第25話 伝説の確認


 日曜日。


 多くの人間にとって休日であるこの日、神奈川県彩雲町にあるとあるオフィスビル――もとい、猿飛金融という所謂闇金会社に一人の客人が訪れていた。


 その客人は、闇金に手を出すには少々若すぎる様にも見えるが――どうやら、相当な人物なのか、対応には猿飛金融の頭取が出てきていた。


「なあ、そのまま帰ってくれねぇか? 正直こっちとしては騒ぎを起こしたくねぇんだけど」

「何も、俺は騒ぎを起こしに来たわけじゃないんですけど」

「お前の存在そのものが騒ぎになるんだよ。こちとら誠実な企業としてやらしてもらってるんだから、若者がこういうところに立ち入ってるだけで問題になるんだわ」

「平日の真昼間から、女子高生を誘拐しようとしていた会社が言うようなセリフとは、到底思えないんですが?」

「あれはあれだよ。問題にならない奴。わかって言ってんだろ? 嬢ちゃんに関しては、俺らのところだけじゃないって」

「まあなんとなくは」


 はてさて、そんな企業の応接室にて頭取と喋るのは、ジーパンにTシャツと随分とラフな格好をした男子高校生であった。


 もちろん、彼が只の男子高校生であれば、こんな闇金会社に来ることも、その頭取が対応に出ることもない。


 彼は、彼こそが、かの伝説に名高い【少年X】こと、虚居非佐木でなければ、こうはならないだろう。


「んで、要件は何だよ。必要もないのにお前が来るわけないってことはわかってんだよ」


 そんな非佐木の対面に座るのは、御年60を迎えるであろう男。この闇金を取り締まる頭取だ。彼は非佐木のことを厄介事として扱い、出来るだけ早く話が済むように会話を運ぶ。


 非佐木としても、ここに長居するつもりはないので、出来た流れに沿って会話を進めるのだった。


「ちょっと気になって、確認したいことがあるんですよ。廉隅れんぐうプロダクションの代表取締役社長の――廉隅煉瓦れんがの借金は、その娘に譲渡された際、相続という形になったんですよね」

「ああ、そうだ。死体は出てねぇけどな。どういうわけか死亡届は出てたんだよ」


 嘘はついていない。というよりも、ここで嘘をついて後でバレたときのデメリットを考えれば、この少年を相手に取引を持ち掛けること自体が無謀であることをこの男はよく知っていた。


 いや、この少年というよりも――クラスの高いジョブにつく冒険者の恐怖を、よく知っていたという方が正しいか。


 十数年前に、とある冒険者二人組に、文字通りビルをへし折られたのが懐かしい。


「それはつまり、煉瓦が負っていた借金は、すべて煉瓦個人のものだと?」

「ああ、そういうことだよ。ってか、あいつの会社にまで手を伸ばそうとしたところで、お前の止めが入ったんだ」

「……なるほど。わかりました。聞きたいことは聞けたので、ここで失礼させていただきますね」

「ハッ、帰るなら早く帰ってくれよ。なんなら豆でもまいて二度とこれないようにしたいぐらいだ」

「俺を鬼扱いしないでほしいんですけど……まあ、また来ますよ」

「来るなっつってんだろ!」


 そうしてこうして、追い出されるように非佐木は応接室から、そしてオフィスビルから出ていくのだった。


 彩雲町の都市部にて、猿飛金融のオフィスビルを背にして歩く非佐木。彼は自分が考えた10億返済計画が順調に進んでいることに一種の喜びを覚えつつ、思うのだ。


 順調すぎる、と。


 思えば、事の中心人物である芥の固有スキルには〈豪運〉なるものがあった。もしや、この展開もかのスキルによって引き寄せられた幸運なのだろうか、とも思うが、それよりも彼が気になったことがある。


「まさか、あいつの掌の上――なんてことはないよな?」


 あいつ。そう言って非佐木が脳裏に浮かべた顔は、芥の父親にして、芥に10億という借金を押し付けた男の顔であった。


 廉隅煉瓦。あの男が拵えた10億という借金が、相続という形で芥へと渡ったのならば、おそらく奴は死んだのだろう。

 先ほど闇金で確認した時も、死亡届が出されていたという思わぬ情報を拾うことができた。もちろん、確認はするつもりだったが、配信のこともあって遅れていたので、儲けものと非佐木は思った。


 ただ、あの男が――


 ――あの男が、なんの特別性もなく普通に死んだとは到底思えなかった。


 一年後、このまま順調に借金を返し終わったところで、ひょっこりと戻ってきてもおかしくないとさえ思っていた。


 もしや、この先の展開すらも、奴の掌の上なのではないか、と。


 拭いきれない不安が非佐木の思考回路に過る。しかし、非佐木はそれを振り払って考えた。


 奴が本当に死んでいたとしても、そうでなかったとしても、非佐木が目指す10億の返済が完了しなければ、芥に未来は無いのは同じこと。


 ともなれば、彼の立ち振る舞いはどう足掻いても変えようのないものだ。


「……俺のスキルさえなければなぁ」


 そんなことを呟きながら、彼はダンジョン前で待ち合わせをしている芥の元へと急ぐのであった。

  

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