第39話 伝説の出発


 廉隅煉瓦。

 かつてダンジョンアイドル界隈を牽引した、ダンジョン探索系番組の生みの親とも呼ばれた著名なプロデューサーであり、二十年前のテレビ界隈の最前線を走っていた廉隅プロダクションの社長として、多くの人気番組を生み出した人物である。


 ただし、今の廉隅プロダクションにかつての栄光はない。所属アイドルのスキャンダルから始まり、10年前の大事件によってその権威に翳りが見え、今となっては所属アイドル0人の零細企業も真っ青な始末で、辛うじてその名前が残っている状態だった。


 その上で、廉隅煉瓦という男は失踪。――いや、死んだ。死んだということになっているのだが……俺はあいつが死んだとは思ってないし、芥に至っては生きていると決め打ちしている始末だ。


 とはいえ、書類上で死んだとなれば、それは社会では死者として扱われる。当然、10億の借金がそうであるように色々なものが芥へと――相続放棄をしていない芥へと受け渡されている。


 そして、この廉隅プロダクションもその一つだった。


 本来であれば代表者が借金によって潰れてしまった場合でも、会社にその負債が吹っ掛けられることはない。そのため、会社は残り、新たなる代表者が会社を運営していくことになるらしいのだが――廉隅プロダクションは、今や廉隅煉瓦一人の社員しかいない会社。煉瓦の代わりとなる社員はいなかった。


 もちろん、社員の居ない会社など潰れて当然なのだが――そこは、俺が裏から手を回したのだ。


 以前に行った猿飛金融からの情報によって早々に動き出したおかげで、何とかギリギリ潰すことなく存続させることに成功したのだ。


 もちろん、『廉隅芥』名義でな。


「すごいですわー! めっちゃ埃っぽいですわー! げほぁっ!?」

「ちょっと、獅子雲さん!? お、女の子がしちゃいけないタイプの咳してるけど大丈夫!?」

「はしゃぐなよ二人とも……」


 そんなわけで、廉隅プロダクションが所有する三階建てビルの片付けが始まった。


 とはいえ、そのすべてを三人で掃除するのは重労働が過ぎるため、部屋一つを最低限使えるようにするのを目標として、俺たちは埃塗れになりながら片付けをした。


「な、なんですかこれは……」

「古いテレビの衣装だな。確か、罰ゲームでその衣装を使ってダンジョンに潜るみたいな感じだったはず」

「古いテレビって割と破廉恥だよねー。私、こんな衣装でダンジョンに入ることになったら、本当に死んじゃうかも……」


 積まれた段ボール箱をひっくり返しつつ、古い衣装を端に寄せながら、時折見つかった謎の物品――今回の場合は、やけに露出度の激しいサンバ衣装に三者三様の感想を述べたりして、騒々しく片づけは進んでいく――


「とりあえずこんなもんでいいか」


 そうして、一部屋分のスペースが片付け終わった。


 部屋の隅には未だ段ボールの山が残ってはいるが、三人分のソファーと机。それと作業用のデスク一セットと、古い型のノートパソコンが見つかったおかげで、ここから何か買い足さずにこの事務所を動かすことはできそうだ。


 そんなわけで、一時間に及ぶ片付けにひと段落を入れてから、俺は差し入れに自販機で買って来たジュース片手に、詳しい説明を彼女たちに行うことにした。


「さて、飲みながらで構わないから聞いてくれ。ここは芥の親父から芥へと相続されたアイドル事務所だ。そして、現在個人配信者として活動しているケシ子は、この度ユニットとして活動することになる。それにあたって、廉隅プロダクションを利用するのが、俺の計画だ」


 もちろん、稼ぐとなれば個人配信でも構わないが――事務所を持つ配信者と、個人経営の大きな違いは、取ることができるコネの違いだ。


 コネ――コネクションは、たびたび悪視され、非難の的となることが多い言葉だ。コネで入学した、コネで就職した、コネで抜擢された、エトセトラ…etc……。


 とまあ、こんな非難をされるコネであるが、このインターネット時代にコネも何もない状態で活躍できるのは、本当に一握りの才能でしかない。


 そして、それは数万人どころか数百万人に一人程度のもの。当然、芥や獅子雲がそれに入るわけもないので、俺は存分にコネを利用させてもらう。


 そして、コネを利用するために必要なものは、なんと言っても肩書だ。


 無力無名のままでは、権力者はもちろんのこと、一般人すらも動かすことなんてできやしない。だからこそ、俺はケシ子が数万人のチャンネル登録者を獲得し、中堅配信者を名乗れる箔が付くまでこの話を持ち出さなかったのだ。


 そうして待った結果、今や彼女は2万人を超える登録者を誇り、更に順調にその数を増やしている新進気鋭の配信者となった。そこにかつての最大手の名前が付いたとなれば、それはもうジャガーノートもかくやという勢いで業界のど真ん中を走ることができるだろう。


 ……すべては、俺が失敗しなければ、の話だが。


「とにもかくにも、ここからがスタートラインだ。今日からスタートする新生廉隅プロダクションは、新たなる配信の境地にてまい進することとなる。まずは獅子雲のデビューから。明日までに活動名考えておけよ」

「早速ですか……ふふふ、私が参加したとなれば、これはもう100万人までノンストップですわ! 木船に乗ったつもりで期待してくださいまし~!」

「ねぇねぇ、ひーくん。木船って謙虚に入るのかな……?」

「さぁ? 少なくとも泥船よりは期待しろってことだろ」


 こうして、新生廉隅プロダクションの事務所から、彼女たち――『彩雲プランテーション』はスタートしたのだった。

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