第49話 伝説の仕事


 事件とは往々にして突然起こるもので、前兆や予兆を教えてくれるものではない。


 だからこそ、体調不良を理由に間引きが行えない事態に、他の冒険者に依頼が飛んでいくことだって珍しくないのだ。


 そんなわけで、今日やって来たのは、通称港区ダンジョンこと難易度Sクラス『東京地下大空洞』その第一層である。


 俺以外にも三チームの冒険者が引っ張られてきたのを見ればわかる通り、このダンジョンはとにかく広い。軍曹も電話越しでは全部を俺に任せるようにも言ってはいたが、流石に時間がかかりすぎるのはわかっていたようだ。


 一層で準備をしている間に、今回の間引きを担当する企業代表として来ていた叢雁さんに、俺はとあることを訊いた。


「……あれ、軍曹。そういやゲラゲラの奴は今日来てないんですか?」

「ああ、そうだね。というよりも、廉隅芥の件で君が東奔西走している間に、君に行くはずだった仕事を何件か彼女に任せていたからさ。流石に休暇中だよ」

「ああ、なるほど」


 どうやら、ここ三か月の間に仕事がなかったのも、俺のメンタルもそうだが、配信のことを気使ってのことだったようだ。となると、あいつにはちょっと迷惑かけたな。


「もし迷惑かけたと思っているなら、今度会ってあげるといいさ。何、学校は同じなんだろう? 彼女も会いたがっていたよ」

「それが不思議なことに、あいつと学校で会ったことがないんですよね……ま、なんとなく予想は付きますけど」


 とにもかくにも今日は仕事だ。気を引き締めて、予定を確認する。


 俺が担当するのは全74層ある港区ダンジョンの浅層20層まで。中層深層最深部は他のチームに任せる形だ。とはいえ、別にボスを倒す必要はないのだから、簡単な仕事だ。


 おそらくは俺がソロ冒険者であり、そしてこの港区ダンジョンの土地勘が無い故の采配だろう。


「20層……ここは確か、モンスター型の中でも群体系のモンスターがたくさん出てくる場所だから……目標は1000体ぐらいかな。〈タップダンス〉と〈スターレイン〉を使って、駆け抜ければ三時間もかからずに終わるな」


 支給された担当区画の地図を確認しながら、俺の仕事は始まった――



 ◇◆



「――と、いうわけで私たちで特訓して、ひーくんをあっと言わせてあげようよなずなちゃん!」


 ところ変わって彩雲町繁華街。飲食店並ぶカフェテラスでファーストフードを頬張りながらそう言うのは、彩雲高校で現在進行形で時の人となっている廉隅芥である。


 二か月前に始めた配信活動が好調で、現在のチャンネル登録者が〈40000〉を超えた彼女は、既にクラスメイトだけではなく他学年からも注目を置かれる人間となっていた。


 とはいえ、彼女の向上心は留まることを知らないようで、今日と言う学校も配信も休みのこの日にもダンジョンに行くことで、少しでも強くなって非佐木を驚かせようと画策したようだ。


「確かに、私たちが強くなる分には、なんの問題はありませんわ。それに、私として強くなることには賛成ですわね」


 強くなる、という案には同じ席について昼食を取る獅子雲も賛成なようだ。彼女としても、自分自身の夢――テレビに出て、その晴れ姿を母親に見せるという夢を叶えるためには、やれることはやっておきたいらしい。


「それで、特訓と言って何をするつもりなのでしょうか?」

「とりあえず、また極彩街道の方に行こうかなって思ってるよ。前に行ったとき、結構きつかったけど5もレベルが上がったからね」

「まあ、冒険者として強くなるなら、レベル上げが手っ取り早いですものね」


 彩雲町の昼下がり。昼食を取りながら日曜日の今日の予定を立てる二人は、カフェテラスを後にして目的地となる極彩街道への道を辿る。


 その道中で、彼女たちに近づく影が二つ。


「あれ、廉隅さんたちじゃん」

「なにやってんの~!」

「そういうあなたは……確か、愛代めじろ冨田月ふだつき秋月あきづき十六夜いざよい

「そう、僕たちは敏腕プロデューサー虚居非佐木の大親友こと、チーム『彩雲高校ダンジョン攻略部』だよ!」

「だよ~! 二人いないけどね~」


 ドーン、なんて効果音を口にしながら現れたのは、虚居非佐木のクラスメイトである愛代と秋月の二人であった。


「どうしたのさ二人とも。まさか、極彩街道に行くのかな?」

「そのまさかだよ愛代君。今日は何と、ひーくん抜きで秘密の特訓なのだ~!」


 この先を歩けば、数分と経たずに極彩街道の入り口にたどり着けるであろうことから、愛代は二人が極彩街道に向かっていることを見抜く。もちろん、隠し立てするようなことでもないので、芥は自慢げに自分たちの目的を話した。


「よければ僕たちも同行していいかな? いつものメンバーが集まらなかったからどうしようって話をしてたところなんだよね」


 愛代がいつものメンバーというのは、彼ら彩雲高校ダンジョン攻略部の他の部員――そのうち非佐木を除いた藍井路十色と湯前之前の二人のことだ。


 どうやら、用事があって今日は一緒にダンジョンに行く都合がつかなったらしい。


「問題なし! ちょうど他の人がどんな風に戦ってるのか見たかったしね~」

「私はともかく、芥はまだ冒険者としては新米ですからね。むしろ、こちらからお願いしたいところですわ」

「そりゃいいや。それじゃあ、さっさと極彩街道に行っちゃおか」

「「お~!」」


 ナンパに成功したことで気分を良くした愛代は、極彩街道の咆哮を指さして前進の号令をする。すれば、芥と秋月から元気な掛け声が響き、我先にと走り出してしまった。


 ――走り出して、二人は止まった。


「ん? どうした二人とも」

「何か見えたのでしょうか」


 急に停止した芥と秋月の様子を不思議がる愛代と獅子雲の二人は、曲がり角を曲がろうとして立ち止まり、その先を呆然とした様子で見つめる二人に駆け寄った。


 何かあったのか。そう聞いて、しかし返事がないままに彼ら二人は状況を理解した。


「……え、いや。……なんで、ここにモンスターがいるんだ!?」


 秋月と芥のもとへと駆け寄った愛代が見たのは、七色の羽毛を煌びやかに生え揃えた孔雀。


 それは、本来であればダンジョンの中にしかいないはずのモンスターであった。

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