第24話 伝説のアースクラッシュ


【頑張れぇえええ!】

【ラストスパートだ!】

【ケシ子の勝利に俺はスパルタクスパイセンの魂を掛けるぜ(5000円)】

【マジで行けそうで草】

【討伐祈願ぽい~(1万円)】

【無名の新人にみんな赤スパ投げすぎだろ! (5万円)】

【いやこんないい見世物ただで見れることがおかしいんだよな】


 盛り上がるコメント欄に咲き乱れる赤い花束。まさかの予想外の展開に、カメラマンとして務めていた非佐木からも声が――


「……上々だな」


 声は、上がらなかった。

 なぜならば、彼にとってこれは通過点でしかないから。10億という大金を返すための通過点。そのすべてを芥が自分自身の力だけで返しきるための、道なりでしかないから。


 ただ――


「これなら、次のステップに進めそうだ」


 頑張るケシ子とヒートアップするコメント欄の裏で、スパルタクスパイセンと呼ばれた男はほくそ笑んだ。自分の描いたシナリオ通りに、事が進んでいくのだから。


 一年という短い期間。それでも、10億という途方もない大金を返す手立てができたのだから、笑わずにはいられない。


 それでも、その笑みは返済しきった時に取っておいて、彼は前を見た。雨音弾ける霧の中で、カメラ越しに見える幼馴染の姿を見ていた――


「敵の弱点は多分あの目! 唐笠も、てっぺんについてた目を攻撃したら倒せたから、多分一つ目の方もそれで行ける……はず!」


 さて、ところ変わってケシ子と一つ目小僧の戦い。

 狗頭餅からのアドバイスもあり、その弱点を正しく見抜いた彼女は、さっそくその作戦を明らかにした。


 名付けて――


「逆塹壕ざんごう作戦!」

【なんじゃそれ!?】

【塹壕の……逆?】


 彼女が口走った言葉に困惑するコメント欄。しかし、反応を返す暇なんてないケシ子は、チリンと鳴り響いた鈴の音に反応して一つの魔法を使った。


魔法発動マジック!【土壁ストーンウォール】!」


 隆起する土の壁は、雨ざらしの泥に塗れながらも、その威容を露にする。しかし、この土壁で一つ目の音波ビームを防ぐことができないのは、先ほど足場にした土壁が影も形もなくなっていることから明らかだ。


 だから――


「もういっちょ! 魔法発動マジック!【土壁ストーンウォール】!」


 彼女は、もう一度――ならず、もう三度ほどそれを唱えるのだ。


【壁が……!!】

【なるほど、目隠しか!】


 彼女が狙ったのは、土壁を足場でも防御でもなく、妨害に使う手段であった。それはかつての地獄極彩街道でも使ったように、並んだ土壁を使い相手の逃げ場をなくす方法ともまた違う使い方。


 土の壁を――攻撃ではなく、視界を遮るために使ったのだ。


 ただでさえ霧と雨によって視界が悪いこのダンジョン。そこに更なる障壁ができてしまったら、相手を補足することは難しい。特に、唐笠を――無差別範囲攻撃を持った相方を失ってしまった一つ目小僧にとって、それは特に刺さる戦略と言える。


 チリン。


 ならされた鈴通りに攻撃が迸るが、その攻撃によって破壊した土壁の後ろにケシ子はいない。それどころか――


魔法発動マジック!【土壁ストーンウォール】!」


 さらに五枚、土壁は増えていく。


【槌士とは思えないレベルで魔法使いこなしてるっ!?】

【いやまて初級魔法とは言えクラス1の槌士でここまで魔法って連続発動できたっけ?】

【固有スキルの関係じゃない?】

【この冒険者のステータスどこで見れるかな】


 その光景は、どうやらコメント欄のリスナーたちにも異常に映ったようだ。しかし、出来ているのだからできる理由があるのだろうと、彼らは納得して見せた。


 だからこそ――


【あとちょっと!】


 彼らは応援する。


「あと少し!」


 ケシ子は前へと進む。


 塹壕に身を隠しながら敵へと近づくように、土壁を増やして雨の中を進むケシ子は、シールドという保険がないことをしっかりと理解しながら、鈴の音に細心の注意を払っていた。


