第54話 伝説の焔


 燃え滾る極彩色の炎を携えた大猿が、騒乱の住宅街のただなかに現れた。


 身の丈は二メートル半と人と比べてかなりの大柄であり、ゴリラと言っても過言ではないほどに筋肉質。特徴的なのは、上半身から頭髪にかけての毛髪が揺らめき極彩色に燃え盛っていることか。


 それを見て、秋月はあの大猿は何かと考える。


 しかし、かれこれ二年は極彩街道で活動している彼からして初見極まりないそのモンスターがユニークモンスターであることを疑う余地はなかった。


「まさか、こんなところでユニークモンスターと出会うなんてね~……冨田月たちに怒られちゃうな~」

「ひぃ! 燃えてる!」

「秋月十六夜! 援護と救助者の護衛は任せましたよ!」


 立ち塞がるように現れた大猿に対して、押し通ろうという意思を見せる獅子雲であったが、その背中を秋月が呼び止めた。


「だめだよ~それは~」

「でも、この先が最短――」

「最短だろうが関係ない。あっちがこちらに手を出してこないうちに、僕たちは逃げるべき。この戦力じゃあ、絶対に勝てない」


 猪突猛進な姿勢を見せる獅子雲の言葉に嫌悪感すら示しながらも、秋月は冷静に状況を分析していた。

 そも、ユニークモンスターはそのダンジョンの特性にある程度即して現れる。海岸線のダンジョンでは水棲生物を基準としたモンスターが、雨降るダンジョンでは傘を差したモンスターが現れるように、極彩色に彩られた強力なモンスターが跋扈するダンジョンにおけるイレギュラーとして、あの大猿は現れたのだろう。


 そしてそれらは、総じてダンジョンボス――或いは上の難易度のダンジョンモンスターに匹敵する強さを持つ。難易度Bクラスの極彩街道のモンスターたちに苦戦する程度の芥や獅子雲に勝てるようなものではない。


 だからこそ、秋月は撤退を提案し――


「ッ!!!」


 その直後に、真横へと地面に平行に吹き飛んだ。


「なに!?」

「うっそでしょ……」


 何が起きていたのか、を何とか視認できていた秋月は血を吐きながら驚愕を露にする。何しろ、最も弱いであろう救助者の男や、自分よりも前に出ていた芥や獅子雲ではなく自分が襲われた、ということは、そこに意図がある可能性があるから。


 わざわざ一番後ろにいる一番強い奴を狙って攻撃を仕掛けて来た大猿は、秋月を無力化することに意味があるとわかって攻撃してきたというのならば――拙い。


「おい、逃げ――」


 その言葉間に合わず、まるで瞬間移動でもするように極彩色の炎が揺らめいたかと思えば、大猿の両こぶしが無防備に吹き飛んでいった秋月を見ていた芥と獅子雲の胴体へと刺さる。


「チィ……!!」

「ぐぅ……」


 避ける間もなく――否、その接近に気づく間もなく放たれた攻撃を、僅かながらに存在した猶予を存分に利用した防御を差し込みながら受ける二人。無論、防御に成功したとはいえダメージは免れない――


「あっぶないッ!!」


 いや、こと槌士系統がもつジョブスキル〈シールド〉の一撃限定攻撃無効化効果ならば、この不意打ちを無傷で乗り越えることも可能か。


 しかし、それは保険で持っておくべきスキルであり、今使ったとなればあと十分は使用不可。それに――


「なずなちゃん!」

「し、しくじりましたわ……」


 肝心の獅子雲は無傷ではなかった。


 もとより後衛とはいえ高レベルのクラス3ジョブである秋月や、VITに対して高い上昇補正のある前衛の芥と比べて、VIT、ENDのステータス両方に下方補正を獅子雲は余りにも打たれ弱いのだ。


 それこそ、大猿の拳一つで戦闘不能に追い込まれてしまうほどには。


「ひぃ……!!」


 この場で幸運なことがあったとすれば、その大猿が好戦的ながらも戦う相手を選んでいたことだろうか。おかげで、その脅威の矛先が一般人でしかない救助者に向くことはない。そのズボンは無事ではないのだろうが。


 とにもかくにも、撤退という僅かな望みを絶たれ、現在行動可能なのは芥一人。しかも、ここはダンジョンの外。死んでしまえば蘇ることなどできない場所。


「……かかってこい、ってわけ?」


 その中で極彩色に燃え盛る大猿が笑い、そしてくいくいと、こちらに向かって来いとでも言うかのように指を振った。まるで、戦いを楽しみ、望んでいるかのように。


(思えば、この大猿が最初に攻撃したのは、この中で一番強い秋月君。そして次に、レベル差こそ多少はあれど、同程度の強さの私たち――それに、救助した男の人には目もくれない。なるほど、戦い好きってことね……)


 ふと過る予感。ともすれば戦闘狂ともいえる大猿の思考に対して、一つの可能性を芥は見出した。


「そこの男の人!」

「ふぁ、ふぁい……!」

「二人を連れて逃げて……多分、私なら気を惹けるから!」


 それは、自己犠牲の提案だ。


 秋月や獅子雲に追撃を仕掛けず、ただ一人立ち上がる芥に挑発を仕掛けてくるということは、倒れた人間には興味がないだろうという予感。


 ただ、動けない二人が自力でこの場から離脱することは難しく、救助した男に助けてもらわなければいけないところが不安要素ではあるが――まあ、背に腹は代えられない。


 腰を抜かしてへたり込んでいた男であるが、自分よりも年下の女の子が危険を顧みて立ち上がったとなれば、根性を見せるほかない。恐怖を承知で立ち上がりながら、彼はよろよろと一番近くにいる獅子雲を助けるために歩いて行った。


 その様子を見てから、芥は〈傘連万乗〉を展開する。


「……お前の相手は私だ。さあ、かかってこい!」


 芥の言葉を理解しているのか、笑みを深める大猿はその拳を大きく振り上げた。瞬間、眼にもとまらぬ速度の一撃が芥を襲う。ただ――


「っ……」


 紙一重のぎりぎりで、芥はその攻撃を避けていた。


――?


