第44話 伝説の会談
「こんにちは」
「どうも、こんにちは」
とあるデパートのフードコートにて、一人の男子高校生とスーツに身を包んだサラリーマン風の男が向かい合って座っていた。
初めまして、という雰囲気ではない彼らだが、男子高校生は着いた席に並ぶ食事を見て少し引き気味である。
「相変わらずですね。俺も結構ゲテモノの気はありますけど、それ食べて本当に明日とか大丈夫なんです?」
「ああ、これか。ご自由にどうぞって書いてあったからね。だから自由に使わせてもらったんだ」
「ご自由にってのには限度があるんですよ、普通」
男子高校生――もとい虚居非佐木が見下ろす先に在るのは、赤一色のラーメンであった。一応、フードコートに並ぶ店の中でこのようなラーメンを扱っている店があるのかと確認してみた非佐木であったが、これほどまでに赤いラーメンなどどこにも売っていない。
そして、彼の手元を見てみれば、空になった一味と七味と唐辛子調味料の瓶が一つずつ並べられている。推定される答えは、その中身のすべてがスープの具材として消費されたという悲劇か。
「あ、一味と唐辛子の方は持参した奴だから安心してほしいな」
「どっちにしろ限度ってものを考えてください、というほかないですよ」
もちろん、非佐木としてもその光景を初めてみるわけではない。ただ、何度見ても彼の施したトッピングは異様で、そして見ているだけで舌先が痛くなってくる。
しかも、だ。
「味覚おかしくなりません、それ?」
「何を言うかな虚居君。味覚があるのならば味わってこそ、だろう?」
夕日よりも真っ赤に染まった唐辛子ラーメンの横に並ぶのは、クリームの上に砂糖が振りかけられた状態から蜂蜜まで垂らされた謎のデザートである。本人曰くマリトッツォらしいが、あまりにも手ひどい魔改造にその原型をとどめていない。
そしてその横には、そこに居て当たり前であるかのような顔をしている、光合成ができそうなほどに緑色に染まった青汁だ。それら味も色も濃い口なラインナップには、見ているだけの非佐木といえど、頭を抱えたくなるというモノだ。
「それで、虚居君。ビジネスの話をしようかな」
「ですね。……どっちで呼んだ方がいいですかね、軍曹」
「どちらでも、かな。まあ、どちらかといえば、君と僕との関係はビジネスライクに近いものがあるのは認めるけど、友人としての関係がないわけじゃないだろう?」
「それは認めますよ。ただ、知っての通り年齢が二十以上も離れているとなると感覚が違いすぎて……それに、プライベートじゃなくて仕事で顔を合わせる方が多いじゃないですか。今日も含めて」
軍曹。そう呼ばれたサラリーマン風の男は、ニヤリと笑っては心外そうに友人という言葉を並べ立てた。
そう、彼こそがとある掲示板にて活動する非佐木こと『陰キン無礼』の同好の士『ベロロ軍曹』であり、そしてある意味では非佐木の仕事の上司に近い存在である男――
そして、友人からは親しみを込めて軍曹と呼ばれる彼こそが――
「さて、そろそろ彩雲プランテーションのスポンサーとして動こうと思うけど……君から何か要望はあるかな?」
新人アイドルグループ彩雲プランテーション、そして新生廉隅プロダクションのスポンサー企業の代表取締役である。
「特には。そもそも、はっきり言って軍曹の会社に、俺たちみたいな一般パンピーが支援してもらえること自体が異常事態。その温情に対して、面の皮厚くして更なる要求をするなんておこがましいことができるわけないですよ」
「何を言う虚居君。恩人に対して恩を返すのは人間として、そして友人として当然のことだと思うんだけど?」
「……ビジネスライクはどこにいったんですか」
「生憎と、恩も返せない人間をビジネスマンとは呼ばないのが社会というモノだよ」
一見すれば慇懃に努めているようにも見えるが、突き放すような態度が見え隠れする非佐木からは、無意識ではあるのだろうが、あまり関わりたくないという意思が見て取れた。
まあ、それもそうか。なぜなら非佐木は――
「とにかく、だ。どちらにせよ僕は君に返しきれない恩があるということだけは確かだよ。もちろん、今回の件を含めても返しきれないような大恩がね。そして僕は、受けた恩を忘れるような三流じゃない。それこそ、君はよく知っているだろう?」
「よく知ってるからこそ嫌なんですよ。俺は冒険者をやめた身です。はっきり言って……もう、ダンジョンに潜ることなんて一生無いぐらいの覚悟でした。返すように、それはあなたもわかっていることでしょう?」
「だからこそ、さ。僕としては君が帰ってくることを待っているんだ。それに……君の目的だって、ダンジョンに潜った方が早く達成できると思うんだけどな」
「理解してますよ。そりゃ」
非佐木は、自らの生活からダンジョンを遠ざけていた。
新人ダンジョン配信者の配信をはしごしている分際で何を言っているのか、なんて話になるが――それでも、彼は芥の借金騒動が起こるまで、自らダンジョンに赴こうなんて思いもしなかった。
「相変わらず頑なか。君が箱根で何を見たのかを、そろそろ教えてほしんだけど……」
「……その話はやめておきましょう。少なくとも――俺は、依頼された仕事と、芥を助ける以外の目的でダンジョンに潜る気はありません。10年前に言った通り、変えるつもりもありません。なので話を変えましょう。――いえ、戻しましょう。彩雲プランテーションの今後の展開についてですが――」
そうして始まった事務的な会話はつつがなく進行した。年の差こそあれど二人は10年来の友人であり、そして叢雁は一つの会社を背負う社会人だ。
ビジネスビジネスというだけはあり、仕事としてのやり取りに私情は挟まないし、触れてほしくない話題にわざわざ立ち入るような愚は侵さない。
ただ――
(10年前と変わらない、なんて言ってるが――10年前に、虚居君は廉隅嬢との面識はなかったと思うけど? それに、10年前の君は絶対にそんなことは言わなかった。妹を養うための仕事ならやむなしと受けていたが、少なくとも友人のために、君は君の覚悟を捻じ曲げるような人間じゃなかったはずだ――)
思い起こすのは10年前のあの日。最悪の事件が起きた後日。雨降りしきる両親の葬儀に現れた非佐木の顔を、叢雁は忘れることができなかった。
(そうだね。君だって変わるんだ。こうして話してはいるが、彼だってまだまだ17歳のひよっこ。きっと、いつかは選択してくれるだろう。進むか、進まないかを。それまでせいぜい、彼を利用した分だけの恩返しをするとしようか……だろう、煉瓦。それが僕たちの償いだ)
彼は待つ。
非佐木が大人になって、その未来を自分で決められるようになるその時まで――
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