第34話 伝説の因縁


 

「……」

「虚居非佐木! 今度は囲碁で勝負しますわよ!」

「まて、獅子雲。俺は囲碁のルールを知らない」

「安心してくださいまし! 私も知らないので!」

「ダメじゃねぇか……!!」


 お互いにルールの知らない競技をして、いったい何を比べると言うのだろうか。


 そうして勢いよく――それこそ、イノシシのようにまっすぐに俺の元へときた少女を180度逆方向に向かせて帰した俺は、深いため息をついた。


「迷惑そうにしてるじゃん、虚居」

「迷惑そうにしてるように見えるかよ」

「それはもう、心の底からうんざりしているように見えるね」


 そうしていれば、同じクラスの友人である愛代にそう言われてしまった。いや、実際迷惑というか、うんざりというか――まあ、面倒くさいとは思ってはいるのは確かだ。


 あれから――食堂での決闘騒ぎから、彼女は何かと俺に勝負事を挑んでくるようになってしまったのだから。


 梅雨入りの六月初めの転校生。じとじとじめじめとした暗い雰囲気を吹き飛ばす台風のような少女は、たびたび災害のように俺のところにやって来ては、ああやって騒ぎ立ててくる。


 例えば、登校時。傘を差して歩く俺の前に、待ち構えていたかのように獅子雲は現れて言うのだ。


「学園まで競争よ、虚居非佐木!」


 何を言い出したかと思えば、ざあざあと降りしきる雨の中で競争だと。


「ふふふ、この条件ならば傘を持つあなたよりも、合羽を着た私の方が有利……この勝負貰いましたわ!」


 そうして走り出した獅子雲である。


「えっと……」

「行ってあげたら、ひーくん」

「お、おう、行ってくるわ」


 家が近いこともあって通学路が同じ芥の言葉に背中を押されて、獅子雲を追いかける俺。ダンジョン仕込みのステータスを活かせば、スキルを発動せずともそれなりの速度が出る。そうして獅子雲に追い付いたかと思えば――


 ――どっしゃァ!!


 なんて、盛大な水音と共に巨大水たまりへとダイブした獅子雲の姿を見てしまった。しかも、そこは学園の校門前。多くの生徒が一日を始めるために集まるそこで、彼女は大痴態を晒したのである。


「え、えと……獅子雲? その……大丈夫、か?」

「…………ふっ、蜂蜜のように甘く蕩けてしまいそうですわ、虚居非佐木ィ! こうして気を引かせるのも私の作戦内! ゴールテープは私がもらいましたわ!」


 ――ずしゃぁああああ!!


 と、ゴールテープの幻覚を見ていた彼女は、二度目となる横転によって、涙目になりながら全身泥まみれとなっていた。


 他にも、中間試験の成績発表の時の話では――


「来たわね、虚居非佐木! 中間試験といえば……わかりますわよね?」

「……なんだよ?」

「学年順位の優劣に決まっているじゃないですか! そう、学徒とは学業を熟してこその身分。となれば、その優劣は成績でこそ決まるものです……違いますか?」

「違わないな」


 大方の想像通り、中間試験の成績で勝負を仕掛けて来た獅子雲である。相も変わらず自身に満ち溢れたその表情から、相当良い点数が採れたのだと感じた俺であったが――


 第2学年中間テスト総合点数

 72位 虚居非佐木

 72位 獅子雲なずな


 なんという奇跡だろうか。俺たちは同率だった。


「ど、どういうことですかこれは!」

「今回は引き分けだな、獅子雲」

「せ、せいぜい覚えておきましてよ、虚居非佐木ぃいいいいい!!」


 自身に満ち溢れた表情が一転して、悔しさからくる涙を流し始めた獅子雲は、捨て台詞を決めながらどこかへと走り去っていってしまった。


 いやいや、六月のこの微妙な時期に転校してきて、学校ごとに授業の進行過程に差がある中で72位を取れてる時点ですごいと思うぞ、俺は。


 実際、同学年は他の学部を含めれば200人以上いて、その中で72位は平均値やや上。転校時期を加味すれば、もっと上を狙えるのではないだろうか?




 とまあ、獅子雲の宣言通り、そして俺の予想通り、俺の学園生活は愉快なことになっていた。

 無論、ケシ子チャンネルはしっかり動かしているのだが――配信に学業にがあって、獅子雲の対応があるとなると、相応に疲労がすごいのが悩みどころか。


「……まあ、これも打算あってのことだけどな」


 打算。

 ああ、そうだ。俺は彼女の挑戦を、優しさやライバル心なんて少年漫画的な感情から受けているわけではない。


 言い方を変えれば、これらはすべて下心あってのことだ。彼女に近づくためにやっていることだ。


 そして――


「来たか、獅子雲」

「貴方から私を誘うなんて、珍しいですわね。それで? 逢引きをするには、ロマンティックな場所だとは思いますけれど……ふふん。どんな戦いが待っているのかしら」


 時は来た。

 獅子雲が転校してきてから二週間。彼女の方からたびたび仕掛けられる決闘を通して、獅子雲なずなという人間を見てきた俺は、やはりという言葉と共に、出会った時から抱いていた感情をより強く抱くようになっていた。


 だからこそ、俺は獅子雲を屋上へと呼び出した。


「獅子雲。お前のご期待通り、ここで俺が提案するのは決闘だ」


 放課後の屋上。部活どうやら何やらに汗水を流している生徒たちを見下ろすことのできるこの場所で、俺は日本のレイピア――のレプリカを取り出した。


「確か、最初は俺がダンジョンでお前を襲おうとしてた蛇を撃ち殺したところからだったな……そっから因縁が始まった」

「ええ、そうですわね。その上であなたが、私のことを可哀そうなんて嘗めた口きくのも問題ですわ」

「悪かったって。……ま、だから雌雄を決しようか」


 俺が取り出したレイピアのレプリカは二本。柔らかい素材で作られた、舞台用の小道具だ。その片方を獅子雲の方へと投げた。


「あの因縁が、俺がお前の実力を嘗めていたことから始まるなら、獅子雲。お前が、俺にその実力を認めさせればいい。だから決めよう。一本勝負。レイピアの切っ先を相手に突き付けた方が勝ち。そういう勝負を」

「ハンッ! 銃なんか使って後ろでこそこそと立ち回っている人間が、いい度胸ですわね! よろしくてよ。見せてあげましょう! 獅子雲の名を背負った私の強さをね!」


 やはり、とこの決闘に乗った獅子雲を見て、俺は思った。


 獅子雲なずな。もし、俺の知っている情報が正しければ、彼女は――


「――いや、雑念か」

「さあ、構えなさい虚居非佐木! 今度こそ、私が弱くないってことを思知らせてあげますわ!」

「んじゃ、俺が勝ったらなんでも一つ言うことを聞けよ」

「勝てればの話でしてよ!」


 雑念を振り払ってレイピアを構えた俺の前に、獅子雲は立つ。

 そしてやはり、イノシシのような猪突猛進な姿勢の彼女は、簡単に俺の口車に乗ってしまった。


 だから――


「悪いが、手加減はしねぇぞ」


 俺の目的のために、利用させてもらうぞ獅子雲。

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