」
「あっちの方から!」
だからこそ、少し離れた場所とは言え悲鳴が聞こえて来たからには、急行する以外の選択肢が彼女たちにはなかった。
「見えたっ! ……ってすっごい光ってる!?」
住宅街の十字路を曲がり、悲鳴のもとに駆け付けてきた芥たちに待ち受けていたのは、家一軒を倒壊させながら佇む、無色透明なクリスタルだった。
一見してそれは、ダンジョン一層に存在するジョブクリスタルとは違い、加工されたような痕跡が見えない自然物のようにも見えるとげとげしいフォルムをしている。
そしてよくよくそのクリスタルを見てみれば、その足元に無数の節足が蠢ていているのがよくわかることだろう。
そう、それは決してクリスタルという鉱物そのものがゴーレムのように無機物のままに動いているというファンタジー的な存在ではなく、虫という生き物がクリスタルを背負っているのだ。
そのモンスターの名は『色喰らいベルゼリチュリー』。淡くも毒々しい極彩色の光を放つクリスタルを背負いし、極彩街道のダンジョンボスである。
「初めて見るモンスターですわ……ここはいったん様子を見て――」
「いや、なずなちゃん! 足元に人がいる!」
ベルゼリチュリーが極彩街道のボスモンスターであることを知らない獅子雲であるが、未見の敵に慎重になる。
なにせ、ここはダンジョン外。初見殺しのギミックに殺されたとしても、ダンジョンのように甦ることなく死んでしまうから。
ただ、だからこそ芥は逆に急いでベルゼリチュリーのもとに駆け出すことなった。なぜならば、その足元に倒壊した家の住人であろう人間が居たから。
休日となる今日、家で休息することを選んだ人間は多いだろう。彼もおそらくはその一人であり、何もない今日を存分に楽しんでいた一人だった。
家が倒壊し、そして見たこともないモンスターに襲われるまでは、まさか自分が命の危機に陥るなんて微塵も想像していなかったはずだ。だからこそ、自宅の瓦礫に埋もれながら彼は、目についた芥たちに向かって、助けを求める手を伸ばす。
死にたくないと、必死になる。
だから芥は思った。助けなくちゃ、と。
「ああもう、非佐木の友人でも流石に許せなくなってくるな~!」
「秋月君援護ありがとう!」
吶喊する芥の行動に悪態をつく秋月であるが、彼女が友人の幼馴染であり、そして愛代から任された手前、見殺しにすることなんてできない彼は、その吶喊を援護する。
「〈傘連万乗〉!」
宙に浮いた唐笠が、その下を走る芥に追従しつつ、彼女の低いAGIを底上げする。モンスターに襲われずとも、その身じろぎで救助対象が死んでしまう可能性もあるからだ。
――giiii……
自分に向かい来る芥に気づいたのだろうベルゼリチュリーは、扉が軋むような鳴き声を上げて芥を見る。その複眼が捉えた芥の姿に、ベルゼリチュリーは――
「「――悪いがその人は殺させられない(ませんわ)!!」」
何らかの行動で芥を迎え撃とうとしたベルゼリチュリーに浴びせられる雷光と斬撃。それは、二人の冒険者から発されたものだった。
「ぎっりぎりまに合ったー! 廉隅さん! 救助急いで!」
「無茶はしないでくださいまし!」
「ごめんなずなちゃん! それに、ありがとう愛代君!」
無茶をした自分のカバーをしてくれた二人に謝罪をしつつ感謝をした芥は、急いで瓦礫の中から男の人を救助した。
「あ、ありがとう……」
「自分で歩けますか? あと、家の中に人は?」
「きょ、今日は僕一人だけしかいなかったから……それと、一人で歩けるけど――」
「廉隅さん! 暴走現象中に一般人を一人で歩かせるのは危険だから、君と獅子雲さんの二人で安全地帯まで連れて行ってあげて!」
「え、でもそんなことをしたら、愛代君たちは……」
確かに、モンスター蔓延る戦場で冒険者ではない一般人を一人で歩かせるのは危険だ。しかし、だからといってこの見るからに危険そうなモンスターを愛代一人に任せるのは、それはそれで芥としては心配だった。
ただ、愛代は心配しないでと笑う。
「大丈夫。僕は――僕たちは、ダンジョン攻略部として、何度もこいつとやり合ってるからね」
そう言い放った彼のもとに現れたのは、二人の冒険者。
「そういうことだから、二人はその人を安全地帯に連れてってあげて。確か暴走現象中のダンジョンから二千メートルは離れれば大丈夫なはずだから」
「つまり、ここは俺たちに任せて先に行けぃって話でぃ」
現れたのは、我らが彩雲高校が誇るダンジョン攻略部が部員、藍井路十色と、湯前之前の二人だった。
そこに加わる秋月を含めた四人は、近場だからと中学生のころから何度も彩雲ダンジョンに潜ったメンバーであり、彩雲ダンジョンのボスであるベルゼリチュリーとは、顔なじみと言っても過言ではない関係にある。
だからこそ、四人は――
「あ、それとは別に秋月は二人の援護を継続してよろしく頼むよ」
「えぇ!? まだ僕子守しないといけないの!?」
「秋月のジョブじゃ、ベルゼリチュリーにゃ相性が悪すぎて役不足だっていつも言ってるだろうぃ」
「うぅ、わかったよ~。ほら、二人ともさっさと行くよ!」
「……わかった。三人も気を付けてね!」
「こっちのセリフだよ。気を付けて」
いや、三人は強敵となるダンジョンボスを引き受けた。
「とりあえず、まっすぐ避難するルートでいいよね」
「ご自由に~」
「ここら辺の土地勘はまだついてないので、私は口を挟みませんわ」
「と、とにかく安全な場所に行かせてくれ!」
そうして、ダンジョンボスが現れたこの場を任せた廉隅たちは、急いで救助した男を避難させるために――そしてその道中で、更なる救助が必要な人を見つけるために、まっすぐとこの戦場から離脱しようと動き出した。
ただ――
「……は?」
予想外というモノは重なるもので、そしてどうしようもないものだった。
歩き出してからしばらくもしなうちに、声が聞こえてきたのだ。
極彩街道で、自分が初めて死んだときにも聞いた声が。
「あ、危ない!!」
七色孔雀の狙いは、他でもな一般人。それに気づいた芥は、いち早く彼の前に出た。
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