第4話 伝説の覚悟


 廉隅れんぐうプロダクション。


 20年前まで多くの人気アイドルを輩出はいしゅつしてきた、ダンジョン配信――いや、当時でいえばダンジョン攻略テレビシリーズの業界屈指の超大手プロダクションだった会社だ。


 しかし、今その姿は無く、それどころか聞くところによれば、十億なんてめんたまが飛び出るほどの借金を抱えているのだとか。


 ああ、そうだ。超大手という看板は今や昔の話。度重なるスキャンダルに、続いて発覚した幹部社員の脱税問題がとどめを刺して、廉隅プロダクションは落ちぶれていった。


 そして転がり落ちた先で、父親の遺産(死んではいないらしいが)として残されたのが、十億の借金であり、その相続先となったのが俺の幼馴染である廉隅あくたであった。


「つまり、芥が十億を返さなきゃいけないってわけですか?」

「いいや、そういうわけじゃねぇよ。別にあんたが十億を払ってくれても構わない。俺たちとしては、たまりにたまった利子をしっかりと回収できればいいだけだからな」


 どうだか。十億を用意した先で追加の利子とか言って、もう十億用意しろとか言われそうな話だ。


「うーん、まあいいや。さっきのパワーといい、坊主は若いのに相当ステータスの高い冒険者みたいだな。俺たちも一応ダンジョンに行ってはいるが、それでも押し負けたってんならそう言うことだ。まともにやりあって怪我するのもめんどくさいし、後回しにしようか」

「……その口ぶりだと、また来るって言ってるように聞こえますが?」

「ああ、そうだよ。後回しにするだけだ。それにここは通学路。派手にやるには目が多すぎる。そんなところで女子高生を無理矢理拉致したとなれば問題だ。まったく、その嬢ちゃんの逃げ足の速いこと速いこと……ま、そんなわけで、また来るよ。放課後ぐらいに、またね」


 そう言い残した黒服は、相変わらずこちらを睨み続けるサングラスを連れてどこかへと行ってしまった。


 そうして彼らが消えた通学路には、この騒ぎに関わるまいとしつつも、やはり好奇心が抑えられない学生たちと――


「ど、どうしよう……」

「あー……本当にどうしようか」


 ほんの少しだけ猶予ができたものの、不安のあまり泣き出しそうになっている芥が残されたのだった。



 ◇◆◇



 さて、早朝の騒動はすぐに生徒の間で噂になった。それもそのはず、あのサングラス野郎が、十億もの借金を芥が抱えてるなんて叫んだのが原因だ。


 そして、その借金の原因を巡って根も葉もないうわさが飛び交い、お熱い話題の真実を確かめるために現れたマスコミ気取りの学生たちから逃げるように、俺たちは立ち入り禁止の屋上に、授業もサボって来ていた。


「ったく、あいつらも勝手なもんだな。芥を悪人みたいにしたてやがって」


 噂の中には、芥には浪費癖があり親のカードを無断に使っていたとか、或いはホストに貢いだせいで膨れ上がった借金だとか、芥の人格を疑うようなものも平然と混じっていたのだから呆れたものだ。


「……」


 早朝の騒ぎから、連れ去られるまでに猶予ができたというのに、学校ですら心休まることのできない芥は、いつもの朗らかな性格を閉ざして黙り込んでしまっている。


 まあ、ショックだよな。突然十億の借金なんかが舞い込んできたんだから――


「ねぇ、ひーくん」

「どうした、芥」

「私決めたよ。頑張って十億円返すって」

「……えっと……どうやって?」

「どうやってでもだよ! お父さんが作った借金だけど、お父さんが払えなくなっちゃったなら、せめて少しでも返さなきゃ……だ、だから! お父さんとかが変なことになる前に、私が頑張るんだよ! 頑張らなきゃいけないんだよ!」

「………………」


 ああ、ほんとこいつは――


「ほ、ほら! 内臓と買って高く売れるんでしょ? それに、若い女の子なら結構稼げるって友達が言ってたし……そういうの、色々頑張ればきっと十億円も夢じゃない!」


 ぶいっと、ビクトリーサインのつもりなのか俺に二本の指を立ててきたところ悪いが、それはあんまりにも――夢のない話だ。


 十億円の借金を返しきるなんて夢のまた夢で、そしてそのために身売りをするなんて夢のない話を、夢のように語る芥に対しては、俺は相変わらずだと思った。


 透き通るように純粋で、こちらが申し訳なる程にまじめな彼女に、かつての俺は救われたんだ。


 だから――だから、彼女がこれから進もうとしている、夢も未来も何もない道だけは、なんとしても進ませてはならない。


 絶対に返しきれないような借金を娘に押し付けて、夜逃げするような父親すらも家族として心配するような健気な女の子が、不幸になっていいはずがない。


「芥」

「な、なに!?」

「安心しろ。俺が何とかしてやるよ。お前の知らない俺が、何とかしてやるよ」

「え、えっと……私の知らないひーくん? が、何とかしてくれるって……どゆこと?」

「いやはや、捨てたはずのものを拾い戻すなんて思いもしなかったよほんと。あ、さっきの借金取りってどこの所属かわかるか? 」

「え、えと……確か猿飛金融とか言ってた気がする」

「そうかそうか。んじゃ任せとけ」


 そう言って立ち上がった俺は、一度のジャンプで、屋上の落下防止用のフェンスの上に飛び乗った。


「ちょっと、ひーくん!? 危ないよそこ!」

「あー、そうだな。危ないな。


 五階ある学舎の屋上の、それも二メートル数十センチのフェンスの上ともなれば七階分近い高さがある。


 上から見る景色は実に絶景で、いつまでも眺めて居たいぐらいの街並みが視界一杯に広がっている。


 こんなところから落ちてしまえば、普通なら助からない。普通なら、な。

 ただ生憎と、俺は普通じゃんないんだ。


「安心しろよ、芥。俺は伝説なんだ」

『スキル〈狐狗狸子こくりこ〉が発動しました』


 そう言って、俺は

 右手に現れたのは、十年前を最後に見ることもないだろうと封印していた犬頭のお面。そして――


『久しぶりだな、クソガキ! なんか見ないうちに二倍ぐらいでかくなっててびっくりするぜ!』

「そうだな。久しぶりだ狗頭餅くずもち。昔みたいに、また力を貸してくれるか?」

『お前がどーしてもって言うなら、貸してやってもいいぜ!』

「ああ、どーしても貸してほしい」

『はっはぁ! 相変わらずでうれしいなぁ!』

「狗頭餅も、相変わらずで安心したよ」


 久しぶりに顔を合わせた友人と共に俺は――


 ――少年Xは、屋上から飛び降りた。

 

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