第28話 伝説の羞恥心


「起きろ兄貴! 今日という今日はしっかりと起きてもらうぞコラぁ!」

「うるさいぞあざみ! 俺は休日の疲れを癒すために寝ているのだから静かにするがいい!」

「平日前だってのに休日に疲れることする兄貴が悪いんだよばーか!」


 今日も今日とて妹の薊と格闘しながら起床する。まったくもって、我が妹ながらせっかちが過ぎる。朝という時間に込められた多大なる休息の時間を、早起きなどに消耗するなど人生を七割損していると言っても過言ではないだろう。


 やらなければならないことを忘れたふりをして眠る、一時の休息こそが至高だというのに――


「兄貴ぃ、変なこと考えてないでさっさと顔洗ってこいやぁ!!」

「わかったよ! 蹴るな蹴るな! お前の足が怪我するぞ」

「相変わらず兄貴硬すぎなんだよ!」


 こんな騒々しい日常は、我が虚居家平日の様子として、お約束ともいえる。そんなこんなで、俺が朝食を食べている間に、中学校に向かう支度を済ませた薊が、律儀に行ってきますの挨拶を伝えて来た。


「んじゃ、お先~」

「はいよ、行ってらっしゃい」


 パンに味噌汁という謎の組み合わせの朝食をもそもそと食べながら、生徒会で忙しい妹の見送りをする。いつも通りの日常だ。


 ただし、いつも通りというには――


「あー! 久しぶりじゃんあく姉! 何? こんな朝っぱらから兄貴のところに来て! って、ごめんあく姉! 私学校あるから急がないといけないんだ。勝手に入っていいからそれじゃあまた!」


 いつも通りというには、俺たちが土曜日にやらかしたことが大事になっていたらしい。


 玄関先が何やら騒がしいと思えば、おそらくは薊が開け放っていったであろう扉の先で、小動物のように縮こまった芥が居た。


「何やってんだ芥。朝っぱらから早いな」

「あ、えっと……あのね、実はね――」

「あーちょっとまて。今俺飯食ってるところだから、話は中に入ってからでいいか?」

「う、うんわかった」


 事情を聞く前に、朝食中ということもあって俺は芥を家の中に招いた。

 確か、芥を家に呼ぶのは小学生ぶりだったか? 中学生の時に来てた気もするが、来てなかった気もする。あんまり覚えてねぇな。


 キョロキョロと入って早々に目をうろつかせる彼女をリビングに案内してから、俺は食事中だった食卓に着き、その向かいに芥を座らせる。


 それから、食パンを一口食んで、何があったのかを訊くのだった。


「んで、何があったんだよ」

「じ、実はね……」


 何があったのか、という俺の問いかけに対する芥の回答はシンプルなもので――


「私が配信してること、クラスで噂になってるみたいなの!」


 そんな風に言って彼女が見せてきたのはスマホの画面。表示されたのは個人チャットができる通話アプリで、そこには、おそらくは芥の友人であろう人物から『これあくたん?』という問いかけのチャットが送られてきていた。


 まあ、当たり前だろう。


 まずヘルメットとかマスクとか、そういうので顔を隠していたわけでもなければ、そういうのに配慮していたわけではない。最低限氏名や住所に関わる話も避けてはいたが、極彩街道を近場のダンジョンと言っていた時点で、その意味も薄い。


 更にはバズッターのトレンド入りするぐらいには、例の成田雨林での配信は話題になっている。そして流行に目聡い高校生諸君が、話題の種を見逃すはずがない。しかも、彼らは各々が独自の情報網を持っており、誰かひとりに知られれば、パンデミックさながらの拡散によって次から次へと情報が渡っていく。


 正直、昨日の時点で芥の元に、配信の真偽を問うメールが来てなかったこと自体が不思議なぐらいだ。


「どうした。アイドルともなれば顔を晒すのが普通だろ」

「でも! いやほんと、なんかすごい恥ずかしんだけど!」

「いやいやいや、こっからその恥ずかしいことがずっと続くんだぞ。お前の姿を見て、『あ、あれはかの有名なアイドル配信者のケシ子チャンネルさんだわ!』ってなるんだ」

「うわあああああ!!」


 何をそんなに恥ずかしがっているというのだろうか。想定していなかったわけでもあるまい。


「あぁ、きっと私はこれから学校での一挙手一投足をつぶさに観察されて、くしゃみでもしようものなら裏掲示板に書き込まれちゃうんだ~……プライベートなんてないないされちゃうんだ~……」

「まあ、十億なんて莫大な借金抱えてるんだ。諦めろ」

「うぅ……」


 味噌汁を飲み干した俺は、未だ踏ん切りがつかないのか、食卓に突っ伏しては唸り声を上げる芥を見下ろした。


「ごちそうさまでした。さ、そんな姿で項垂れてる時間があるなら、自分のエゴサでもしてみるんだな。大丈夫、俺が確認した限りじゃ、アンチ板でも覗かない限り悪いようには書かれてないからさ」

「やだーこわいー……」


 自分が有名人になってしまったという自覚のなかった芥を宥める朝は過ぎ、登校時間。このままでは不登校になりかねない勢いの芥を引きずりながら登校した先で、芥の予想通り、彼女はクラスの注目の的となるのであった。

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