第35話 伝説の独白


 レイピア。


 中世後期のヨーロッパにて、護身用、あるいは決闘用に誂えられた細い刀身が特徴的な剣のことをいう。


 その特徴的な見た目から細剣とも呼ばれるそれは、重量で押しつぶす直剣、或いは切れ味に長けたカトラスや刀などとは違い、その鋭利な切っ先を利用した刺突に優れた剣である。


 決闘で使用される際は、片手で持ち、その切っ先を眼前の敵へと向け、腕をばねのようにしならせて扱う。


 そして、その勝負は瞬きの中にのみ存在する。向かい来るレイピアの刺突を掻い潜り、矢の如き致命の一矢を繰り出すのだ。


 それが反映されているのか、ジョブに存在する剣士系統短剣派生クラス2には、『細剣士』というジョブも存在し、AGI《速度》に特化したジョブとして有名だ。


 ダンジョンで細剣を使っていたということは、獅子雲もまた、細剣を扱う細剣士系統のジョブなのだろう。ただし――


「――くっ……!!」

「俺の勝ちだ」


 獅子雲が右手に構えたレイピアが振られた瞬間に、俺は彼女の懐に潜り込み、下段からの切り上げでその首筋に切っ先をぴたりと当てた。


 それが示すのは、俺の勝利という理不尽な結果である。


「…………」


 悔し気に顔を歪ませる獅子雲に落ち度はなかった。ただ、俺と彼女の間にレベル差がありすぎたのが最大の要因だろう。


 何しろ、細剣士ほどではないもののAGIである。厳密にはAGIとPOWに高い補正が掛かっていて、そのステータスを利用して、獅子雲の行動を見てから差し返したのだ。


 これ以上に理不尽な敗北があるだろうか。


 まあ、負けは負けだ。決闘の前に決めた取り決めはしっかりと守ってもら――あら?


「うっ……ぐすっ……」

「あー……えっと、泣いてる?」

「泣いてなんかいませんわ!」


 俺が向けたレイピアの先で、見間違いようがないほどに彼女は目を真っ赤にして涙を流していた。


 悔しい、というには過剰だろうか。


「……いいわ。私の負け……ええ、それでよろしくてよ……はい」


 はたから見ればいじめの現場だ。こうなっては、決闘の報酬を彼女に嗾けることも憚られる……もしや、これが泣き落としというやつか!?


「大丈夫かよ、獅子雲」

「大丈夫? 大丈夫なように見えますか? ……いえ、あなたには関係ない話、でしたわね。ごめんなさい。ちょっとだけ、八つ当たりをしてしまいましたわ」

「うーん………………」


 はっきり言って、調子が狂う。


 この二週間を振り返れば、俺は彼女の半べそをかきながら捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまう姿か、意気揚々と自信満々に俺に決闘を挑みに来る姿しか見ていないわけで、こんなにも弱気な獅子雲を俺は見たことがない。


 だからこそ、レイピアを引っ込めてからも静かに泣き続ける彼女に対して、俺はどうしていいかわからなくなってしまった。


 当初の目的とか、打算とか、そんなことも忘れて、ただ涙ぐむ彼女を見ていることしかできなかった。


 ぐるぐると堂々巡りな思考回路に、俺の頭は混乱を深めていく。そうしてこうして、思考時間十数秒。女の子を泣かせたままにした沈黙に耐えかねた俺は、思わずといった調子で言ってしまう。


「………………ダメだ。思いつかねぇ!」

「何が思いつかないのでして?」

「こういう時になんて言ったらいいのか、だ。俺は悪いことをしたつもりはないが、そんな一人称を使って誰かの涙を踏みにじるようなつもりなんてさらさらない。だから、全部が全部俺が原因で泣かれちまったら、どうしたらいいかさっぱりなんだよ」


 お手上げとばかりにその場にへたり込んだ俺は、きれいさっぱり洗いざらいを吐き散らかした。それはもう、必要のないことまでぺらぺらと。


 かっこつけるつもりはないが、かっこ悪くなるつもりもない俺の自己擁護は、彼女にどう聞こえたのだろうか。


 とにもかくにも、俺にはなにもわからない。わからないからこそ――俺は、対話を選んだ。


 お手上げと言って座り込んで、どうしたらいいのかと俺は言うのだ。極彩街道の因縁も、俺からしたら悪気があったわけじゃないし、悪いことをしたつもりもないから。


 むしろ、なんであんなことで怒られなきゃいけないんだよ、なんて思ってるところも少しある。


 でも、それは俺の一人称。彼女の一人称ではない。俺の見えない景色にどれほどの理不尽が待っているかなんて、皆目見当もつかないが、話してみるまではわからないだろう。


 俺の悪い癖だよ、ほんと。自分の頭の中で、人のことまでわかった気になって、完結させちまうんだからさ。


「……獅子雲モクレン……いえ、レオパルタスという名を、ご存じで?」

「聞いたことがあるな。なんだったか――」


 俺の誠意が伝わったのだろうか、彼女はぽつりとそんな言葉を零した。誠意というにはあまりにも雑な言葉だったと思うが……それでも、彼女もまた俺の前に座り込み、涙交じりの言葉で対話に応じてくれたから良しとしよう。


 しかし、レオパルタスか――ああ、思い出した。


「4年前の長野暴走現象の犠牲者だ」

「そんなことも知ってるのですか、あなた。私としては、テレビで見たことある、聞いたことある程度の答えが返ってくると思ったのだけれど――」

「生憎と、こう見えても友人は多いからな」


 レオパルタスといえば、4年前に突発的に発生したダンジョンで起きた暴走現象スタンピードに派遣された冒険者チームだったはずだ。


 実力は中堅よりやや上。テレビ出演していたかどうかは知らないが、それなりに名の知れた実力者であったというの話は俺の耳にも届いている。


 そんな人間だからこそ、今もなお数を増やし続けるダンジョンが発生してから長期的に未発見の状態が続いた結果、その影響で暴走現象スタンピードが起きてしまった時の対応に向かわされることになったのだろう。


 そして、その戦いで――


「悪いな」

「なんであなたが謝るのですか」


 なんで、か。そりゃ――いや、いい。これを言ったところで、俺の独りよがりでしかないから。


「……私は、レオパルタスのリーダーを務めるお父様が大好きでしたの。優しくも凛々しいお父様が、勇敢にモンスターたちに立ち向かっていく姿を見て、育って来ましたもので」

「そうか。気持ちは……まあ、わからなくもないな。俺の両親も冒険者だったから」

「あら、そうでしたの。では、ご両親は――」

「十年前に、な?」

「不躾なことを訊きましたわ」

「お互い様だ」


 冒険者としての親の姿を見て憧れた、というのはよくわかる話だ。実際、俺もその口だったから。


 そうでもなければ、少年Xとして難易度SSダンジョンを攻略して、伝説になってなんかないからな。


「……憧れてしましたの。私も、お父様の背中を追いかけようと。ですが――お父様は死んでしまいましたわ。それから、お母様が頑張って私を育ててくれたのですけれど……それにも、限界がありました」


 ぽつぽつと語る彼女の過去は、落とし穴のような転落劇を絵にかいたようなものだった――

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