第19話 伝説のギミック
「なにこれぇええええ!?」
「そういう反応は配信中にしてほしいんだけどな」
「いや、だって! 見てよこの雨! 土砂降りとかそういうレベルじゃないよ! そ、それに霧が掛かってて全然前見えないし……いやほんとなにこれ!?」
「そういうダンジョンだ」
雨降る成田を合羽を着て先に歩く芥を傘を指して追いかけた俺は、成田ダンジョンに入って真っ先に驚いた彼女の叫び声を聞くこととなった。
どうやら、ダンジョンに入ればこの雨とはおさらばとでも思っていたらしい。おいおい、成田ダンジョンの正式名称見たか? 成田雨林庭園だぞ。
「一応説明しておくぞ」
「は、はい。お願いします先生!」
「先生ってなんだ先生って……ともかく。成田雨林庭園は、ギミック系に属するダンジョンだ」
ダンジョンには、大まかに分けて三つのタイプがある。
一つがモンスター系。これは極彩街道みたいな、所謂モンスターが強いタイプのダンジョンだ。ダンジョン自体の構造はかなりシンプルで迷うことは少ないものの、初心者ならば出会ったが最後、即死するようなモンスターが多数徘徊しているため、実力が問われるダンジョンを指す。
次に、ギミック系。これは山下臨海街洞が近いな。所謂、モンスターではなくダンジョンの構造や仕掛け、トラップなどが攻略する冒険者を阻む障壁となるタイプだ。単純なステータスだけではなく、それらギミックを掻い潜る頭や目を必要とされる、頭脳派が好むダンジョンである。
そして最後にバランス系。上記のモンスター系とギミック系のどちらにも特化せず、バランスよく難易度が均衡しているものを指す。
「つまり、このダンジョンは豪雨と霧のギミックが中心のダンジョンってこと?」
「そういうことだ。んで、ここで朗報だ。山下臨海街洞よりも難易度が一つ高いCではあるが、ギミック系のモンスターはそこまで強いのは多くない。ここを選んだのもそれが理由だ」
「ほほぉーつまり、私でも余裕で勝てるってわけ?」
「さあ、どうだろう」
ギミック系ダンジョンのモンスターは弱い。これはモンスター系と比べて、ではあるものの、冒険者の間では通説だ。
例えばモンスターとギミックを十段階で評価するとすれば――
極彩街道―難易度B モンスター(7点)ギミック(3点)
山下臨海街洞―難易度D モンスター(2点)ギミック(4点)
那覇海岩礁―難易度F モンスター(1点)ギミック(1点)
といった感じだ。まあこれは大雑把な寸評であるので、確度は保証しない。あくまでも俺の感覚だ。
そしてこの評価に則って、俺のリサーチ情報から予想される成田雨林庭園の難易度は――
成田雨林庭園―難易度C モンスター(3点)ギミック(5点)
といったところか。
余談だが、基本的にギミック系のダンジョンは嫌われる傾向がある。特にこの成田の評判はめっぽう悪く、視界の悪い土砂降りの中で、モンスターに襲われなければならないのは相当なストレスだとか。
それに、成田は千葉でも北側にある都会だ。整備されたインフラは、成田から東京を挟んで横浜までの道のりをたった一時間半という短時間で移動できるのである。
そして、東京にはそれなりのダンジョンがどういうわけか密集しており(人口の多いところにダンジョンができるという通説がある)、そのためわざわざ雨に濡れるダンジョンに行くよりも、少し時間をかけて東京や千葉の他のダンジョンに行った方がいいというのが、もっぱらの評判である。
俺としても、ユニークモンスターの一報が無ければこんなにも配信映りが悪い場所は避けたいが――ユニークモンスターという存在一つが、その悪点を塗りつぶしてくれる。
それこそ、太陽を覆い隠す雨雲のように。或いは、雲間に差し込む太陽のように。
「とりあえず、合羽は来てていいぞ。防具は――いつも通りだな。足元が滑るし、服も水吸って重くなるから動き難いと思うが、なあに極彩街道を経験した芥ならなんとかできるさ」
「いやほんとうにあの時は地獄見たよね。見させられたよね。それに比べれば全然マシだとは思うけど……あー、濡れるのやーだー!」
どうやら極彩街道での出来事は、芥の中ではトラウマになっているらしい。まあ、いい経験ではあったとは思う。なんせ、あそこに比べれば、なんて魔法の言葉で山下臨海街洞を17層まで一人で攻略してしまったのだから。流石の俺も、ダンジョンボスのいる最終層までもう少しってところまでいくとは思わなかったぞ。
おかげで、配信での俺の渾名がカメラマンからスパルタクスになったのはいかんともしがたいが。
鬼畜→鬼→鬼教官→スパルタ教官→スパルタ教育→スパルタ→スパルタクスへの変貌は絶対おかしいって。スパルタ教育ならレオニダスだろ普通。
とにもかくにも、俺の渾名はどうでもいいとして――
「配信前に――芥。これもってけ」
「ん? なにこれ。……お面って、これあれじゃん。ひーくんが校舎から飛び降りる時に付けてたやつ」
「よく覚えてたなそんなこと……まあお守りだお守り。そいつにはな、窮地を脱するお
「そ、そんなスピリチュアルなことをひーくんが言うと思わなかったよ……うん、でもまあありがとう。大事にするね」
「ああ、是非とも大事に扱ってくれよ」
俺が渡した犬のお面を、彼女は腰に付けたポーチに居れた。そこそこの大きさのポーチは、モンスターが死んだときに落とすドロップアイテムを入れられるように大きく作られているため、一口でお面を飲み込んでしまった。
そうして下準備は終わり、芥はケシ子としてダンジョンに潜る。
『どうも、ケシ子だよ! 梅雨に入ってじとじとと暗い気分だけど、なんと今回は成田雨林庭園に来ちゃったんだ! 見てよこの雨! なんで雨の日にまで雨降るダンジョンに突撃しなきゃいけないのさ!』
はてさて、またもや鬼畜の大合唱がコメントで流れる中で――ユニークモンスターを求める俺の、俺たちの博打は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます