第20話 伝説のエンカウント
成田雨林庭園。
止むことのない豪雨と、一切の視界を遮る霧の中を進むギミック系のダンジョンであり、その難易度はCに位置付けられる。
ギミック系ということもあって、成田雨林庭園に生息するモンスターたちは、同難易度のダンジョンのモンスターに比べて些か弱い。
例えばこの、両手が鎌のような刃物になっているアメカマキリと呼ばれるモンスターは、
そのため、クラス1――すなわち、初心者や新米、或いは下級冒険者と呼ばれるジョブについている人間でも、上手いこと一撃を入れることができれば、倒すことができてしまうほどだ。
ただ、もちろんながら――
「……うわぁ、こりゃ嫌われるわけだよ」
モンスターが弱いからと言って、難易度が低いというわけではない。
成田雨林庭園生息モンスター『アメカマキリ』
その特筆する点は、自身の体から意図的に水分を排出することによって、豪雨の中でのみ完全に姿を消すことにある。
ともすれば、あの芥のトラウマになっている極彩街道よりも厄介なギミックを前にして、芥は――ケシ子は、
「そこっ!」
ケシ子は、難なく雨の中に潜むアメカマキリにハンマーの一撃――〈ハイパワースイング〉をお見舞いし、見事一撃のもとに撃破してしまった。
【おお!】
【よく倒せたな……】
【チートスキル!?】
【すごい!】
カメラから見ても僅かな背景の揺らめきばかりが観測できるだけだったアメカマキリを、ものの見事に倒してしまったケシ子へと惜しみのない賞賛の声が上げられる。
「へへーん。お父さんの仕事もあって、音を聞くのは得意なんだ。それこそ、雨の中で足音を聞き分けるぐらいなんてことないのさ」
自慢げにそう口にするケシ子は、その実アイドル事務所としての側面を持っていた廉隅プロダクションの社長令嬢として、多くの音楽に触れる機会があったのだ。
そこで磨かれた音楽の才――というわけではなく、音を聞き分ける才能が、巡り巡ってここで発揮されたこととなる。
これは非佐木にとっても予想外であり、ユニークモンスターに出会う前にやられてしまう。そんな心配を杞憂に終わらせる勢いで、雨音に紛れて襲い掛かるギミック系特有のモンスターを次々と撃破していき、意気揚々とダンジョンの奥へとケシ子は進んでいった。
例えば泥水になった地面を泳ぐ魚には、近づいて来た瞬間を聞きとって、足元に思いっきり〈アースクラッシュ〉を叩きこんだり。
例えば雨水に紛れさせた小石を上から落としてくる鳥には、土壁を重ねて作った足場を作って叩き落したり。
例えば雨宿りができそうなスポットを作り出すことでわなを仕掛け、獲物を仕留める狩人が現れたとすれば、流石に怪しすぎるとする―をする――
そうして進んだ第六層。
「お、また敵が来た!」
【画面に映る前に敵補足するのバーサーカー過ぎない?】
【スパルタクスパイセンもドン引きで草なんよ】
【今宵のケシ子のハンマーは血に飢えておる……】
【この雨ならすぐに血を洗い流せるし、策士だなぁ、ケシ子ちゃんは】
「なんかひどいキャラ付けされようとしてない私!?」
ドキドキハラハラの冒険を続ける中でも、コメントとの会話を忘れないケシ子。これは余談だが、彼女には非佐木のつけている眼鏡よりも最新のもの――これまたとある軍曹から試用と頂いたコンタクトレンズを装着してもらっている。
これによって、配信中のコメントだけではあるが、彼女はコメントを見ることができるのだ。
とにもかくにもお遊びはほどほどに。先ほどから続く、雨の中に隠れて不意打ちを狙ってくるモンスターたちを相手にするときに、そうやってコメントと会話をしていてやられましたともなれば言い訳の仕様もない。
だからこそケシ子は意識を切り替えて、前を見た。雨と霧で全然前は見えないけど。
――ただ、だからこそ気づいた。
「……鈴?」
鈴の音がした。雨の中にしては、やけに綺麗に鳴り響く鈴の音を。それから、ぼんやりと霧の向こうにモンスターのシルエットが映る。
「傘、ってかあれだよね。あの、日本の昔の妖怪の……唐笠お化け?」
数メートルの視界しか利かないこの霧の中で、雨音に紛れることも、霧に身を隠すこともなく堂々とケシ子へと迫って来たのは、赤と黒の縞模様をした、古き時代の傘のようなモンスター。伝承に伝えられる唐笠お化けなるものと違う点があるとすれば、クリスマスツリーの頂点に輝く星のように、傘の切っ先に付けられた瞳がぎょろりと動き、傘の下には子供と思しき足が二本生えていることだろうか。
その下がどうなっているのかは、傘が閉じられているためわからない。わからないが――
ぞくりと、ダンジョンの仕様によって何度も死に、そして蘇ったケシ子が忘れかけていた死の恐怖が、その首筋をなぞった。
「ッ!?」
考えを口にすることも忘れて――いや、考えることすらも置いて、置き去って、ほぼ反射で後ろへと交代したケシ子。
もしこの時、彼女が生きていたことを説明するとするならば――彼女が一層に帰還していないことを理論づけて説明するとするならば――それは、文字通り、そしてスキル通りに〈豪運〉だったのだろう。
大地が沈む。重く、重く、重く、すべてを飲み込むように、闇の黒が先ほどまで不動であったはずの地面を包み込み、その高さを地下へと埋めていく――
気が付けば、そこは深い――それはもう、覗いたところで底が見えないほどに深い谷となって、ケシ子の眼前――ケシ子が必死になって後ろに下がった半歩手前までの地面が、文字通り消失したのだ。
その様子を見て、非佐木は思う。
あれこそが、このダンジョンに巣食うユニークモンスターであると。
非佐木の思惑は実り、ケシ子は窮地へと追い込まれる。
その中で、唐笠のモンスターは静かに笑っていた。鈴のような声を鳴らして、愉快そうに笑っていた。
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