第36話 伝説の憧れ


 私のお父様は、所謂一発当てた冒険者でしたわ。


 冒険者チーム『レオパルタス』といえば、短い期間ではありましたが、テレビでは見ない日がなかった時期があるほどの知名度でしたの。


 そんなレオパルタスのリーダーを務めていたのが、お父様でした。


 私が生まれる前から冒険者稼業を行っていたお父様は、中堅実力派の冒険者として知名度が高く、お母様とはテレビ関係の仕事で出会ったと聞いております。


 それから、お母様は寿退社。冒険者であり芸能人であるお父様の収入で暮らしていました。芸能人、なかでもしっかりと仕事にありつけるお父様のおかげで、何不自由ない生活を――それこそ、それなりに裕福な生活を送れていましたわ。


 ですが、転機は四年前。私が中学生だった時、お父様の――獅子雲モクレンの死をもってして、その生活に終わりが訪れましたの。


 生命保険のおかげである程度しばらくの生活に困ることはありませんでしたが、それまでの生活を手放す必要がありました。


 しかし、私もお母様もそれ以下の生活を知らず、様々な場所を転々と――それこそ、何度が詐欺にも遭いながら、働き口を探し、住処を探し、今に至りますの。


 今もお母様は、私の将来のために、と仕事だけではなく、パートや内職も行い、昼も夜も忙しなく働いておられます。


 だからこそ、思ってしまいますの。弱い私では、いつかお母様を潰してしまうのではないか、と。


 子供だから、学生だから、と言い訳をすることもできましょう。もちろん、贅沢な話であることも承知しております。


 ですが――私は今もよく覚えているのですわ。


 完璧だったお父様と、その活躍をお母様と一緒にテレビの前で見る日常を。あの時のお母様の嬉しそうな顔を。


 ですから、私は完璧でなくてはならないのです。


 働きづめになったお母様の顔に、もう一度あの日常を取り戻すためには、私が完璧な冒険者になるしかないと、思ったのですわ。


 誰かに負けることもなければ、可哀そうと助けられることもない。誰もかれもが憧れる、冒険者になれば――きっと――


「そう、思っていましたの」

「思っていた、っていうと?」

「言わなくてもわかるでしょう? 私のような小娘の願い事が簡単に叶えられるほど、この世界は甘くないのですわ」

「まあ、確かにな」


 私は冒険者を始めました。

 それはちょうど一年前のこと。もちろん、一人で。


 私の願いは身勝手なもの。そして一度転校したこともあって友人と呼べる人間関係を持ち合わせていませんでしたの。


 運よく遺物を一つ手にすることはできましたが、しかしそれだけ。私の冒険者としての華々しい記録は、その先に余白ばかりを残して黒く塗りつぶされることになりましたの。


 一人では限界がある。


 ダンジョンアイドルとしてのオーディションを受けても弾かれ、配信者として活動してみても鳴かず飛ばずの日々が続くばかり。


 そもそも、伝説の少年Xのように一人で戦う才能もなかった私は、次第に自分の実力に疑問を持ち始めてしまいました。


「だから、ムキになっちまった、と」

「本当に……本当に、申し訳ございませんわ」


 背後からモンスターが迫っていたとして、それを知らずに戦っていた私を助けてくれた人がいました。しかし、私はその行為を私自身の実力の否定と、歪み捉えてしまっていたのですわ。


 可哀そうという言葉も、それ一つで大きく私の心を刺激しました。その程度なのか、と。


 ……自嘲に笑うこともできません。


 実際、その程度だというのに――私は、お父様の背中を追いかけたい余りに、その現実を否定してしまったのです。


 そして、否定するためにあなたに。


「――ですから、たびたびあなたに突っかかって決闘を申し込んだわけですの」

「なんでそうなるか、って理屈はいったん措いとくとしても、筋は通ってる、のか?」

「自分は劣っていない。そういう安心が欲しかっただけですわ」


 否定されたから見返してやる。そんな子供みたいな意地を振り回して、私は彼にどれだけ迷惑をかけたことか。


「……少しだけ、楽しかったのですけれど。しかし、それも今日で終わりにしますわ」

「はぁ?」

「ちょうどいい機会ですもの。私が抱いた夢を、完膚なきまでに叩き潰されたこの決闘を――冒険者という完璧な実力主義に私では力不足と教えていただいたこの決闘を機に、私は夢をあきらめようと思いました」


 ああ、そうだ。


 お父様の背中に憧れたあの時を――お母様と過ごしたあの時を取り戻したくて夢見た景色を追い求めて、それで私がつぶれてしまっては、お母様にさらに無理をさせてしまうだけ。


 そもそも、自分には無理なことだったとわかっていた。その上で続けていれば、いつかは無理が出て当然のことなのだ。


 だから――


「ありがとうございましたわ、虚居非佐木……さん。良きライバルとして、私のわがままに付き合っていただきました。もう、あなたに迷惑をかけることはありません。これからは、一クラスメイトとして接していただければ幸いですわ」


 もう、彼に迷惑をかけるのもやめる時だ。


 お父様の背中を追いかけ続けた日々にピリオドを打って、ゆっくりと歪んでいった心を落ち着かせる。きっと、夢見た自分にはなれないだろうけど、あの日を取り戻すことはできないだろうけど。


 ちょっとだけ、虚居さんとの決闘の日々に未練を残して、私は立ち上がった。


 今日と言う日に、冒険者としての私が死んだ日として――


「おい、ちょっと待て獅子雲。話はまだ終わってないし、決闘の約束だってお前はまだ満たしてねぇぞ」

「は、い?」


 屋上から去ろうとした私は、虚居様の手によって引き留められた。


「俺の名前に『さん』なんて付けてよそよそしくなれば、ハイ終わりなんてことにはならないぞ、獅子雲。少なくとも、決闘の報酬は清算してもらわねぇとなぁ……!!」

「え、あ……ハッ!」


 今の今まで忘れていたけれど、決闘前に私、とんでもないことをいっていませんでした?


 確か――


『んじゃ、俺が勝ったらなんでも一つ言うことを聞けよ』

『勝てればの話でしてよ!』

 

 な、ななななな何でも言うことを聞くぅ!?


 ちょっと、本当にその場のテンションでとんでもないこと言ってますわね私ィ!?


「え、えと……その、せ、節度のあるお願いをお願いしたく申しますわ」


 あ、ああ……どうしましょう。口約束とはいえ、決闘の約束事。これを反故にすることなど、お父様に顔向けできません。


 いったい、私はどんな要求をされてしまうのでしょうか。


 も、もしえっちなことだったとしたら――……覚悟はできていましてよ! そ、それにこれまで散々迷惑をかけて来たのですから、ここはどんな願いが来てもドーンと受け止めて――


「よし、アイドルするぞ」

「……へ?」


 ど、どうやら私は、変な男に目を付けられてしまったようですわ。

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