第45話 伝説の玄人


「来週から、か。まあイベント系は来月からだし、通達はメールでいいか。詳しい説明は月曜日にして、っと」


 叢雁さんこと軍曹との会談を終えた俺は、スマートフォンの予定表を確かめながらフードコートを背に歩いていた。


 軍曹からは昔からの付き合いだが、こちらから何かを頼み込むことなんて今までなかったこともあってか、ちょっぴりだけど緊張したな。


 どちらにせよ、軍曹の力はこれからの彩雲プランテーションに必要なものだ。なにせ、俺は界隈の事情を少し知っているだけのただの小僧。プロの腕前には到底及ばない。


 場合によっては他のコテハンどもともかかわる必要もあるが――まあ、今のところはいいか。


 とにもかくにも、廉隅プロダクションとしてスタートした以上、もう後に戻ることはできない。最悪、あっちに丸投げするのも考えてはいるが――芥に啖呵を切った手前、責任を放り出すなんてかっこ悪いことはできないか。


「あら、そこに居るのは私のライバルの虚居非佐木ではございませんこと? まさかこんなところで出会うなんて――これは、神様が戦えと言っているに違いませんわ!」

「……なんつー偶然だよ」


 そんな風に考えて歩いていれば、背後から声が。

 言葉の端々からにじみ出る自信に満ち溢れたオーラ。何かと思って振り返ってみれば、そこに居たのは他でもない獅子雲であった。


「なんか買いに来たのか、獅子雲」

「いえ、少し弟を探しに。ここの近くのゲームセンターに来てると思ったのですけれど……ふっ、宿命のライバルと出会ってしまったとなれば、事情を変えざる負えませんわ」

「いや別にまったくもって全然そっちの事情を優先してもらって構わないんだけど?」

「いいえ、こうして出会ったということは、神が私にリベンジのチャンスを与えてくれたということに他ならないのですわ! ならばこそ、今度こそ屋上のでのリベンジをするのですわー!」


 リベンジって……。一応、その言葉から例の因縁は解消されたようには聞こえるが……おそらく、この好きなのは獅子雲のというわけか。……くだらない言葉遊びをしてしまった。


「……まあ、これから暇だしいいか。今日は配信の予定もないしな」

「その意気や良し! それではさっそくゲームセンターに行きましょう!」


 今日の予定は特になし。そもそも、軍曹との会談の後は今後のプランニングのために時間を空けていたので、明日の配信まで空白ができているのだ。


 彩雲プランテーションも今日は休みだ。昨日の横浜ダンジョンで無理をさせたから、流石に休ませないといけないからな。


 そんなわけで暇を持て余せる時間があった俺は、見ているだけで疲れてしまいそうなほどに絶好調な獅子雲に連れられて、デパートにあるゲームセンターに訪れたのだった。


「久しぶりに着た気がする……まあ、配信で忙しかったからこれてなかっただけだけどさ」


 流行りの音ゲーやユーフォ―キャッチャーが店先に列をなして並んでおり、その奥には格闘ゲームの筐体やコアな品ぞろえのキャラクターものユーフォ―キャッチャーが並んでいる。他にも、レーシングゲームに軍略シミュレーションにシューティングゲームと……相も変わらず豊富な品揃えだ。


 そして、それらがそれぞれの持ち味を生かすように様々なBGMを発することで、騒々しくもわくわくとさせられてしまう、ゲームセンターという空間を作り出していた。


「そうね……まずはあれで勝負よ!」

「和太鼓の玄人ね」


 さっそく獅子雲が選んだのは、超人気筐体『和太鼓の玄人』。二つ並んだ和太鼓が特徴的なこの筐体は、流れてくる音符を太鼓を叩くリズムで捉え、得点を稼ぐ所謂音ゲーである。


 そんな和太鼓の玄人を指さして自慢気に鼻を鳴らす獅子雲であるが――


「ふっ、獅子雲。俺に和太鼓の玄人で挑もうなどと愚かな――」

「な、なんという威圧感……まさか、あなたっ!」

「そう――俺は既にマイバチを取り出している……ッ!!」


 颯爽と俺が懐から取り出したのは、筐体に据え置きされている和太鼓を叩くためのバチよりも更なる軽量化が施されたマイバチ相棒だ。振りやすさ、握りやすさを求めるために実に十本以上の木の棒を犠牲にしてきた俺がたどり着いたこの奇跡を前に、挑戦者として名を上げるなど百年早いわァ!!


