第17話 伝説の調査


「とりあえず、こんなもんかな」


 パソコンの画面に開かれたバズッターを眺めながら、俺は一息ついてから、コーヒーを口に含んだ。

 時間は深夜12時。日付が変わるこの時間帯のコーヒーはやめておけとあざみに何度も言われているが、この時間帯に飲むからこそ美味いのだということを彼奴は理解していないのだ。


 まったく、我が妹ながら乙なモノを理解した方がいいだろう。


 美味というモノは何も味、風味からなるものではないのだ。時間帯や味わう環境、或いは自分の体調や状況が組み合わさることによって、美味という味わいは何段階にも無限に変容していく。


 ただ美味いだけのものだって更に美味いものになるし、美味いものだって駄作になりえることだってある。


 味だけで美味を評価できるのならば、この世界における星なんて評価は意味をなさなくなってしまうだろう。


 だからこそ――


「そろそろ、スパイスが欲しいところだな」


 俺はケシ子チャンネルの今後の舵取りを見定めていた。


 初配信から二週間。実に9回の配信によって、チャンネル登録者は『592人』にまで到達し、収益化にも成功した。


 実に順風満帆といえるだろうスタートだ。何の後ろ盾もない学生配信者がたった二週間で稼ぐことのできる数字にしては、十分なものだと言えるだろう。


 ただ、俺たちが目指す十億返済を考えれば、あまりにも悠長と言わざるをえない。


 しかし、ここに来て問題が一つ。


「固定客は増えてきたが、逆に新規層の増加が望めなくなってきたな」


 『2000再生』の大台に踏み込んだ初配信を見ればわかると思うが、例のカンフル剤――宣伝のおかげで、それなりの人間がケシ子チャンネルという看板を目にした。


 その上で登録者の伸び少しずつ下がっていったということは、初配信だけを見る層や、新人に飛びつく雑食な層からの評価を受けきった、と見るべきだろう。


 もちろんその他全員に見られたというわけではないだろうが、初配信から二週間。新人という称号が錆びつき始めるには早すぎる気もするが、鮮度が肝心なネット界隈では次から次へと飛び出てくる新人たちに押し流されてしまう頃合いであることは確かだ。


 その上、好き好んで無名を囃し立てる層なんてものは、リスナーに興じる人間の中でもマイノリティに当たる部類だ。


 それほどまでに玉石混交の世界に身を晒すのははハードルが高いことであり、人々はみな安定した面白さを提供してくれるコンテンツに肩まで浸かることを望んでいる。


 こうして発生した登録者の伸び悩みを解決する方法はいくつかあるが――そのすべてが、時の運というほかが無いのが配信者というモノだ。


 例えば、直近で芸能人の冒険者が行ったダンジョンや使ったジョブ、スキルなんかをレビューする動画を投稿してみれば、それなりに再生数や登録者を稼ぐことはできる。しかし、それは同業他社も取る手段であり、そこでリスナーの食らい合いが発生するのだ。


 故に流行りの物を扱ったからといって、一定の評価を得ることは難しい。なぜならば、配信を見る視聴者は必ず偏るから。ネット上に漂う視聴者の母数が、均等に配信者に割り振られるなんてことは絶対にありえない。


 運が悪ければ、まったく数字が取れずに終わるなんてことも珍しくはない。


 配信動画のサムネイルを人の目を惹きつけるものにする、話題性のある挑戦をする、炎上をして話題を集める。


 一様に人の目を引く行為はあるが、その結果は画面の先に居る視聴者たちに委ねられてしまう。だからこそ、視聴者の奪い合い食らい合いになったところで、究極的で最終的なところでは運に身を任せるしかないのが普通だ。


 こうなれば。なってしまえば、偶然なにかが視聴者たちの琴線に触れ、所謂『バズ』という現象を起こして注目が集まるのを待つしかない。


 もちろん、その確率を増やす方法はいくらでもある。誰も口を開けて餌を待つひな鳥ではないのだ。


 巣から出て、餌を調達するひな鳥足りえなければ、俺たちの明日はない。


「……ここだな」


 バズッター。

 最大文字数256文字の文章を書きこみ投稿することができるリアルタイム更新のSNSであり、日々多くのアカウントが日常の出来事からクリエイティブな作品なりなんなりを一言二言にまとめてネットの海へと放流する場だ。


 世界中で数億人が利用していると言われているこのSNSこそが、刹那的なバズの温床となっていることは言うまでもない常識である。


 12歳の少女が、一晩のバズでネットの歌姫になっているなんて伝説もあるし、かつての少年Xのことを考えればそれが嘘ではないことはよくわかる。


 ただ、俺がこれを見ていたのは自分も成功者の一人になるためではない。

 俺がこれを見ていたのは、タイムラインを流れる流行りの動画ではなく――冒険者たちの何気ない日常のつぶやきを観察するためだ。


 そこで、俺は今日こんな書き込みを見つけた。


『なんか変なモンスターいて帰還されまくったわマジ最悪』


 アカウント名は割愛して、取るに足らない冒険者の日常である。コメント0いいね4引用投稿2。


 一見すれば、知らないダンジョンに行って、悪質な特性を持つモンスターに初見殺しをくらい、イライラしている冒険者と取ることができるだろう。


 しかし、この呟きからアカウント詳細へと移動し、彼の日々のつぶやきを見てみれば、その一見が的外れであることがよくわかる。


『ダンジョン探索~。討伐報奨もうちょっと値上げしてくんねーかな』

『今日は鳥とよく会う気がする^^; さっきも大群に囲まれてチーム全員で走って逃げた』

『20層到達記念の祝杯。ちまちま通って三年かかったけどチームと飲む酒は美味かった(画像)』


 もちろんその素性を呟きから知ることは難しい。が、連なる呟きからそれがどんなダンジョンであるかを察することは簡単だ。


 そして、これらの投稿から彼が(もしくは彼女が)このダンジョンに日常的に通っていることもわかる。

 それも三年。


 それだけの帰還を通い詰めたダンジョンで、知らないモンスターはともかく、逃げることも許されず帰還されることは、果たして普通なのだろうか? ――はっきり言って俺の経験上、考えられる可能性は一つだけ。


 そしてその一つこそが、バズの種となってくれるはずだ。


「モンスター討伐の報奨制度がありながらも、人が少ないダンジョン……難易度はおそらくC以上か。おそらくは単純戦闘じゃなく特殊効果系のモンスターが多く生息している場所。Dの可能性もあるが、いったんは排除して――つぶやきから予測されるモンスターの出現分布と照らし合わせれば――出た」


 場所はおそらく、『成田雨林庭園』

 俺の予想では、ここに先ほどの投稿者が言う変なモンスター――『ユニークモンスター』が出現していると思われる。


 明日は休日。話題性を狙うならば、出来る限り早い方がいい。


「明日は遠征だな」


 そうして、ケシ子の初遠征が決まったのであった。

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