第27話 伝説の組手
ダンジョンによるステータス増加。それは、ダンジョン外でも適用される強化要素であり、ダンジョンという地下空間が、幻覚や仮想空間のようなものではない現実ということを示す一つの理由だ。
もちろん、学園の屋上で俺が〈
ダンジョンに入ることさえできれば、誰しもが無料で好きな武器を使うことができる。ともすれば犯罪行為待ったなしのディストピアの始まりのようにも聞こえるかもしれないが、それでも犯罪が起きていないのには理由がある。
それは、召喚された武器は人間を攻撃した際、当たった瞬間に砕け散るからだ。灰になるといった方が正しいだろうか。
とにかく、〈武器召喚〉で召喚した武器では、人間を攻撃することはできない。では、スキルはどうだろうか? 魔法などのスキルには、もちろん対象を攻撃する目的を持ったものも存在する。そういったものが街中で、それこそ巨大な火の玉を召喚するだけで、周りは大火事になってしまう。
ただ、そんなことは無いのが現実だ。例えばスキルで召喚した火は、熱という影響を与えるものの、火傷には至らず、どういうわけか延焼しない。水を召喚したところで、一定時間が経てば召喚した水は消えてしまうので飲み水にも使えないし、雷を召喚したからと言って電気を充電することはできない。
もちろん、それらが発生させたエネルギーを使って発電する方法は画策されているが、そういったスキルで人を攻撃することは、例外なく不可能なのだ。
――いや、例外すぎる例外はあるんだけど。
ただ、その例外はまだ話す必要はないから割愛する。
そんなわけで、基本的にダンジョンの内外関わらず、武器やスキルで人を攻撃することはできない。
「ちょっくら戦うか。俺をモンスターだと思って殴りかかって来い」
「えぇ!?」
ただし、それは攻撃が人に命中すれば、の話だ。
「安心しろ芥。俺とお前のレベル差じゃあ、天地がひっくり返ったところで――っていうか、アースクラッシュの一撃でもなんともないと思うぞ」
「う、うそでしょ……」
実際のところは、アースクラッシュが当たる直前でハンマーが灰になるので俺が傷つけられることはないが――俺と芥じゃAGIからして差がありすぎて、まず攻撃を当てられないだろう。
それだけ、俺と芥の間には埋めることのできないレベル差があるのだから。
「大丈夫だって。なんたって屋上から飛び降りてもぴんぴんしてたんだぜ俺は。安心しろ。俺は伝説だからよ」
「う、うん。わかった。……えりゃー!!」
遠慮しながらも、容赦なくハンマーを振りかぶる芥。人の言うことを素直に聞くことは彼女の長所だが、もう少し手加減というモノをしてくれてもいいと思うんだ。
ただ――
「あれっ!?」
「威力は申し分ないが、振りかぶりすぎると狙いがぶれるな。アースクラッシュはやっぱり、正面を向きあった状態で打つ技じゃない」
上段からまっすぐ振り下ろされたハンマーの柄を、俺の手刀が横に弾く。ただそれだけで、そこまで力を入れていないというのに、彼女の振り下ろしは軌道を変えて、俺のすぐ横の地面へと落ちていった。
「何したの!?」
「軽く力を加えて軌道を変えただけだ。んで、これでゲームオーバー。人型のモンスターは少ないが、振り下ろしが決まらなかった後の隙が大きいから、アースクラッシュはいざってとき以外は多用するなよ?」
ハンマーを振り下ろした後隙を狙って、俺の手刀が彼女の首筋に添えられた。もちろん、手刀でなくても、この後隙を狙うことのできる行動は多いし、それができるのは人間だけじゃない。
STR《力》もVIT《耐久力》も同レベル帯と比べれば申し分ない高さだが、AGI《速度》が低いせいもあって隙を晒すと一気に危険に陥ってしまう。
シールドによって一度程度ならなんとかなるが――それは10分の一度しか使えない奥の手であって、それに頼り切るのもまずいだろう。
「ほーら。次だ次。今度は上のアレ、使ってみろ」
「上の……〈傘連万乗〉?」
「ああ、そうだ。対象の力を倍にしてくれるんだろ? なら、それを上手く使って俺に攻撃を当ててみろ。当てたら今日は、帰りにパフェでも奢ってやる」
「本当!? わかった――〈傘連万乗〉!」
さて、芥のやる気を引き出したところで、彼女の言葉に合わせて回りだしたUFOの如き空に浮かぶ唐笠を見た。
効果の発露はわかりやすいが、ああも空中に――地上から十メートルは上空にあるとなれば、攻撃が当たって破損する、なんて心配はないな。
余談だが、武器も遺物もしっかりと破損する。とはいえ、一定時間たてば復活するし、〈武器召喚〉に至っては再召喚することで何度だって使える。灰になってもな。
さて、そんな〈傘連万乗〉であるが、その効果はいかほどに――
「やぁああ!!」
見た目はあまり変わりないハンマーの大振り。横に振りぬかれたスイングであることから、〈ハイパワースイング〉も乗せられているのだろう一撃だ。
それを俺は、AGIの効果によって加速した視点で捕捉し、その軌道を読み取って仰け反ることで、紙一重でハンマーの一撃を躱し――なに?