 当たったと思ったが外れていた。そんな状況に疑問を呈する大猿は、振り下ろしたこぶしを横に薙ぎ払って再度芥を攻撃するものの、跳躍することで芥は猿と距離を取りながらその攻撃を回避した。


(躱せる……これは、ひーくんに感謝しないといけないな~)


 事実だけを言えば、芥と大猿の間にあるAGI速度には大きな開きがある。数値に表せば、実に800以上の違いがあるのだ。無論、それは大猿がAGIに偏重したステータスを有しており、また芥自身が保有するジョブ〈術槌士〉がAGIに対して下降補正を齎してしまうが故のものではあるが、それを差し引いたとしてもこの大猿は芥のAGIで追いつけるような相手ではない。


 文字通りレベルが違うのだ。


 だというのに、なぜ芥がこうも次々と大猿の攻撃を回避することができているのか。それは、何度か行われた非佐木による訓練の賜物であった。


 大猿なんかよりもよっぽど早い非佐木の速度で何度も打ち込まれ経験があるからこそ、芥は〈傘連万乗〉のAGI倍増効果を含めて大猿の速度に追い付くことができていた。


 そして、距離を取ったここからは反撃に転じる――


魔法発動マジック!! 〈土壁〉続いて〈落とし穴〉!」


 芥お決まりの〈土壁〉戦法の炸裂だ。しかも、おまけとばかりに追加で唱えられたのは、足元に深さ一メートルほどの穴を作り出す土属性魔法である。


 〈落とし穴〉で相手の隙を作り出し、その間に〈土壁〉を使って視界を遮る。さらに続いて唱えられたのは――


「〈空調認識〉」


 初級風魔法に該当する〈空調認識〉であった。これは、周辺の空気の流れを読み取る魔法であり、これを使うことで今まで認識できなかった〈土壁〉の向こう側の景色を見ることができるようになる。


 そして、芥には見えていた。


 突如として発生した〈土壁〉にいら立ちをあらわにしながら、その拳で〈土壁〉を壊そうとする大猿の姿が。そこに、合わせる――


「〈アースクラッシュ〉!」


 怒りからか大きく振りかぶって放たれた大猿のパンチは、確かに〈土壁〉を破壊した。しかし、その〈土壁〉の後ろから登場した芥にその攻撃は届かず、逆に反撃の隙を与えてしまう。


 大ぶりな攻撃はいつだって大きな隙が伴うものだ。それは、芥が何度も非佐木に注意された事実であり、今まさに芥はそれを咎める側として立っている。


 大きな隙を晒す大猿に向けられたのは、〈術槌士〉最大威力の〈アースクラッシュ〉。更にはそこに、〈傘連万乗〉による威力倍増効果も乗せた必殺の一撃だ。


 レベルの差は在れど、STRに高い補正を持つ〈槌士〉の一撃を更に固有スキルによって倍増させた必殺技を受けては、大猿といえどもただでは済まない。


 急所に当たれば、その一撃だけで勝負が決まってしまったこともありえただろう。


 問題があったとすれば、それは大猿にとって右腕を犠牲にしただけで、防ぐことができてしまう程度の一撃であったことか。


 咄嗟に差し出された右腕にヒットした〈アースクラッシュ〉は、その威力を遺憾なく発揮することで大猿の右腕を叩き折った。天と地ほどに離れた実力差がある現状で、その戦果は殊勲もの。しかし、それが芥の限界であった。


――aaAaaAaAaaa!!


 右腕の負傷に声を上げる大猿。その猿叫は喜びか、怒りか。ただ、間違いないのは、先の〈アースクラッシュ〉は大猿の精神を昂らせた一撃であり、そして芥に大きな隙を作り出した一撃だったということだ――


「あ、これ拙っ――」


 昂ったテンションのまま、極彩色に輝き燃える左ストレートが炸裂する。それはハンマーを振り下ろした体勢で隙を晒していた芥の脇腹に直撃し、後方数メートル先のブロック塀に突撃した。


「い、生きてる……けど――」


 〈槌士〉としてのVITの高さが幸いしたのか、全身に痛みを覚えながらも生きていた芥。しかし、状況は決していいとはいえない。


 むしろ絶望的だ。


「あぁ……」


 なぜならば、獅子雲や秋月とは違い、倒れた芥の前には明確な殺意を持った大猿が立っていたからだ。そこにどんな理由があるのかはわからない。もしかすれば、弱兵ながらも自らの右腕を折った芥に対する称賛なのかもしれない。


 ただ唯一の事実だけを伝えるとすれば――その大猿は、芥にとどめを刺そうとその拳を振り上げたのだ。


 おそらくは、次の瞬間にはその拳は瀕死の芥目がけて振り下ろされるのだろう。その結果は――死だ。


 逃れようのない死を前にして、揺らめく炎を前にして、


「……ごめんね、ひーくん」


 芥は最愛の人の名を呼んだ――




 ああ、ああ。だからだろうか。


「悪い、遅れた」


 振り下ろされた大猿の拳は寸前で打ち抜かれ、かけらも残らず消し飛ばされた。

 続き戦場に一人の死神が現れる。


「何がどうなってんのかさっぱりだけど……とりあえず、このユニークモンスターは俺がもらうぞお嬢さん」


 現れたのは、戌を模した仮面をつけた男――その姿は、かつて伝説と謳われた『少年X』を彷彿とさせるものだった。


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