第48話 伝説の電話


 平日夜。


 配信を終えて帰宅した俺が、切り抜き動画の作成やエゴサーチ、スケジュール調整などなどの裏方作業をしていたところ、一本の通話が掛かって来た。


 相手は愛代。なんてことはない、深夜の雑談への誘いだ。


「難易度Bって……すごい快進撃だね。廉隅さんって、一応二か月前まで冒険者じゃなかったんでしょ? 流石はスパルタコーチの面目躍如ってところかな」

「俺は自分からスパルタコーチを名乗った覚えはないんだけどな。ともかく、つきっきりで面倒を見てる以上、結果を残してもらわないと困る」

「相変わらず淡白だな~」


 いつもの五人がネットを介して集まったところで、話題は俺たち彩雲プランテーションについてだった。どうやら、彼らは今日の配信を視聴していたらしい。


 芥の初配信から二か月近くがたった六月の末。確か、あいつの借金騒ぎが始まったのがゴールデンウィークが終わってからすぐのことだったはずだから、一か月半は過ぎ、二か月のラインまで一週間と少し程度だろうか。


 もうすぐ活動開始から二か月経つともなれば、感慨深いものがある。


「俺たちも負けちゃいられねぇな」

「だねぃ。前に行ったAダンジョンでぼこぼこにされた手前、まだまだ伸びしろがあるってわけだい」

「あと数か月もしたら追いつかれちゃうかもね。流石に手加減してほしいなーって」

「だめだ。芥の未来が掛かっている以上、手を抜くことは許されない」

「ひゅー! 流石は虚居! かっこいいぜ!」


 応援してくれているのか揶揄っているだけなのか。まったくこいつらはわからない。ただ、わからないながらもこんな不愛想な俺と友人として関わってくれることだけは感謝しなければいけないな。


「……ん?」

「どうしたの非佐木?」

「ああ、ちょっと電話が来たから。少しミュートにするな」


 けたたましく鳴り響くスマートフォンの報せは、電話が届いた証拠だ。現在時刻22時。こんな時間に連絡してくるとは全く非常識な奴だ……と言ってしまうと、我らが友人たちも非常識の範疇に収まってしまうので、その言葉は喉の奥に引っ込めるとして。


「……軍曹からか」


 ワンクリックで愛代たちとの通話をミュートした俺は、画面に映るベロロ軍曹の名前に思わずため息を漏らした。


 おそらくはについての連絡だろう。


「はい、もしもし」

『夜分遅くに申し訳ないね。少し前に話をしたばかりだけど、もう一度声を聞きたくなってしまったよ』

「冗談はよしてくださいよ。それで、今度はどこに行けばいいんですか?」

『おっと、誰が仕事の話だって言ったかな?』

「本当に声が聞きたいだけなら切りますよ。配信終わりでやることあるんで」

『ああまってまって! ごめんって冗談だよ』


 まったくもって冗談が好きな人だ。これでチャットを通すとペロペロ言い出すからたまったものじゃない。真正の変態だ。……まずいな、俺の仕事仲間はそんな変態しかいないわけじゃないのに、よく関わる人物がこれだと勘違いされかねない……。


 とにかく、これが仕事の電話ならば、その内容をさっさと聞いておかないとな。


「改めて聞きますけど、次はどこのんですか?」

『実に三か月ぶりの今年度初のミッションは、港区ダンジョンだ。広大な場所だが、君の速度ならば問題は無いだろう?』

「ですね。ってか、やるなら前の日に教えてくれてもよかったと思うんですけど……」

『本来の担当者である東京都の管轄チームが急に体調を崩してしまってね。ほら、最近気温の変化が激しいだろう?』

「プロの冒険者なら体調管理を徹底してほしいものです」

『あっはっは、君に言われちゃ彼らも文句は言えないね。とにかく、仕事は次の土曜日だ。集合時刻は13時。早めに来てくれればおいしい定食屋を紹介するけどどうかな?』

「それは楽しみにしておきます。それでは」

『ああ、それじゃあ土曜日にまた会おう』


 それだけ言って、叢雁さんは通話を切った。まあ、あの人だって忙しい身分だ。こちらのことを気にかけてくれるだけありがたいか。


 しかし、久方ぶりの仕事だな……。


「三か月ぶりか。配慮してくれてるのはありがたいが……やっぱり、嫌な記憶を思い出させられるな」


 まず、何時かに行った前言を撤回しておこう。


 俺はかれこれダンジョンに10年は赴いていない。それは、“自分の意思では”という前提がつくものだ。


 つまり、他人の意思――依頼されてダンジョンに潜ったことならば、この十年の間に何度かある。


 それはなぜか。簡単な話だ。俺が難易度SSダンジョンをソロ攻略した伝説の実力者『少年X』だからである。


 そして、ダンジョンには暴走現象スタンピードと呼ばれる恐るべき現象が存在している。簡単に言ってしまえば、ダンジョン内部のモンスターが外へと大量に飛び出す災害だ。


 もちろん、蘇生機能なんてものはダンジョンの内部の常識であり、外部では働かない。そんな状況で、何百体というモンスターが列をなしてダンジョンから飛び出してくるのだから、まさしく災害規模の被害がでてしまう。


 それを防ぐためには、暴走現象が起きる前に、元となるダンジョン内部のモンスターを間引く必要がある。


 そのためのダンジョンの一般開放であるのだが――時折、極稀ではあるが人里離れたダンジョンや、その難易度故に人が寄り付かないダンジョンだってある。


 そういったダンジョンの間引きを、国や企業からの依頼でこなすのがプロの冒険者なのだ。


 そして、国内を飛び越えて世界中でも有数の実力者である俺は、その中でもより高難易度のダンジョンを任される身である。


 それが俺の仕事。両親が居ないこの家で、妹を養うための大切な稼ぎだ。


「しかし港区ダンジョンか……近場だけど、初めて行くな」


 無論、間引いたモンスターの数が不十分であれば、ダンジョン周辺に甚大な被害を及ぼしてしまう都合上、付きまとう責任は重大だ。だからこそ、俺は一度手を止めて、それから愛代たちに断りを入れてから通話を抜けて、万全の準備をするために港区ダンジョン――難易度Sクラス『東京地下大空洞』の情報を調べるのだった。


「……間引きね。いったい、その行為にどれだけの意味があることやら」


 自嘲を含めた笑みを浮かべながら。

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