 チリン。


 聞こえる鈴の音。しかし、その攻撃はあてずっぽうであり、ケシ子を捉えられるものではない。そして――


「捉えた!」


 乱立する土壁の裏で、ついに彼女は一つ目小僧の元へとたどり着いたのだ。


【いけ!】

【そこだ!】

【やっちまえ!】


 土壁の森と化した戦場の中で、すぐそこにまでケシ子が近づいたことに気づけなかった一つ目は反応が遅れてしまう。完璧な不意打ちだ。


 そして、ケシ子の必殺技である〈アースクラッシュ〉が炸裂す――


 ―ずるっ。


「あ」

【あっ】

【え?】


 ケシ子がハンマーを大きく振りかぶったその時、彼女は足元のぬかるみに気づかなかった。


 忘れていたのだろう。ここが、雨の降りしきるダンジョンであったということを。それはつまり――このダンジョンの地面は、とても滑りやすいということを。忘れてしまっていたのだろう。


「ちょ、いや、なんでぇええええ!!?」


 足を滑らせた彼女は、両手でハンマーを上に振り上げた体勢から、見事にしりもちをついてしまったのである。


 それは明らかな隙。どうしようもないほどのミス。取り返しのつかない失敗。


 チリン。


 鈴の音が鳴る。それは攻撃の合図。しりもちをついてしまったケシ子を見下す一つ目小僧が、そのとどめを刺すための合図だ。


「待って! やり直しを、やり直させてくださいぃいいいい!!」


 先ほどまでの姿はどこにやら。情けない声を上げてやり直しを要求する彼女だが、ここで音波ビームを食らってしまったとしてもやり直しでダンジョンに潜れるのだから、その待っては意味のない要求だろう。


 もちろん、モンスターが人間の言葉を聞くわけもなく、その攻撃はケシ子の体を、消し飛ばし――


 ―ずるっ。


「え?」

【あ】

【はい?】

【そんなコントみたいなことある?】


 そう、この瞬間、おそらくは一つ目小僧も忘れていたのだろう。このダンジョンの地面は、とても滑りやすいということを。


 つまり、だ。何が起きたのかを簡潔に記すとすれば、一つ目小僧もまた、滑ったのである。地面を。ずっこけたのである。


 なんとも言えない静寂が訪れる中、仰向けに転んだ一つ目小僧の眼から音波ビームが空高く打ち出される。それらはダンジョンのギミックであるはずの雨雲を突き破り、一時ばかりではあるがその雨を止めた。


 二人そろってぬかるみにはまり、泥だらけになってすっころぶというなんとも滑稽極まりない姿ではあるが――


「す、隙を晒したほうが悪いんだからね!」


 転んだ一つ目小僧に対して、先に起き上ったケシ子による〈アースクラッシュ〉は見事命中したのだった。


【うわ外道!】

【勝てばよかろうなのだー!】

【どういう展開だよこれ……】


 この展開にはさすがのコメント欄も困惑気味。しかしながら、間違いなくケシ子のハンマーは振り下ろされ、一つ目小僧の弱点である目を打ち据えた。


 してみれば、倒された一つ目小僧の体が霧のように消えていく。そして、最後にドロップアイテムをまとめた小袋がその場に残った。


 それが示したのは――


『ユニークモンスター〈唐笠連番長〉の討伐を確認しました』


 ケシ子の勝利という結果であった。


『討伐者に遺物が贈呈されます』

『遺物が固有スキルに組み込まれました』

『スキル〈傘連万乗からかされんばんじょう〉を獲得しました』


「やっ……ったぁああああああ!!」


 掴み取った勝利に、渾身の叫びで喜びの声を上げるケシ子。その周囲は、先ほどの音波ビームの影響によって雨が降っておらず、まるでスポットライトのように勝者であるケシ子を、雲間から覗き込んだ陽光が照らした。


 あれ、ここって地下じゃなかったっけ? なんてケシ子が疑問を浮かべるが、それよりも、そんなことよりも――


「……多分、ひーくんだよね。ありがと」


 マイクに乗らない声で、彼女は自分を助けてくれた存在に感謝の言葉を言った。


 ああ、そうだ。彼女だけには聞こえていたのだ。激しい雨音の中に響き渡った銃声が。その銃声が聞こえた次の瞬間に、どういうわけか一歩も動いていないはずの一つ目小僧がすっころんだというのだから、おそらくはその銃声こそがケシ子を救ったのだと、彼女のは勘は伝えて来た。


 そして、何も言わず、助けてくれる。そんな人を、彼女は一人しか知らない。


 だから彼女は感謝を告げる。この霧のどこかに居る幼馴染に対して、彼女は――


「そんな君だから、私は――」


 ミュートになったその言葉は、誰にも聞こえずに雨音の中に消えて溶けるのだった。

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