第23話 伝説のアドバイス


 騒然とするコメント欄。

 アンチコメントは垣間見えたモノの、やはり非佐木が見抜いた視聴者を味方につける芥の才能によって、リスナーの多くは彼女の頑張りに結果が伴うようにと願い、或いは期待し、応援していた。


 だからこそ、あれを受けてはひとたまりもないと誰もが予想のつく攻撃を、絶対に回避のできないタイミングで放たれたのを見て、彼らは皆、落胆する。


 あれだけ頑張ったのに、届かなかったのか、と。


 クラス1という弱さに加え、冒険者デビュー二週間という新人。その前に現れた、ただでさえ格上揃いの難易度Cダンジョンのモンスターたちを凌ぐ強力なユニークモンスター。


 しかし、機転を利かせた彼女の活躍により、彼らは配信者業界に輝く新たなる新星の誕生を――ケシ子という一つの英雄譚ヒロイックが誕生することを期待していた。


 しかし、その期待は無残に散ることとなっ――


「あっっっぶな~……!!!!」

【生きてる!】

【え、え、どゆこと!?】

【あ、そういえば相手の技が大味すぎて忘れてたけど、槌士といえばシールドあるやんけ】


 否。その落胆は、霧の中から現れたケシ子の生存という結果によって、かき消されてしまうのだった。


 彼女が助かった理由。それは、コメントの一部が気づいた通り、槌士が持つジョブスキル〈シールド〉によるもの。


 一度使用してしまえば、10分という長いクールタイムが発生する代わりに、あらゆる攻撃を一度だけ無効化する無敵の盾。


 それが例え隕石の衝突であろうと、蟻の一噛みであろうと、等しく無力化して見せる、槌士が保有する防御スキルであった。


 その力のおかげで、彼女は一つ目小僧の音波ビームから一命をとりとめたのである。


 それもこれも、勝利したと油断していた彼女の意識を引き締めてくれた、あの謎の声のおかげ。


 あれはいったい何の声だったのだろうか――


『呼んだかい、小娘』

「……っ!?」


 一つ目小僧の追撃に注意を払いながら考えていた彼女の耳に届いた声。それは、先ほどの物と同じ、男の声だった。


「え、ちょ……え?」

『混乱するな混乱するな。少なくとも俺の声はお前にしか聞こえてねぇんだから、あんまり騒ぐとりすなー? ってぇやつに不思議がられるぜ』

「あ、は、はい」

『よろしい。んで、ひとつ。あの一つ目の奴をよーく見て注意しながら話を聞けよ』

「わかりました」


 随分と友好的な声に、驚きを通り越してしまった彼女は、なんとも言えない表情で声を受け入れてしまう。まあ、どちらかといえば彼女のお人好しな面の表れ、とも言ってもいいのかもしれないが、状況が状況なだけにそうとも言い切れないか。


『さぁてと。まずは自己紹介だ。俺は狗頭餅くずもち。お前の彼氏にとりつくゴーストだよ』

「か、彼氏って……」


 ちらりと彼女がカメラマンに視線を送れば、狗頭餅は「ああ、あいつのことだよ」とけたけた笑った。その気があるのか、思春期故か、赤面しつつ声を荒げそうになったケシ子だが、何とかのどまで上がってきた言葉を飲み込んだ。


 プライバシープライバシー。せっかく彼がカメラマンとして影に徹してくれているというのに、名前を出して関係性を示してしまえば、彼の努力が無駄になってしまう。


 ケシ子は理知的なのだ!


『んで、俺はお手伝い役としてお前に派遣されたわけだ! ほら、さっきお面渡されただろ』

「あぁ!」


 そういえば、彼がお守りだとか言ってお面を渡してきていた気がする。となると――もしや、このゴーストはあの時の……屋上から非佐木が飛び降りていた時に会話していたものの正体なのでは?


『おっと、察しがいい奴は好きだぜ。とはいっても、直接力を貸せるわけじゃねぇけどな。せいぜいがアドバイスだけ』

「うん。でも、それで十分かな」

『ああ、そうさ。なんたって俺のアドバイスなんだからな! さっきだって、なんとなくあのモンスターの攻撃避けれたろ? あれも俺のアドバイス~』

「え、あ、やっぱり?」

『なんだ、気づいてたのか。察しが良すぎるのも考え物だぜ』


 そういえば、あの唐笠の――一つ目小僧の攻撃を避ける時、天啓ともいえる直感が、ケシ子に横に避けろと伝えてきていたのだ。アレの正体が狗頭餅であるとするならば、色々と納得がいく。


『ま、雑談もこの辺にして、早々に倒しに行こうじゃねぇか。ニコイチなモンスターは大抵、相方が倒されても、一定時間たてば復活しちまうもんだからな』

「そうなの?」

『ああ、俺が言うから間違いないね。んで、お前の攻撃力なら、あの一つ目の目ん玉を狙って攻撃すれば、奴を倒すって目的は達成できるだろう。問題はそこにたどり着くまで、だな』

「え、でもさっき近づけたよ?」


 いや、それに問題があるとは思えない。なんたって、ケシ子は先ほど、奇策を練ってあのモンスターに近づき、見事片割れを倒したのだから。


『おいおい、これだから甘ちゃんはよ……。モンスターだってんだぜ? 学習しないわけがねぇだろ』

「あ、ああそうか。同じことをしようとしたら、簡単に対応されちゃうのか」


 それはあまりにも現実的で、真っ当な回答だった。今の今までがあまりにもゲーム的すぎたがゆえに忘れていたこと。少なくとも、彼女がやって来たデジタルゲームには、プレイヤーの行動を学習する敵などいなかった。


「じゃあ、どうしたら……」

『そこで俺のアドバイスよ』


 どうしたらいいのか。そんな問答に突入しそうになったケシ子に対して、狗頭餅は言うのだった。


『ここの仕様を思い出せ』

「ここの、仕様?」

『ああ、ここのってのはこのダンジョン。仕様ってのはギミックだ。んじゃ、俺からはここまでだ。せいぜい、あの小僧の助けになってやってくれよ』

「え、助けって……いや、そんなこと聞いてる暇はない、か」


 気になることを言う狗頭餅だが、ここまでと彼が言った以上、答えが返ってくるとも思えない。となると、そんな疑問は措いて、あのモンスターをどうやって倒すのかを考えた方がいい。


 このダンジョンの仕様を思い出せ、という狗頭餅のアドバイス。


 成田雨林庭園のギミックは確か――


「……なるほど」


 ああ、そういうことか、とケシ子は理解した。


 確かに、狗頭餅があれだけ自信満々なのもわかる。そして、あんなにも荒っぽい口調ながらも、周囲の状況とケシ子の手札をしっかりと考えて出されたアドバイスであることも理解できた。


 だからこそケシ子は――


「ありがと、ひーくん」


 一瞬だけマイクをミュートにして、愛する幼馴染へと感謝を伝えた。


「それじゃあ、ラストと行こうか! みんな見てて、私頑張るから!」


 さりとて彼女は配信者。幼馴染だけに見せる姿は一瞬だけで、次の瞬間には配信者として、偶像として、その姿を振りまいた。


 戦いの幕が降りるのは近い。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る