「軌道を変えた!?」
横から少し上――俺の胸部を狙った容赦のない一撃が、突如として軌道を変えて、下への振り下ろし攻撃へと変化した。まるで、俺の回避行動が見えているかのように――
急いで認識速度をさらに加速させた俺は、回避不可能な体勢だろうと無理矢理地面を蹴り、跳躍の要領で体を回してなんとかハンマーの直撃を回避した。
「えぇ! これも避けられるの!?」
「……いや、聞きたいのはこっちの方なんだが? 今、何した芥」
「え? 何したって、言われたとおりに遺物のスキル使っただけだよ? スキルを使って、AGIを倍にしたんだ~」
「AGIを倍に? なる程。そりゃ道理で変化するわけだ。ってか、そんなこともできるんだなその傘」
AGIを倍にした。AGIはまるっきり速度――攻撃を振りぬく速さや、移動能力に関係するスキルであるが、どうやらこのステータスは体感速度すらも加速させるのである。
もちろん、ただでさえ低いAGIが倍になったところで限界はあるだろうが、それでも彼女は辛うじて捉えられるようになった俺の回避に合わせて、スイングを振り下ろしへと変化させたのだろう。
極彩街道の時や唐笠連番長の時もそうだったが、意外にもこいつの戦闘センスは飛びぬけているな。
「でも攻撃当てられなきゃ意味ないよ~」
「いや、そうでもないぞ」
「え?」
芥のハンマーに指を差す。指を差されたハンマーを芥が見たその時、彼女のハンマーは頭から灰になっていった。
「え、ちょ、なにこれ!?」
「言い忘れてたが、〈武器召喚〉の武器は人を攻撃すると灰になる。ま、再召喚すれば元通りだけどな。つまり――お前のハンマーは、間違いなく俺の体を掠めたってことだよ」
「え、ってことは、つまりぃ~……」
「ああ、そうだ。パフェ奢ってやる」
「いやぁったぁあああ!!」
まったく、油断も隙もありゃしない。こっちが何のスキルも発動していないとはいえ、これほどステータスに差があるのに攻撃を当てられるとは。
やっぱり、ダンジョンから長い間は離れてただけあって、随分と鈍ってるな。
「さて、芥。喜んでるところ悪いが、さっさと武器を再召喚して構えろ。今度は俺からも攻撃するぞ」
「え、攻撃を当てたら終わりなんじゃ――」
「そんなこと俺は一言も言ってないぞ。それに、あと三時間ぐらい模擬戦闘をしたところで、カフェに行く時間が無くなるわけじゃない。ほら、苦労した後の甘味はいつも以上にうまいって言うぞ」
「ひぇえええん、鬼畜ぅうううう!! 鬼軍曹!」
鬼軍曹はやめてくれ。俺の知り合いとキャラが被る。流石にあの変態と同じカテゴリーにしてほしくはない。
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