第22話 伝説の作戦
「多分だけど、あのモンスターは大技を使ってくるタイプのモンスターだと思うんだよね」
ざあざあと容赦なく降り注ぐ雨模様。その中で、深い霧に影しか写さない唐笠を見据えながら喋るケシ子は、自分が思いついた作戦をリスナーたちへと話していた。
【そんな作戦通じるかな?】
【いやでも、さっきから予兆にさえ気づけば逃げられる技しか使ってないのは確かか】
【ってかこの冒険者ってどうやって予兆気づいてるの? スキル?】
疑問と納得に騒めくコメント欄。おそらくは配信の途中から入って来たであろう視聴者も多くいるため、普段よりもかなりの速度でコメントが流れていく。
中には批判的な――それこそ、ユニークモンスターを前にして、そんな無謀な作戦は意味がないと声を上げる人間も居る。
【クラス1如きが勝てる相手じゃねぇーよ】
【ダンジョンにチームで潜れないようなコミュ障じゃ無理無理~】
【女にゃ勝てないよw】
もちろん、それすらも急流の如きコメント欄では、ほんの一瞬しか映らない。しかし、だからと言って気にならないというわけではない。
それでも、ケシ子は――
「どんなに無理なことでも、頑張るんだ! だって、やって見なきゃわかんないじゃん! それに、ダンジョンって死んでも蘇れるんだから、何度だって挑戦できる……そんなお得なことなんてないんだよ! なら、楽しんだもん勝ちだって! だから、私が頑張るところを応援してほしいな!」
ケシ子は忘れない。
『どんな状況でもへこたれるな。逆境を楽しめ。笑顔を忘れるな』
あの言葉を忘れない。
勝てそうな敵に遭遇しても希望を持つ。絶望的な現状を楽しむ。どんなコメントが送られて来ようと、笑顔を忘れない。
ただそれだけのことを――彼女は愚直に、生真面目に守りぬいた。
だからこそ――
「作戦、開始だよ!」
その言葉と共に、〈ハイパワースイング〉の一撃を地面へと向けて、ぬかるんだ地面を掘り起こした。
―……!?
ケシ子の行動によって巻き上げられた泥は、空を飛んで唐笠へと向かってまき散らされた。
唐笠の下に居る一つ目小僧の眼が見開かれる。明らかに頭部が大きすぎる異形の彼は、思ったよりも表情が豊かなようだ。
その時、またもやチリンと鈴の音が聞こえた。雨音に潜んでしまうほど確かに、しかし其処に在ることを知らせるように確かに。
そしてケシ子は思うのだ。
(やっぱり)
と。
「多分、さっきから聞こえてくる鈴の音が、あの唐笠お化けの攻撃の予兆。だから、それに合わせて回避すれば――」
そう言いながら、横へと移動するケシ子。そして次の瞬間、飛来する泥をかき消すように、或いは降りしきる雨に大穴を穿つように、唐笠は先ほどの咆哮を――前方のあらゆるものを消し飛ばす不可視の攻撃を放ったのだった。
「今のところ、あの唐笠が使った技は二つだけ。自分の足元以外の周囲一帯を押しつぶす重力攻撃? と前方長距離を消し飛ばす音波ビーム? の二つだけ。もし三つ目があったのならば、為す術はないけど――多分、ない」
【なんで?】
【そう言い切れる根拠あるの?】
「多分、あれは二人で一つのモンスターだと思うから。いや、私ってデジタルゲームしかやったことないし、そっちもそこまでやってるわけじゃない冒険初心者だけど……さっきから、二つの攻撃を唐笠と一つ目が分担してるから、多分それぞれが攻撃を一つずつ使うことで、攻撃パターンができてるってことなんじゃないかな?」
【ああ、そうか大技系のモンスターって使う技少ないしな】
【そう聞くと納得できるかも】
「勘だけど」
【勘かい!】
【なんか一気に信ぴょう性無くなったんだけど!?】
ケシ子の判断は勘だ。しかし、その勘は〈豪運〉の少女が持つ勘である。だから彼女は、自らの勘を信じた。
