第38話 伝説の案内


「んでもって、芥」

「えっと……さっきまでのテンションからの緩急がすごすぎて風邪ひきそうなんだけど。それで、どうしたのひーくん?」

「獅子雲の加入に合わせて、伝えとかなきゃいけないことがあるんだよ。とりあえず、獅子雲も一緒に付いてきてくれるか?」

「いいですわよ。放課後に何か予定があるわけでもありませんからね」


 先ほどまでの騒々しいやり取りから一転して、連絡先を交換した後の俺と獅子雲の落ち着きようを見て風邪をひきそうになっている芥だが、そんな彼女の心境は無視して、俺は獅子雲の勧誘が終わった後に、芥に伝えておこうと思っていたことを口にした。


 ただ、学園の屋上で伝えることはせず、とある場所に案内すると提案する。


「あ、ちょっと待って。ほしちーたちに連絡するから、先校門に行っててくれる?」

「わかった。んじゃ、校門前まで競争でもするか獅子雲?」

「いえ、今のところはやめておきましょうか。ふふふ……あなたの力は先ほど見せつけられましたもの。今は、蓄える時ですわ」


 配信がない日は一緒に帰っている友人たちに連絡をしに行った芥を見送って、言われたとおりに俺たちは先に校門前に向かった。


「それにしても……虚居非佐木」

「なんだ?」

「いくつかお聞きしておきたいことがございますわ」


 いつの間にか敬称の取れた名前で俺を呼ぶ獅子雲。彼女からは、さっきまでの落ち込みは一切感じられず、元の調子に戻ることができたのだろうと俺は安心した。


 しかし、テンションの乱高下の激しい奴だ。いや、泣くまでに至ったテンションを、きっかけ一つで平時に戻して見せたのだから、驚くべきポジティブだというべきだろうか?


 とにもかくにも、聞いておきたいこと、か……。


「先打ちしておくようで悪いが、配信や今後の見通しについての話は芥と合流してからだ。というよりも、さっき言ってた芥に伝えておきたいこと、を説明した後だな。んでもって、配信で発生した金は芥と山分けだと思っておいてくれればいい。ただ、元々は10億の返済のための活動だから、少しだけ譲歩してくれるとありがたい」

「え、ええ。そうですわね。わかりましたわ。――いえ、そうではなくて……本当に、気にしていないのですか?」

「気にしてって……ああ、決闘のことか」


 どうやら、配信やそれによって発生する金銭のことよりも、彼女としてはこの二週間の決闘騒ぎのことが気になったのだろう。


 ま、俺としては――


「構わん、だがこれからは芥にやってくれ。ネタになる」

「ネタになるのですね……まあ、配信ともなれば競争こそ花形。それで、配信が盛り上がるのなら――ええ、喜んで道化を演じますわ!」

「そりゃ助かるな。……あとお前の夢、絶対に叶えてやるよ」

「お、覚えていたのですね……なら、是非とも私を――アイドルとして、プロデュースしてくださいませ。これでも、二週間の間の戦いで、私、あなたという人間を少しだけ信用してしまいましたから」


 獅子雲の夢。憧れた父の背中を追い、かつての茶の間で見た母親の笑顔を見ること。


 もし、俺の計画が正しく順調に進んだとすれば――いや、彼女の母親がどうとか、過去がどうとかは知らないけど、でも本当に順調に進んだとすれば、その願いだって夢ではなくなることは確かだ。


 だから、俺は任せろと言った。


 だって、もし獅子雲の夢がかなわないとなれば――それは、俺の返済計画が失敗した時だから。


「っと、芥が来たな」


 話しながら屋上を下って靴箱を経由して校門前にたどり着けば、思ったよりも早く友人たちと話を付けて来たらしい芥が、すぐに校舎の方から走って来たのが見えた。


「待たせたー!」

「いんや、今来たところ」

「べたべたなやり取りですわね……ふふふ、私も一度はやって見たかったのですわよ、それ。そう、今来たところですわ!」

「おぅ……元気だなー。それでひーくん伝えておきたいことってなーにー?」

「とりあえずついてこればわかるよ」


 そうして芥と合流した俺たちは、彩雲高校を出て彩雲町の都市部へと向かう。


 雑居ビルオフィスビル溢れるコンクリート並木の合間を縫って移動する俺たちは、とある三階建てのビルの前についた。もちろん、ここは10億の借金を吹っ掛けて来た猿飛金融のビルではない。


 むしろ、ここは芥に最もなじみ深い場所――


「え、ここって……」

「なんですか、このぼろビルは?」


 獅子雲の言う通り、俺たちが前にしたビルはボロボロのおんぼろビルだ。数年単位で人の手が入っていないのだろう影響か、ビルのタイルはところどころわれており、虫の住処にでもなっていそうな郵便受けの先に、幽霊が現れてもおかしくない暗闇が待ち受けている。


 外側の窓から見れる景色はあまりにもごみ屋敷。積まれた段ボールはもちろんのこと、どう見繕ってもゴミ袋としか思えないビニール袋が、大量に窓際なんて好立地に軒を連ねている。


 ただ、芥はこのビルがなんであるかを知っていたようだ。


 だからこそ、俺はにやりと笑って言うのだった。


「お帰りって言った方がいいか、芥。さぁて、廉隅れんぐうプロダクションの再開だ」


 このビルは他でもない、芥の父親が手掛けていたアイドル事務所である廉隅プロダクションの事務所であった。


「え、なん、で……いや、アイドルって、まさか……!!」

「ああ、そうだ。俺は事務所としてお前らをプロデュースする。ただし、社長はお前だ芥。この会社は、正式に前社長である廉隅煉瓦からお前に委譲されたもんだからな」


 ここが俺たちの出発地点。


 ここから俺たちの本格的な活動が始まるのである――

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