第16話 伝説の二回目


「やはり文明の利器か……」


 さてと、放課後。俺たちは都市区画の公共交通機関を使って横浜市までやって来ていた。

 もちろん、目的は配信だ。


 下見は俺が事前にしているので、到着してから配信は開始される。


「あ、どうもケシ子です!」


 そんなわけで、一層の広場の隅でオープニングの撮影をしている間に、今回来たダンジョンの詳細でも話すとしようか。


 ここは難易度Dダンジョンの『山下臨海街洞』だ。

 かの有名な横浜市の山下公園の沖合に出現した孤島から入場することができる、水棲系のモンスターが多く生息するダンジョンになっている。


 そして不思議なことに、こういった都市部――人がたくさん訪れることができるような場所の一層は、多くの人間が収容できるように広く作られている。


 出現したのは30年前だというのに、と言おうとも思ったが、30年前だろうが横浜には人が居たか。


 とにもかくにもここ山下臨海街洞は、横浜市という立地もあって平日だというのに多くの人間でにぎわっている。


 学生はもちろんのこと、大人のチームもちらほらと見かける。そして、ケシ子と同じような配信者もそれなりに見かける。


「……トラブルだけは避けないとな」


 人がたくさんいるということは、それだけの数、トラブルと遭遇する可能性が高くなるということだ。


 問題発言や問題行動で炎上――なんてことは、芥の性格に限って考えられないが、その問題を吹っ掛けられた側になるとやっかいだ。


 何しろ配信に来ているのは楽しむために来ている視聴者。それが、トラブルによって楽しめなくなってしまって、離れてしまうことだってあり得る。


 やはり、そうなりそうな輩は俺が動いた方がいいか……?


「――らしいです! ええ、らしいとしか私このダンジョンのこと知らないんですよ。というわけで、さっそくダンジョンに行きたいと思います!」


 野蛮になりかけていた俺の思考回路をいったんリセットして、さっそく配信開始冒頭から来てくれた視聴者と会話していた芥を引き連れて、山下臨海街洞の二層へと降りるのだった。


 難易度D『山下臨海街洞』

 全23階層で構成される洞窟型ダンジョンであり、ところどころに水場が存在するじめじめとした構造になっている。

 歩いて進むことも可能だが、場所によっては泳がなければならないことも多く、人を選ぶダンジョンとも言われている。


 しかし、難易度が低く、また周辺の交通設備が揃っているため、それなりの人気を誇っている。


「意外と人と会わないんだねー」

『それだけダンジョンが広いってことだ。気を付けてくれよ』

「あ、カメラマンさんの言葉が画面に字幕で出てる!? こんな機能いつの間に……」

『昨日夜なべして作ったんだよ』

「そ、それはお疲れ様です……」


 意外にもカメラマンである俺の言葉が聞こえた方がいいという声がいくつかあったのだ。ただ、アイドルとして売っている手前、男の声が入るのは方針から逸れるということで、折衷案として俺の声が字幕として出力されるようにしたのだ。


 いやほんと、知り合いのプログラマーからそういうの借りれてよかったよ。


『とりあえず、今回の山下臨海街洞は、前回のダンジョンのように難易度が高い場所じゃない。ソロで楽しんでいる人もいるぐらいにはコンスタントに来ることができるようになっている。だから、今回ケシ子には、今日の配信で三層を目標にしてもらうぞ』

「さ、三層!? ちょっとそれは難しいんじゃないかな~……」

『んじゃ四層』

「増やしたこいつ!? 鬼畜ぅ!」


 はてさて、コメントでも俺が鬼畜だのなんだの、頑張れケシ子だの盛り上がっているところで、さっそくお相手の登場だ。


 ―gyo…

「うわなんか来た!」


 近場の水辺から姿を現したのはニシンのような姿に虫のような足を生やした気味の悪いモンスターだ。


 しかも、ニシンにしてはその体は一回り大きい体長50センチ。そんなモンスターが三匹ほど、ひたひたと虫足を動かして陸上へと上がってくる。


「ひぃ! 普通に気持ち悪い!」


 怯える芥。しかし、例え彼女が怯えていようとモンスターはお構いなしに襲い掛かってくるのである。


「ちょ、ちょっと! どっか行ってどっか行って!」


 先日の勇敢さはどこへやら。虫はともかく、ああいう鮮魚系のモンスターは苦手な様子の芥である。いや、鮮魚に虫足が生えていれば、誰でも気味の悪さが先だって近づきたくもなくなるか。


 ただ――


「やー! ……って、え? ふ、普通に倒しちゃっ、た?」


 ここは難易度Dの第二層。例え彼女が登録したジョブが素早さに劣る槌士であろうと、その攻撃を予備動作もなく加速して回避するようなモンスターなどいない。


『な、余裕だろ?』

「あーすごい。ちょっと久しぶりにカメラマンさんに怒りたくなっちゃった。なんで最初にあんな難しいところに行かせたの!?」

『そりゃ近いからに決まってんだろ』

「鬼ィ!」


 拍子抜けするほどあっさりとモンスターを倒せた事実に、逆になぜ自分はあんな場所に連れていかれたのかという怒りが湧いてきたのであろう芥は、わかりやすい怒りを俺へと投げかけて来た。


 もちろん、配信の都合上すべてを話すわけにはいかないので、理由を半分に斬り落として伝えてみれば、鬼と鬼畜と言われてしまった。


 その怒りのまま振るわれたハンマーが、更にもう一匹のニシンを吹き飛ばしたのを見て俺は――


『こりゃ五層まで行けそうだなー』

「あー! カメラマンさんにカメラマン頼むんじゃなかったぁあああ!!」



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