第51話 伝説の援護


「前方二十メートル先屋根上に七色猿を四体確認~! 流石に二人の手に負えないよ~!」

「いえ、あの家の中から声が聞こえましたわ! 中の人間が打って出ない以上は、冒険者ではないと判断し助けに行った方がいいと思いますの!」

「私も同意見! 敵わないからって、無視なんてできるわけないよ!」


 住宅街を襲うモンスターの波は、ダンジョン内部のモンスター密度を超えて超過密。モンスターを倒せば次のモンスターが出てくるというわんこそばもびっくりの供給速度だ。


 その中で、援護に回る秋月は離れた場所に家の中に入り込もうとしているモンスターたちの群れを見た。しかし、浅層のモンスターに苦戦する二人に、あの数の七色猿の群れを相手するのは厳しいだろうと判断した秋月がスルーを促したが、誰かを助けるために動く二人は聞く耳を持たない。


「……これだから、自分勝手な人たちは嫌いだよ~――魔法発動マジック〈疫病の矢じり〉」


 身の程を知らない二人の判断に呆れかえったのであろう秋月は、いつもは見せない薄暗い表情を浮かべながら、その手に小さな矢を握った。


 先ほどまで手にしてた杖が変質したであろうその弓はあまりにも毒々しい蔓を伸ばし、弓としての形を保っている。そしてそのまま、病毒魔法からなる矢が弓へとつがえられた。


「〈一矢一中〉」


 続けて唱えられるのは命中率向上のスキル。他にも並行して発動される数々の常時発動型のスキルの恩恵を借りて、放たれた矢は七色猿の一体へと見事命中した。


 瞬間、猿の様子がおかしくなる。


 極彩色の毛が瞬間的に抜け落ち、猿らしく赤みがかった頬が青白く染め上げられる。


「状態異常のカクテルだよ~。さ、身の程知らずのお二人さん。好きなだけ正義を実行するといいさ」


 それこそが、魔法使い系統毒使い特殊派生クラス3ジョブこと、〈疫病家〉の力である。


 秋月が放った一矢は、〈疫病家〉の下位ジョブである毒使いから派生した状態異常の力を持った一撃。もちろん、それはただの状態異常ではない。


 疫病の名の通り、その毒は体を回り、様々な症状を引き起こす。猿の毛が抜け落ち、肌色が悪くなったのもその影響だ。


 しかし、秋月の〈疫病家〉の真価はここからである。


 はくしょんと状態異常にかかった猿がくしゃみをした。風に乗ったその音が獅子雲たちのもとに聞こえてきたその瞬間、群れていた他の猿にも状態異常の効果が表れ始める。


「な、何が起きているんですの!?」

「自分勝手な上に察しが悪いとか……ま、いいや~。感染したんだよ、状態異常が。それが僕のジョブの強さだからね~。ただし、僕のスキルじゃ殺しきれない。せいぜいが体調を悪くさせる程度の、性悪スキルに過ぎないのさ~」


 感染した瞬間に発病し、そして更なる宿主を求めて感染を広げていく。恐るべき広域弱体化魔法使いこそが、〈疫病家〉というジョブの真価である。


「……敵として現れなかったことを喜ぶべきでしょうか」

「ははは、アリーナでもないんだから気にする必要なんてないよ~」


 こともなげに恐ろしいことをやってのける秋月に戦慄する獅子雲。しかし、そうして会話している暇はないと、彼女は芥と共に屋根に上り、状態異常でまともに動くことのできない七色猿たちを狩っていった。


「ふぅ。ねぇなずなちゃん。これって何体狩ればいいんだろー……」

「一度の暴走現象スタンピードで出現するモンスターは、300匹から500匹とも言われていますわ。今のところ、私たちが討伐したのは10体と少し。近場に冒険者が居たとしても、すぐに終わる数ではありませんわ」


 一度上った家の上から、極彩街道の入り口を取り巻く住宅街を見下ろす二人。そこかしこで悲鳴と咆哮と戦闘の音が何度も聞こえてくる地獄絵図を、芥は悲しげな表情で見ていた。


「とにかく、人の死を見たくないのなら、私たちには戦う以外の選択肢はありませんわ」

「うん、わかった。でも、とりあえず家の中の人の避難のお手伝いはした方がいいと思うの」

「……いえ、その余裕はなさそうですわよ。次のモンスターの登場ですわ」


 家の中に侵入しようとしていた七色猿を討伐した芥は、家の中にいる人たちを避難させようとしたが、次から次へと現れるモンスターたちは、そんなことさせまいと再び二人の前に姿を現した。


 こんな調子ならば、家の扉をしめ切っていた方が安全なのかもしれない。


「……そっちの調子はどう~?」


 屋根の上からモンスターたちに先制攻撃を加える女子二人を見送りながら、後ろに立っていた秋月がどこかへと連絡をしていた。


『どうもなにもやばいってことしかわからないよ。とりあえずに十体ぐらいは斬ったけど、全然収まりそうにない』


 その相手は、先ほど別れた愛代であった。


『連絡は?』

「全体チャットで知り合い同級生に拡散済み。近場に居る運動部の連中にも連絡したけど、六月終わりのこの時期の休日となると出張ってる人の方が多かったよ~」

『そりゃそうだよね。インターハイにしろなんにしろ、学生には大切な時期。ったく、なんでこんな時期にこんなことが――』


 期待していた援軍の遠出に悪態をつく愛代。しかし、どうにもならないと理解してすぐに切り替えた彼は、冷静に情報を共有した。


『二人の調子は?』

「身の程知らず~」

『それを承知で僕は十六夜を付けたんだから、もうちょっとオブラートに包んでほしいな~』

「無理無理~、冨田月も僕の本性は知ってるでしょ~」

『まあいいや。ああ、それと――が居た。下手をすると、もっとやばいのが出てきてるかも』

「え、それまじ?」


 極彩街道を含めたダンジョンには、浅層と深層で難易度に大きな変化がある。それはギミックの増加や、単純なモンスターの強化、或いは群れを成していると様々だが――その中でも、どうやら愛代は深層でしか見かけないモンスターの姿を見たそうだ。


 となれば、浅層でやっと戦いが成り立っている程度の芥たちには厳しい相手が居るかもしれないと、彼は秋月に警告した。


「まあでも、そんな話聞いたこともないし~、そもそも他に戦ってる人もいる中で遭遇するとは思えない――」


 深層に潜む強力なモンスターならばまだしも、それらを超えるモンスターとなれば、ダンジョンボスかユニークモンスターぐらい。そんな強力なモンスターが出る暴走現象が発生しているなんて聞いたこともないし、発生していたとしても遭遇する可能性は低いだろうと、秋月が言ったその時だった。


「な、なんですのあのモンスターは!」

「すっごい光ってる!?」


 遠くから聞こえて来た二人の声に、頭を抱えるのだった。極彩街道産で光り輝くモンスターと言えば、彼が知る限りダンジョンボスしかいないからだ。


「……居たみたいだよ」

『まじかよ――ああ、いや。そういえばそうだった。廉隅さんの固有スキルって、確か〈豪運〉だったね』

「嫌な運だな~……」

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