何よりも、まだまだ未熟な自分が、なにも賭けずに博打を打たずに、こんな相手に勝てるわけがないと思っていたから。
「えいやっ!」
またもや振られる〈ハイパワースイング〉。今度は一番最初の小石よりも大きな石を吹き飛ばして、唐笠を攻撃した。もちろん、鈴の音のと共に先ほどの音波ビームを唐笠は構える。
予想通りに、予定通りに。
「
音波ビームを前にして、ケシ子が選択したのは土魔法が誇る防御呪文【土壁】。地面からせりあがる土の壁によって、相手の攻撃から身を守るスキルだ。
しかし、あの音波ビームは地面すら抉る攻撃力。たかだか土壁一枚で、防ぐことのできるものだとはとても思えない。
だから彼女は機転を利かせた。土壁を守りに使うのではなく――回避に使う。足元から上へとせりあがって来た土壁を射出代として、彼女は――
【と、と……】
【飛んだぁあああああ!!!!】
ケシ子は、上へと飛んだのである。
足元より下の眼下を通り過ぎていく音波ビームを見下ろして、彼女はハンマーを振り上げる。構えるのは上から下へと振り下ろす〈アースクラッシュ〉。レベル1のころから、たびたび彼女を救った必殺技。
上空から強襲を掛けるケシ子は、まっすぐと唐笠へと落ちていく。しかし、唐笠とてユニークモンスター。ただでやられるわけがなかった。
――チリン。
もう一度鳴らされる鈴の音に続き、唐笠の傘閉じられる。それは、遭遇時に見た――全方位を攻撃する重力攻撃の構え。
そしてそれは、例え予兆がわかっていたとしても、空中に居るケシ子にはどうしようもないことだった。
【危ない!】
【ここでゲームオーバーかー】
【よう頑張った!】
流石の窮地に諦めのコメントが流れる中で、それでも――
【……笑ってる】
ケシ子は、笑っていた。諦めず、それどころか楽しむように笑っていた。
なぜならば――
「安心して! これも、予想通りだから!」
その言葉の次の瞬間に、唐笠の重力攻撃は周辺の地面を陥没させた。重く黒くすべてを塗りつぶすように、あらゆる物質を上から下へと力を掛けて圧殺する。
圧倒的な力を前にして、ケシ子の体は文字通りぺちゃんこに――ならなかった。
「そうだよね! そうだよね! だって、これは上から下に押しつぶす重力攻撃。でも、あなたの足場だけは無事だった! それって、あなたの上にだけはその力が働いてないってことでしょ!」
ケシ子は予想していたのだ。唐笠の周辺全てを押しつぶす重力攻撃に唯一空いた穴を、台風の目を、正しく見抜いていたのだった。
それは、唐笠の真上。上から降り注ぐ超重力を、唐笠が受けないようにするための安全地帯。ケシ子が空を飛んだのは、何も音波ビームを避けるためだけではない。
攻撃する振りをして、その安全地帯に飛びいるためでもあったのだ。
そしてようやく、彼女の攻撃のターンは回って来た。振り上げられたハンマーが、傘の先についた瞳を捉え――砕いた。
―AAAaaaaaaaaAAAaAAaaaa!!!
鈴のような声から変わって、耳を塞ぎたくなるような甲高い音が辺りを埋め尽くす。
それが断末魔であることは明白だ。
終わったのだ。勝ったのだ。
分の悪い賭けに、彼女は幸運なことに勝利した。その甘美な酒に酔いしれるケシ子は――
『油断するな!』
突如として聞こえて来た、非佐木の物でもない声にびくりと反応した。
なんだ今の声は。油断するな? それは、どういう意味――
そう考える間もなく、ケシ子は気付いてしまった。見てしまったのだ。
目玉を失い覇気無くなった唐笠の下で――まだ、一つ目の小僧が生きていたことに。
チリン。
鈴の音は鳴らされる。
その瞳は、涙に濡らされたまま、ケシ子の方を向いていた。
「避け……間に合わな――!!」
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