「なっ……なんかよくわからないけど滅茶苦茶に流れて来た音符を全部叩いてフルコンボ達成ですって……!!」


 コインを入れてワンプレイ。たったそれだけでわかる俺の和太鼓捌きに獅子雲は驚きの声を上げた。


「状況解説ありがとうぅ! ふふん、ゲーセンは愛代たちとたびたび入り浸ってるからな……そして俺の得意分野をお前は真っ先に指名したのだよ!」

「くっ……私としたことがぬかりましたわ……しかし、ここで諦める私ではありませんことよ! この戦い、諦めたりなんかするものですか!」


 その言葉と共に、もう一つある和太鼓の前に立った獅子雲。ワンコインを投入して始まる対戦モードによって、雌雄を決しようと覚悟を決めたようだ。もちろん、選択されたのは高難易度の楽曲だ。


「た、多少の心得は私もありましてよ。この難易度ともなれば、流石の虚居非佐木も簡単にはクリアできないはずですわ!」

「さて、それはどうかな?」


 もちろん、選択権は獅子雲にある。しかし、彼女が選んだ高難易度楽曲を前にしても、俺の笑みは崩れなかった。


 なぜならば――


「この楽曲のスコアランキング第二位の陰キン御礼とは俺のことだからなぁ!」

「な、なんですってぇ!」


 流れ来る洪水のような音符の群れを、的確に俺のマイバチ相棒が踊り捌いていく。それはまるで和太鼓の上で奏でられるタップダンス。


 ――まあ、ズルしてるんだけどな。


 ステータスのAGIの補正がぶっちぎっていれば、流れ来る音符の洪水が酷く鈍間に見えるのだ。あとは、変則や音符のだまし討ちにさえ気を付ければ――


「フルコンボってな」

「……っ!!」


 燦然と輝くフルコンボの横文字。流石に全良――最高スコアには至らなかったが、とびとびのコンボしか奏でられなかった獅子雲との雌雄を決するには十分なスコアだろう。


 この勝負、俺の勝――


「おいおい、女子を泣かせて楽しむなんて、和太鼓プレイヤーの風上にも置けない奴がいるようだなぁ……」


 いつもの如く涙目になる獅子雲を横目に勝ちを確信した俺にかかる声。それは、あまりにもドスの利いた低音ボイス。聞き覚えがある。この声の主は――


「お前は、プレイヤー『洋太鼓』!」

「お前が噂の『陰キン御礼』か。どうやらお前は知らねぇみてぇだな……俺の島で、初心者を泣かせるなってルールがあることをよぉ!」


 現れたのは、ここら一帯のゲーセンを取り仕切る不良グループ『電脳バイク』。そして、そのリーダーの一人である洋太鼓という名のこいつは、数々の楽曲にて、スコア1位の座を俺から奪った強敵である。


 まさか、こんなところで出会うなんてな――


「はっ、ならお前もやるか洋太鼓。俺のバチが火を噴くぜ」

「いいぜ、陰キン。ここを占めるのが誰かってのを骨の髄まで叩き込んでやるよ、太鼓だけにな!」


 ここであったが百年目。面と向かい合ったのは初めてだが、こいつとの因縁はあまりにも長い――そう、今日ここで、俺たちの戦いは決するのであ――


「もう一回ですわ、虚居非佐木!!」

「……え?」

「え、ちょっと待ってくれ。いま、俺がこいつに挑む流れ――」

「流れってなんですか! 今虚居非佐木と戦っているの私ですわ! っていうかあなた誰ですか! 急に横から出てきて……邪魔ですわ! この神聖な決闘を邪魔しないでくださいまし!」

「「え、えぇ……?」」

「そうですわ! 筐体ともなればお金を入れれば無限に動くはず……勝つまでやりますわよ、虚居非佐木!!」


 数年に及んだ洋太鼓と俺の決着が付くかと思いきや、どうやら俺には先着の予約があったらしい。


 たとえ、苦々しい敗北を刻んだとしても、彼女にとっては一回の敗北でしかない。今まで積み上げてきたような敗北でしかなく、悔しくとも何度だって挑んできた彼女にとっては、取るに足らないとも言い切れないモノの、折れるにはあまりにも不十分な敗北だったのだろう。


「さあ、今度はあなたが選んでくださいまし! どんな曲であろうと、私は勝って見せますわ!」

「お、おう……」


 そうして都合20プレイ――どういうわけか並ばないお客様たちのご配慮の上で、合計にして2000円が消費されたところで、音を上げた俺の根負けとなったのであった――。


 果たして、これは獅子雲の勝利に入れていいのだろうか?

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